表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍ヲ転ジテ怪ト化ス  作者: モフ髪
人■■
4/5

「邪魔したわね、宇賀君。じゃあね」


店内を隈なく写真に収めた女は、そう言って店を出て行く。

トイレの中からシャッター音が聞こえてきた時には注意しようかとも思ったが、面倒なので放っておいた。



自動ドアが閉まり、流れたメロディーが止まって一拍程おいた後、宇賀が呟く。


「…人がいる時にあまり話しかけてくるな」

(無視すりゃいいだろ)

「集中力が途切れる」

(はは、だからあんな間抜けな勘違いしたのか)

「うるさいぞ」

(いてててて)


宇賀は左の腰を思い切りつねり上げると、店の奥に視線をやった。

雑誌コーナーの前には先程までと変わらずに女が一人佇んでいる。


立ち読みをするようでも、何かを物色しているようでも無い。

ただ、一点を注視するようにしてジッと動かずそこにいた。


(また邪魔が入ったら面倒だ。さっさと済ませるぞ)

「……」


宇賀はレジを出て、女の元に歩み寄る。

近付いていっても、女は特に気にかける様子も無い。

まるで宇賀を認識していないか。

もしくは認識されないと思っているかのように。


「あの」


トイレに入る通路と雑誌コーナーの間には監視カメラがあり、店内を捉えている。

その丁度真下、カメラの死角に入ると宇賀は女に声をかけた。


その"見た目"から反応が無いことも考えたが、女は酷く緩慢な動きでこちらを振り向いた。


(( ……ァ………ギ……… ))

(はは、こりゃひでえ)


毛先がチリチリに縮れ、黒く焼け焦げた髪。

そこから覗く、白濁した両目が宇賀を向いた。

女の肌は赤黒く焼け爛れ、頬の皮膚はべろりと痛々しく剥がれ落ちている。

身に着けた衣服はかろうじて残っていたがボロボロで、煤なのか血なのか分からない黒い染みが全体にこびり付いていた。


「火事…かな」

(十中八九な。ウェルダンってところか。くく)

「やめろ。…僕の言葉、分かりますか?」

(( カ………ヒュ……… ))


女は何かを求めるように、宇賀に右手を伸ばす。

水分を失った手はミイラのように皮膚が収縮し、爪があらぬ方向にめくれ上がっている。

そのままゆっくりと宇賀に近付くと、震える手で宇賀に縋り付いた。

服の裾に、シワが寄る。


(( ゲ……… ))

(喉まで焼かれてるっぽいな。聞こえてても喋れないんじゃねえ)

「……苦しいってことか」

(良かったな、お前の言う所の『当たり』だろ)

「かもな」


女が傍に寄ると、ひゅうひゅうと、気管を空気が通る音が微かに聞こえる。

焦げたタンパク質特有の異臭がツンと鼻をついた。


「ごめんなさい」


宇賀は痛々しく変色した女の肩を優しく抱き、そのままそっと抱き寄せた。

ピクリ、と女の肩が震えた―――ような気がする。


(( ァ……… ))













「いただきます」



音が鳴る。


(( ……? ))


女が右腕を引く。


先程まで宇賀の服を掴んでいた右手が、手首の先から消失していた。

皮膚が収縮して顔が文字通り強張っていた女の、虚ろだった目が、剥かれた。


(( ィ……!? ))


宇賀の左の腹部、シャツとズボンの隙間からぬるりと何かが飛び出した。

女の懐に潜り込むように伸びた”それ”には、潰れたような目玉が二つと、醜く()()()()()口が一つ。


その口が、女の身体を()()始めた。


ず、 ず ず、  ず


(( ァ、ギィ…ァッ……! ))


(はは。意外に活きがいいな)


中心から貪られて身体を消失させていく女が、宇賀の腕の中で暴れる。

つられた宇賀もふらつき、雑誌棚に身体をぶつけて本が何冊か落ちた。

恐慌をきたした女は両腕を振り回して宇賀を力無く叩き、



その左手だけがいやに青白く、綺麗なままでいるのを宇賀は視界に捉えた。








        ず


    ずず   ず

   

