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禍ヲ転ジテ怪ト化ス  作者: モフ髪
人■■
2/5

コンビニの夜勤は気楽だ。

少なくとも"その日"まで、宇賀はそう感じていた。


品出しや清掃、それと納入業者とのやり取りを終えてしまえば、後はほとんどやる事が無い。

よく聞く話には深夜になると客層が悪くなり面倒事が起こりやすいというのもあるが、その点に至ってもあまり問題が無い。


宇賀のバイト先は市街地から県道をひたすら進んだ所にポツンと佇んでおり、周りには店舗はおろか民家もぽつりとしか見られない。

見渡す限り、野と山だ。

そんなものだから深夜ともなれば、店舗照明を除いては数十メートルおきに設置された頼りない道路照明と月明かりしか辺りを照らすものは無くなる。


闇と静寂に包まれた県道は人はおろか車すら滅多に通らない。

つまるところ、そもそも客があまり来ない。

それに加えて深夜は基本的に一人で店を任されるから、人間関係に悩まされる事もない。

深夜帯のバイトは大学生である宇賀の本業に少なからぬ支障をきたしていたが、それを差し引いても宇賀はこの職場を気に入っていた。

時給も良く、気楽で、何より他の職場にはあまり無い"実益"があった。


「だから、何でも良いって言ってるのよ」


そう、だから。

そういう面倒なものとは無縁だと思っていた。

目の前の女性がここに来るまでは。


「この店にまつわる怪奇現象の噂、何でもいいから教えてくれない?」


まあ、あれだ。

土地柄というか場所柄というか、今までこういった手合いに出くわさなかったのは運が良かった方なのかもしれない。

そのあたりについて、もう少し詳しく話をしてみようと思う。





    ― ロズマート 仙内坪沼店 ―





深夜に限らず、日中でもこの近辺を徒歩や自転車で移動する人間はそういない。

だから客の来訪は自動ドアのメロディーを聞くよりも先に、車のエンジン音で知ることになる。

店の前、土地が余って仕方ないと言わんばかりに広がる駐車場に入ってくる車を見て、宇賀は食事を取ろうとレジを出ようとした足を止めた。


(ちっ、なんだよ。邪魔だな)


チラリと壁にかけられた時計を見る。時刻は深夜2時を少し回ったところだった。

よくいう話には丑三つ時―――草木も眠るなんとやらだ。

霊やらなんやらが出やすい時間とされているが、はてさて。

車に霊が出てくる怪談はよく聞くが、車を運転する霊はいないだろうな、とぼんやりと思う。


程なくして店に入って来たのは一人の女性だった。

店内を軽く見渡してからふらりと店の奥に進んでいく客を、何気無く観察してみる。

年齢は30前後だろうか。

すらりとした体形に、ゆるくウェーブのかかった茶髪。

容姿に取り立てて特徴がある訳ではないが、服装は少し妙だった。

黒いフレアスカートに黒いブラウスを合わせ、足元も黒いストッキングに黒いパンプス。

まるで―――というか、どう見ても葬式帰りといった装いだ。


(なんだ、ああいうのがタイプか?)


あまりジロジロ見ていても仕方ないので、適当な所で視線を外す。

今この店内にはその女を含め、元から雑誌コーナー前にいる客、自分を含めて合わせて3人。

手持ち無沙汰だが、特に今すべき作業もこれといって無い。

仕方ないので、棚のエンドに陳列されていた新商品のお菓子の味を妄想で実況して暇を潰すことにする。

そうしているうちに、店内をぐるりと一周した客の女がレジの前に立った。


「ねえ、あなた…ええと、宇賀君」


名前を呼ばれて少し戸惑った。

知り合いかと思ったがなんということはない。女は宇賀の胸元に付いた名札を見ただけだとすぐに気付いた。

そして、手に何も持っていない事にも。

目当ての商品が見つからなかったのかと思っていると、女はニコリとこちらに笑顔を向けてきた。


「ここで働いて、どのぐらい?」

「え」


その時宇賀は嫌な予感というか、厄介な気配を感じた。

先程入店時に挨拶しなかったのを咎められでもするのだろうか?


(深夜バイトにそんな事求めるなよ…)


周りに人間がいないのは楽だが、こういう時にどの方面からも助け船が出てこないのは非常に辛い。

柔和な笑みを浮かべている所が、かえって他者の非を遠回しに責めてくるようなタイプに感じられて気が重くなった。


「…大体二か月、ってところですけど…」

「そうなの。今一人?」

「………まあ、はい」

(こいつ、めんどくせえな。早く追っ払え)

「大変ねえ。覚えることもいっぱいあるのに、教えてもらえる人がいなくて大変じゃない?」

「はあ、まあ。それなりに…」

「この時間のシフトには結構入ってるの?」

「…まあ、はい。というか、大体夜勤で…」

「あら、そう!」


女の表情がパッと明るくなる。

宇賀が訳も分からずにいると、女が続けて言葉を口にした。

おおよそ客と店員という関係性からは生み出されなさそうな、常識から外れた言葉を。


「やっぱり、よく心霊現象に遭う?」

「…は?」

「いや、ね。インターネットで調べても出てくるけど、結構『そっち方面』で有名なんでしょ?このコンビニ。…ほら、このサイト」


突拍子の無い言葉に固まっていると、女は自分のスマホの画面を宇賀に見せてきた。

どうやら全国の心霊スポットをまとめているサイトらしく、画面の中央に『ロズマート 仙内坪沼店』の文字と合わせて店舗の外観写真が載っている。

その下にはよく分からない5段階評価の星が3項目に分かれて付いていたが、概ね高評価のようだった。

どうせろくでもない項目なのだろうが。


「口コミによるとね、誰も居ないのに自動ドアが開いたとか、陳列棚の商品が続けざまに勝手に落ちたとか…店を出た後に不気味な影に追いかけられたとか…トイレに入ると扉を激しく叩かれて、扉の隙間から水死体みたいな足が見えたってのもあるわ。怖いわねー」


スマホを手元に戻し、指先でスクロールしながら女が言う。

その声は発せられる言葉とは裏腹に、どこか弾んでいた。


「で、どう?宇賀君。この二か月で、何か経験した?」

「……」

「どんな些細な事でもいいのよ?一人でいるのに足音が聞こえたとか、真夏なのに空気がやけに冷たくなったとか…」


期待を込めた眼差しで、宇賀に問う女。

それに対して宇賀は、


「………まっっったくありません」


目の前の女性に対する認識を、一般の女性客から深夜に訪れた迷惑な冷やかし、或いは変人として認識を改めて。

精一杯の呆れと侮蔑と拒絶を込めて、そう返した。





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