四
後日、女は以前と同じような黒ずくめの姿で再び宇賀の前に現れた。
「撮れたのよ、心霊写真!」
入店早々に興奮した様子でレジに詰め寄る女を見て、気味が悪そうに客が店を出ていく。
「…ありがとうございました」
その後ろ姿に宇賀は挨拶をする。
そのうち喪服姿で店に入り浸る謎の女が怪奇現象として噂されるのでは、と思わなくもない。
宇賀は手渡された写真に目を落とす。
雑誌棚を収めるアングルで撮られた写真には、淡く薄い球状の光が複数写りこんでいる。
そして、その中心には雑誌に伸びた手のようなボンヤリとした影が見えた。
「……」
「ね、それっぽいでしょう?」
真剣な顔で宇賀を見上げる女を一瞥すると、宇賀は写真を突き返した。
「よく見るやつじゃないですか。玉響現象っていうんですよ、これ」
「えー、じゃあこっちの影は?」
「光の加減でしょう」
「むう。宇賀君はこれが絶対心霊写真じゃないって言い切れる?自分の人生賭けられる?」
「10枚撮って10枚がこうなるなら心霊写真の可能性は高いですけど。なんなら今日も撮っていったらどうですか?」
それはそれとして自分の人生は賭けたくない。
宇賀は雑誌コーナーの方に視線を向ける。
そこには人の気配も何も無い、無人の空間が広がっている。
「うーん…でも宇賀君、詳しいじゃない。玉響現象なんて知ってるんだ」
「…前テレビで見たんで」
「もしかして、実は心霊に興味があったり?」
「ありません」
「そっかー」
からからと笑い、女は写真を受け取って懐にしまった。
「あ、そうそう。実はもう一枚写真があってね?」
「もう一枚?」
「そう。これ」
そう言って女は別の写真を差し出した。
そこに写っているのが、ズボンをずり下ろし慌てたような表情をこちらに向ける自分の姿である事を認識する。
宇賀は有無を言わさず写真をひったくった。
.
「で、どう?何か面白い話はあった?」
数分間の写真を巡る攻防の後、女は言った。
ついでとばかりに振り向いて写真をまた撮っている。
「一応話は聞きましたけど」
もぎ取った写真をズボンのポケットにしまいこみ、宇賀は答える。
「真新しいものはありませんよ。心霊現象については…えっと、お客様、が先日言ってたようなものが噂されてました。ひとりでにドアが何度も開いたり、誰もいないのに足音が響いたり」
そして、それらはあらかた"ガマ"の胃に収まった。
胃があるのかどうかは不明だが。
「ふんふん」
「…で、そもそも事の発端になった事件があるみたいです。今はもう無いんですけど」
宇賀が目線で店の外を示す。
「随分前、店の近くにあった一軒家で心中事件があったみたいです。家主の男が妻と息子を殺害したとか―――」
「30年前くらい前の事よね」
「…知ってるんですか」
「調べたのよ。一応ね、本職なの」
「本職?」
「私、記者なのよ。オカルト雑誌のだけどね」
そう言うと、女は一枚の名刺を宇賀に差し出す。
そこには『津出 暦』という文字と、目にした事の無い雑誌の名前が書かれていた。
「UFOにUMA、都市伝説に超常現象他エトセトラ、なーんでも扱ってるから宇賀君の周りで面白い事があったら連絡してね。ま、私は心霊専門だから、そこのところよろしく」
「お返しします」
「まあまあまあ、受け取っておきなさい。何かの縁だから」
にこやかな笑顔で、付き返そうとした名刺を右手で制される。
数秒のやり取りの後、宇賀は面倒になって貰った名刺をポケットに突っ込んでおいた。
「話を戻すけど、借金苦に陥った旦那は妻と一人息子を絞殺した後、自分も首を吊って自殺。悲惨な事件のあった現場のすぐ近くにあったコンビニには『霊が出る』と噂されるようになる…って、よくある話ね」
「はあ」
「一応現場付近も歩き回ってみたんだけど、特に何も無かったわねー」
「…そんな事してたんですか」
まあ、何も無いだろう。
なんせ宇賀はその噂を聞いて既に現場付近を散策している。
既に建物が解体され更地となった場所には、荒れた土地と生い茂る雑草があるばかりでそれ以外には何も存在しなかった。
霊が滞在する場所にも色々あるというのは、"ガマ"が憑いてから知ったところだ。
亡くなった場所に留まる事もあれば、何処かに彷徨う事もある。勿論そのまま成仏する事もあるだろうが。
ただ、やはり陰鬱とした"気"の溜まる場所に集まりやすい傾向にあるらしい。
その気を作るのは、時として生きた人間自身だと言う事も。
「でね、別のアプローチをしてみようと思って」
見ると、女―――津出は、手帳を取り出してパラパラと捲っていた。
「この店の近く、車で少し行った場所にね、不思議と事故が多い場所があるのよ。片側一車線でそこまで狭い道路では無いんだけど、緩いカーブと傾斜が付いてるらしくて、漫然と運転してて…って事が多いみたい」
「で、そこでも死亡事故が?」
「直近だと一年前ね。大型トラックと軽自動車が正面衝突して、軽自動車の方が大破炎上。トラック運転手は無事だったけど、軽に乗ってた2人が亡くなってる」
「大破炎上」
そう聞いて、ピンと来る。
黒焦げの霊などそうそう見るものでは無い。
「接触や単独での事故も数件あるし、過去を遡ると横断しようとした近隣住民が撥ねられたって事もある。なんにせよ、何かある道路なのは間違いないわ」
「…そうやって人が死んだ場所を探して回ってるんですか?」
「火のない所に煙は立たずって言うでしょ?正体の覚束無い煙を探すには、まずは火元からって事」
「妙な所で現実主義なんですね…」
「で、宇賀君…って学生よね?明日暇?日曜は休みでしょ?」
「え?」
「そこに向かおうと思うんだけど、一緒に行かない?」
「は」
予期せぬ誘いに宇賀はフリーズする。
何故出会って間もない店員と客が、一緒になって深夜の心霊スポット巡りをせねばならないのか。
それも休日に。
「嫌ですけど」
「あら、年頃の女性が独りで真夜中の道路を徘徊するの、心配じゃない?」
そう言うと津出は笑顔でまた一枚の写真を取り出した。
何かと思えば、先程宇賀が強奪した写真だ。
ご丁寧に焼増ししていたらしい。
「私に何かあったら、宇賀君も困るかもなあ」
「……」
何が良識ある大人だ、思い切り悪用してるじゃないか。
呆れ顔で文句を言おうかと思った矢先、宇賀の体内に声が響いた。
(腹が減った)
「……」
(いいじゃねえか、今の話だと食い残しがいるかもしれねえだろ?飯を探す手間が省ける)
宇賀の左腹部が、ぐねりとうねるのを感じた。
(なんだったらその女も食っちまえばいいだろ。初めてで不安ならピロートークぐらい手伝ってやろうか?くく)
アホか。
宇賀が顰めっ面で溜息をつくと、観念したと思ったのか、津出が写真をしまってニコリと微笑んだ。
.




