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ゲートをくぐった向こう側に待っていたのは、真紅に彩られた異世界だった。
頭上には燃えたぎる炎のような真っ赤な空がひろがり、足元にある大地は赤く染まっていて荒涼としている。いたるところに枯れ木が生えていて、廃城の残骸のようなものが点在していた。
ミヨリたちが降り立った異界の地は、まるで滅亡した後の世界のような姿をしていた。
ボス部屋にいた最後の一人であるミヨリがやって来るのと同時に、ゲートは閉じて消えてしまう。完全に退路は断たれてしまった。
「地上に戻るには、光の柱を目指すしかないね」
遠くのほうに天に向かってそびえ立つ光の柱が見えた。あのなかに入れば、地上まで転移してくれるはずだ。
ミヨリは触手を巻きつけていた六台のドローンカメラを解放して、視聴者たちにも異界の景色がよく見えるようにする。
:なんだよここは!
:これが異界!
:枯れた植物やら、廃城みたいなのがあちこちにあるぞ!
:ムラサメちゃんたちには悪いけど、こうして異界の景色を見られたことに感動してる!
:すっげぇ! 本物のファンタジー世界だ!
:この映像だけでもすっごい貴重な情報だぞ!
:それを無料公開しちゃってるんだからスゲぇよな!
:はじめて来る異界だから、未知の素材とかも落ちてるはず!
:素材を持ち帰れないのが残念だ!
:むきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!(母より)
:またオサルさんが出たwwww
:ホントここの配信はよくオサルさんが出るなwwwww
:ブレイドマスターを極めし悪の勢力の首領だよwwww
異界の景色をカメラに映すと、コメント欄にいろんな感想が飛び交う。それをミヨリは微笑みながら読んでいった。
:『明星の導き』は最下層のボスを倒したら異界に吸い込まれるトラップが発動するってことが判明したな!
:それがわかって、探索者たちがSNSでいろんな意見を書いてるぞい!
:トラップのこともかなり貴重な情報だ!
:本来なら助かってたはずなのに、ミヨリちゃんの気まぐれのせいで犠牲になった人たちがここにwwww
:もう新ダンジョンの攻略は終わったと思って、赤スパを投げちゃったワイ涙目……
:ワイもや……
:あっしもフライングしちまったよ……
:俺もあやうく高額スパチャを投げちゃうところだったwwww
ひととおりコメントに目を通すと、ミヨリは触手を影のなかに引っ込める。
一緒に異界までやって来た仲間たちは放心したように立ちつくしていて、周辺にひろがる赤い景色を眺めていた。
「これまで異界にだけは踏み込まないように気をつけてたのに、まさかこんな形で来ちゃうだなんて……」
小春はアワアワとおびえながら頭をかかえている。
まだ困惑が抜けきっていない綾乃はボーッとしていたが、ハッと我に返ると、ミヨリに詰め寄ってきた。
「なんでだミヨリ! なんで一回助けたのに、触手を外してきたんだ!」
綾乃が問い詰めると、他のメンバーたちもミヨリに注目してくる。どうして意図的にトラップに引っかかったのか、答えを求めてきた。
ミヨリは真面目な面持ちになって返答する。
「配信的には、異界まで行ったほうが盛りあがるかなって」
ミヨリの言葉を聞くと、五人とも目を皿のようにして呆気に取られていた。
:みんなミヨリちゃんの思考が理解できずにフリーズしてるwwww
:ミヨリちゃんがその気になれば、トラップに引っかからずに済んだのにねwwww
:もうミヨリンの存在自体が一種のトラップだよwwww
:お父さんが顔を両手でおおってうつむいてるwwww(母より)
:娘の非常識っぷりに画面を直視できなくなったおとんwwww
仲間たちは戸惑っているようだけど、明らかにコメント数は増している。やっぱり異界まで来たのは正しい判断だったと、ミヨリは確信する。
ひとまずみんな深呼吸をしたり、ブツブツと何かを言ったり、改めて周りの景色を見たりして、各々が冷静になろうとしていた。
「ミヨリくんの活躍を間近で見たいと思っていたが、正直この状況は頭が痛いよ。考えを整理する時間がほしいね。まぁ異界まで踏み込んでしまったからには、光の柱を目指すしか……」
「あっ」
玲奈がこれからの方針を口にしようとしたら、ミヨリが何かに気づいて頭上を見あげた。
他の五人も釣られるように、ミヨリの視線を追いかける。六台のドローンカメラも角度を変えて、ミヨリたちが見ているものを映した。
赤い空には、いくつもの輝きがあった。それが徐々に大きくなっていき、地上に向かって落ちてくる。
熱を帯びた巨大隕石が、大気を切り裂いて降り注いできた。
:どええええええええええええええええええええええ!
:ちょっ……!
:メテオ!
:いきなりドデカイ隕石がいっぱい落ちてきたあああああああああ!
:まだ異界に来たばかりなのにピンチ!
