灯りのある食卓
客間に通されて、紗夜は畳の上に静かに座った。
添霧と朧偈は、すでに少し離れたところで忍者道具談義を始めている。
朧偈「にんにん!これは煙玉でござる!」
添霧「うわ、本当に煙出るんだ!」
その賑やかさから一歩引いた位置に昴琉は立っていた。
昴琉「……」
何か言おうとして言葉を選んでいる。紗夜は気づいていた。
紗夜「……何」
昴琉は一瞬肩を揺らす。
昴琉「え、あ、いや…その」
視線が泳ぐ。
昴琉「喉、乾いていません?」
紗夜「……普通」
昴琉「そ、そう」
沈黙。
昴琉「…寒くない?」
紗夜「……大丈夫」
昴琉「そっか」
会話が終わる。
紗夜(……不器用)
そう思ったが悪い気はしなかった。
昴琉は少し考えてから、そっと毛布を置いた。
昴琉「…一応です」
紗夜「……ありがと」
その声に昴琉はわずかに目を見開いた。
昴琉「どう、いたしまして」
耳が少し赤い。
家族を誇る長男は、初対面の少女の前ではひどく普通で、ひどく不器用だった。
キッチンからは包丁の規則正しい音。紫暖が夕食の準備をしている。
紗夜はその背中をじっと見ていた。
紗夜「……」
紫暖は振り返らずに言う。
紫暖「眠れない?」
紗夜「……いいえ」
紫暖「そう、休んでていいからね」
紗夜は立ち上がり、静かにキッチンの入口に立つ。
紗夜「……手伝えること、ない」
紫暖は微笑む。
紫暖「ありがとう。じゃあ…そこに座って、話し相手になって」
紗夜「……話」
紫暖「ええ」
火にかけた鍋を見ながら、紫暖は言った。
紫暖「紗夜ちゃんのお母さん、どんな人だったの?」
紗夜の指が少し止まる。
紗夜「…優しかった」
それだけ。
紗夜「よく、笑ってた」
声がほんの少し低くなる。
紗夜「……私を、守ってくれた」
紫暖は何も言わずに聞いている。
紗夜「……死んだ」
淡々としているが言葉の奥に揺れがあった。
紗夜「…それから、家が壊れた」
紫暖はそっと火を弱める。
紫暖「寂しかったわね、」
紗夜「…分からない」
紗夜は正直に言う。
紗夜「寂しいのか、怒ってるのか…全部、混ざってる」
紫暖は静かに紗夜の隣に立つ。触れないけど近い。
紫暖「それでも、ちゃんと覚えているでしょう」
紗夜「……」
紫暖「それはね、まだ心がそこにある証拠よ」
紗夜の喉が少し詰まる。
紗夜「…あなた、匂いが似てる」
紫暖が驚いたように瞬きをする。
紫暖「え?」
紗夜「…お母さんに」
それだけ言って紗夜は俯いた。紫暖はそっと微笑んだ。
紫暖「……光栄だわ」
その声は母の声に少し似ていた気がした
紫暖「できたわよー!」
その一言で家の空気が変わる。
食卓に並ぶ料理はどれも温かく香りがやさしい。
昴琉「うわぁ……」
昴琉が思わず声を漏らす。
昴琉「今日もすごい……」
朧偈「にんにん!腹が鳴るでござる!」
添霧は目を輝かせている。
添霧「…ひとのご飯……」
紫暖「食べていいのよ」
紫暖が紗夜の前に椀を置く。
紗夜「……いただきます」
箸を取る手が少しだけ震える。
紗夜「……」
紗夜の目がわずかに見開かれた
紗夜「…おいしい」
声は小さいけど確かだった。
添霧「ほんと!?」
添霧が嬉しそうに言う。
添霧「さな、顔変わった!」
紗夜「…変わってない」
添霧「変わってる!」
紫暖はその様子を見て静かに微笑む。
紫暖「ゆっくり食べてね」
紗夜はもう一口食べた。
紗夜
思い出す。母の作った同じような温度のご飯。
紗夜「…ここ、少し落ち着く」
その言葉に家族全員が何も言わずに笑った。
夜は深まっている。
でも、この家の灯りはちゃんと誰かを温めていた。
朧偈「にんにん!母上!この唐揚げ、最高でござる!」
紫暖「ありがとう」
朧偈「おかわり希望でござる!」
昴琉「まだ一皿目だろ」
朧偈「胃袋の準備は万全でござる!」
昴琉「威張るな」
紳漓「若いなぁ」
紫暖「あなたもさっきから三杯目でしょう」
紳漓「数えとったん?」
紫暖「当然よ」
紳漓「怖いわぁ」
紫暖「ふふっ、おかわりねー」
全然怖くなかった。添霧はその様子を見ながら笑う。
添霧「なんかいいなぁ!」
昴琉「?」
添霧「こういうの!(両手を広げて)みんなでご飯食べて、みんなで話して!」
朧偈「添霧殿も食べるでござるか!」
添霧「食べられないんだよねぇ!」
朧偈「あっ」
昴琉「あっ」
一瞬空気が止まる
添霧「あはは!そんな顔しなくていいよ!」
慌てた二人を見て笑う。
添霧「もう慣れてるし!」
紗夜は箸を止めた。添霧は笑っている。
だけど、その笑顔の奥にあるものを少しだけ感じた気がした。
添霧「それにね!」
気を取り直したように身を乗り出す。
添霧「匂いは分かるんだ!」
朧偈「ほう!」
添霧「これ絶対美味しい!」
朧偈「美味しいでござる!」
添霧「いいなぁ!」
朧偈「美味しいでござる!」
添霧「羨ましい!」
朧偈「最高でござる!」
添霧「ぐぬぬ!」
朧偈「にんにん!」
二人はなぜか盛り上がる。
昴琉「何なんだろうな、あれ」
紳漓「相性やろ」
紫暖「楽しそうでいいじゃない」
添霧「ねえねえ!」
今度は紳漓を見る。
添霧「仕事って何してるの?」
紳漓「退治屋みたいなもんやな!」
添霧「かっこいい!」
紳漓「そうか?」
添霧「めっちゃ強かったし!」
紳漓「まぁ強いで」
昴琉「父さん、自分で言うんですか」
紳漓「事実やし」
昴琉「否定できないのが悔しい」
朧偈「父上は化け物でござる!」
紳漓「息子がひどい!」
紫暖「事実ね」
紳漓「妻まで!?」
食卓は笑いに包まれていた