ず   ガ         ずず

           

   ず     ず  ァッ  


 ず          ず   …!  ず


    ずっ














(ごっそさん)


宇賀の目の前で、女は消えた。跡形も残さず。

深夜の店内に静けさが戻る。


「…いつも言ってるけど、食う時に音立てるなよ」

(こうした方が旨いんだよ。蕎麦と一緒)

「下品」

(なら俺からも言わせてもらうがな、”食事”の前にいちいち謝るな。飯が不味くなる)

「…僕が食ってる訳じゃない」

(あっそ…ま、でも今回は悪くなかったな)


宇賀がズボンの左側をずり下げると”それ”はシュルシュルと縮み、鼠径部の位置に収まった。

後に残ったのは手の平程の大きさの青黒い痣。

そこについた2つの目が、ギョロリと宇賀を見上げた。


(焼死体なんてなかなかお目にかかれないが、香ばしくて乙なもんだったぜ)

「……」

(まあちっと油臭かったが…おい、どうした)

「……いや」


何の気なしに雑誌の棚に視線を落としながら、宇賀はボンヤリと先程の光景を思い出す。

全身に痛ましい火傷を負い、身動きすらままならぬ様子だった女の、左手。

まるでそこだけが血の通ったようで、他の部位とは対照的にアンバランスで、美しかった―――






ティロリロ ティロリロ



入店を告げるメロディーと、



カシャ



シャッター音が店内に響いた。



「っ…!?」


ギョッとした宇賀が慌てて入り口の方を振り返る。


「…ハ、ハロー」


そこには、先程までいた喪服姿の女が立っていた。

フィルムカメラを構えて。


「……」

「…えっと、さっきまで店の外をぐるぐる回って写真を撮ってたのよ。そしたらなんだか物音が聞こえたから…」


宇賀が固まったままでいると、女は気まずそうに笑って弁解するように口を開き、宇賀から視線を外した。

その顔は心なしか紅潮しているようにも見える。


「そしたらなんか、心霊写真よりもすごいものが撮れちゃったっていうか…」


宇賀は店の外に視線を移すと、そこには軽自動車が一台停まっていた。

店内を出たはいいが、店から離れる所まで確認しなかった。

酷い失態だ。


見られた?

いや、そればかりか撮影された?

どうすべきだ?

宇賀が頭の中でグルグルと思考を巡らせていると、女が一つわざとらしい咳払いをした。


「宇賀君、若気の至りっていうのはね、お姉さんも分かるんだけど」

「…は?」


若気の至り?

内容が見えない。


「でもその…流石にアルバイト先の、しかも店内でそういう事するのは、ちょっとマズいんじゃないかなあ…?」

「は」


そういう事?

宇賀は今一度、周囲を確認する。


足元に散らばった雑誌。

それらの多くは青年向けというか、女性が扇情的なポーズで表紙を飾っているものだった。

中には落ちた拍子にテープが外れたのか、ページがめくられているものもあった。

よりにもよって、グラビアのページで。


そして自分はと言えば。

左手をズボンとパンツのウエストにかけ、ずり降ろしている。

身体が女の方を向いていないのが不幸中の幸いというか、なんというか。



ああなるほど、そういう。


宇賀は女の考えに思い至ると、安心と羞恥がない交ぜになって思わず呻いた。


「まあお姉さん気にしないけどね?人の性癖ってほら、色々あるし。口出しするような柄でも無いし。そこは全然気にしないんだけど」


女はそう言うと、手に持っていたカメラを掲げてにっこりと笑った。


「ところで宇賀君、次のシフトいつ?」

「……」





(バレてねえみたいで良かったじゃねえか、変態)


嘲るような、いやに甲高い声が宇賀の頭の中に響く。

ズボンを戻しがてら、左腰の辺りを思い切り抓っておいた。





.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑ブックマークに入れて頂けると作者が喜びます↑
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