綾乃たちは回避するために、すみやかにこの場から距離を取ろうとする。
そんな仲間たちの動きよりも速く、ミヨリは立てた人差し指を赤い空に向けていた。
「ぼん!」
指先から超高速のファイアーボールが連続で発射される。火の玉は一瞬で空を昇っていき、落ちてきた複数の隕石と衝突する。赤い空に爆音を響かせて、盛大な花火が散っていった。
破壊された隕石の破片はミヨリたちの周囲一帯に降ってきて、何本もの土煙を噴きあげる。絨毯爆撃さながら真っ赤な荒野にいくつものクレーターが刻まれていった。
その光景を目の当たりにした綾乃は、口を半開きにしたまま硬直する。
他のメンバーたちも表情を引きつらせていて、小春にいたっては「は、ははは、は……」と変な笑い方をしていた。
:隕石をぜんぶ撃ち落としたああああああああ!
:普通の探索者だったらガチでゲームオーバーになってたかもしれん!
:撃ち落とされた隕石の破片が周りに落ちまくって、めっちゃ爆発してるwww
:ムラサメちゃんたち隕石じゃなくて、ミヨリちゃんにガクブルになってるなwwww
:なんか昔のシューティングゲーを思い出したわ(母より)
ミヨリは落ちてきた隕石を撃墜すると、静かな眼差しで赤い景色を見渡した。
「あそこと、あそこと、あそこだね」
唇に薄笑いを浮かべながら、スマホ画面をタッチするようにちょんちょんちょんと、人差し指でいくつかの地点を指し示すと、ファイアーボールを三連発で撃ち放つ。
炎の閃光が飛んでいき、遠くのほうで爆音を立てて炸裂する。
:超遠距離からのファイアーボール!
:なんで撃ったんだ!
:何かいたのか!
視聴者たちから疑問のコメントが寄せられる。綾乃たちも不思議そうにしていた。
「もう大丈夫だよ。感知スキルで居場所を探り当てて、仕留めたからね。片翼の天使みたいなのが三体くらいいて、ソレがさっきの隕石を降らせてきてたから」
:そんなのがいたのか!
:メテオを降らせてきた天使たちがいた!
:遠距離から魔法攻撃を仕掛けてくるとか、異界やばすぎる!
:あんな離れたところにいても探り当てるとか、やっぱミヨリちゃんの感知スキル範囲がバグってる!
:しかも精確にファイアーボールを当てて吹き飛ばしたから、狙撃力も半端ない!
:片翼の天使とやら、まともに姿さえ見せられなかったwwww
:どんなにコソコソ隠れていても、ミヨリちゃんからは逃れられないよ!(大親友)
:怖いよwwww
:確かにミヨリ様からはどんなに逃げても逃げきれそうにないがwwww
ミヨリの説明を聞くと、興奮した視聴者たちのコメントが高速で流れていった。
仲間たちのほうは、ミヨリの言ったことを頭では理解しつつも、身体はおびえているようで膝を震わせていた。
「なぜでしょうね? ミヨリさんはとっても頼りになる仲間のはずなのに、こんなにも恐怖を感じてしまうのは……」
涼子は神にでも祈るように両手を組むと、疲れた顔で正直な気持ちを吐露する。
:あの腹黒さんが神様に祈るようなポーズを取ってるwwww
:仲間でさえ震えあがらせるミヨリちゃんwwww
:そりゃあ異界に送られた直後にこんなことが起きればねwwww
:みんなのSAN値がそろそろ限界かもwwwww
:そんなミヨリちゃんの配信が、ついに同接五百万を超えた!
:うおおおお! マジやん!
:新ダンジョンの最深部を踏破したことに加えて、未知の異界にまで踏み込んだからな! いろんな人たちが興味津々なんだろwwww
:海外勢たちもいっぱい集まってきてるwwww
:「殺戮ショー」「仲間を倒してる」「ミヨリちゃんの裏切り」がトレンド入りしてるぞwwww
:どれも不穏すぎるwwww
:すべて事実wwww
:トレンドワードだけ見ると、ミヨリちゃんが悪役みたいだなwwww
:みんなが触手を外されてゲートに吸い込まれるところが速攻で切り抜かれて拡散されてるwwww
:爆速で百万再生を突破してて大草原!
:小春ちゃんが触手に投げられてゲートのなかにゴールするの、おもしろくて何回も見てますwwww
「ご、五百万……!」
コメントからの知らせを受けると、ミヨリはビクッとする。
数字が大きすぎて、それだけの人たちが見てくれているという実感が持てない。ちょっと頭がクラクラしてきた。
:ミヨリちゃん隕石が降ってきたときよりも、同接のほうにビビってるなwwww
:モンスターの攻撃よりも、視聴者数のほうがミヨリちゃんには脅威だからwwww
:よし、いつものミヨリンだなwwww
ミヨリは動揺を静めるために、首を左右に振るう。心臓はドキドキしっぱなしだけど、少しは落ち着きを取り戻すことができた。
「異界に来た直後にモンスターを倒せたのはよかったよ。いい撮れ高だったね。それじゃあ、光の柱を目指して進んでいこうか」
異界でもテンポ良くいかないといけない。
ミヨリはリスナーたちと、それから仲間たちに呼びかけると、先に進むように促してくる。
地上に帰還するためには、危険に満ちた赤い荒野を越えていくしかない。綾乃たちは覚悟を決めると、ミヨリと共に、遠くにある光の柱に向かって歩きはじめた。




