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第五話 初稽古へ

 普段なら知らない場所ではなかなか眠れないが、色々あったせいか、泰平はすぐ寝てしまった。


 暗闇が濃くなり、気づけば泰平は家のリビングにいた。

 目の前には笑顔の母がいる。


「母さん……!」

 しかしその表情は次第に歪み、首が90度に曲がったあの歪んだ笑顔に変化していく。

 そして――あの悪霊の姿に変わった。

「ヒッ……!」


 直後、泰平に飛びかかってきた。

 泰平は恐怖で腰を抜かした。

 悪霊は泰平に覆い被さるように飛び乗ってきた。


 大きく裂けた口からは唾液が漏れ、垂れている。

 そして悪霊が口を大きく開けた。


 すると、泰平の口から母と同様、青白いモヤが出てきて、悪霊の口の中に吸い込まれだした。


(殺される……!)

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 泰平は半狂乱になり、叫んだ。

 なんとかしてこいつを振り解かなければ……


 必死に逃げようと試みるがなぜか、体が全く動かせなかった。

 その時、父の遺体と母の死の瞬間が脳裏に浮かんだ。


(多分、母さんはこんな思いをしながら死んだんだ……父さんは死んだ瞬間は見てないけどおそらく同じような死に方をした……)


「全部……俺のせいで……! ごめんなさい……本当にごめんなさい……!」


 その瞬間、ハッと目を開ける。汗で濡れた顔、震える手、目には涙が浮かんでいた。


「夢か……」

 そう理解した途端に体の力が一気に抜けた。


 しかし夢と分かった今もまだあの恐怖と胸の奥に悲しみと喪失の痛みが残っていた。


 すると寝室の襖が開けられた。そこには昨夜の男が立っていた。襖を開けたことにより、柔らかな日光が寝室に差し込む。


「起きたか。……うなされていたようだが、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……」


 泰平は震える声でそう言った。


「そうか……無理はするなよ。準備ができたら外に出てきてくれ。急がなくていいからな」


 男はそう言うと着替えを置き、どこかへ行ってしまった。


 一人残された泰平の頭に再び、昨日の風景が蘇る。


 事切れた父、目の前で失った母。


(なんであの時……俺は動けなかった……なんで……身代わりになって死ぬことができなかった……母さんを……逃がせたかもしれなかったのに……)


 泰平の中にふつふつと、怒りが湧き上がった。

 穏やかだった水面が、少しずつ、沸騰していくように。


(俺はクズだ……最低だ。育ててもらった恩を、仇で返した。死んで当然だ)


 泰平が歯噛みをしながら、悔しさを滲ませた。


(昔から、俺は誰かが傷付いてるのが嫌いだった。その人の痛みが、こっちにも伝わってくる気がしたから。心の奥から、その人の痛みを、苦しみを、自分に移してしまいたいと。

だから――その人の代わりに自分が傷付いている方が、安心する。この人は無事だ。あぁ、良かった。これでみんな幸せだ、って。


誰かが傷付くぐらいなら――俺が傷つく。

誰かが死ぬぐらいなら――俺が死ぬ。

だからこの先、俺が拾える、守れる命が、救える人がいたなら……もうしくじらない。例え、その結果、俺が死ぬことになろうとも……!)



***



 用意されていた着替えは柔道着のような服だった。それに着替え、玄関にあった下駄を履き、家を出るとそこはまるで江戸時代のような雰囲気の町だった。


(歴史の授業で使う資料集に載ってる景色みたいだ)


「きたか」

 男は家を出てすぐ横にいた。男も泰平と同じ柔道着のようなものに着替えていた。


「……泰平。昨夜は言えなかったが、お前にどうしても伝えなければならないことがある」


男は深刻そうにそう言うと、膝をつき、深く頭を下げる。


「本当に申し訳なかった……! 昨日の件は、すべて俺の責任だ」


 突然のことに泰平は固まる。男はさらに続ける。


「言い訳をするようで情けないが、昨夜、全国各地で悪霊の反応が相次いでいて、隊士達は常に出動していた。あの現場は対応が遅れ、長時間放置されたままになってしまった…だが、そんなことは関係ない。本来なら俺がもっと早く駆けつけ、悪霊を見つけ出すべきだった。そうしていれば、お前の両親は助かったかもしれない」


 きっと彼なりにずっと責任を感じていたのだろう。

 男の声は震えていた。ただ泰平に向かって頭を下げ続ける。


 泰平は俯きながら答える。

「……いえ。好奇心で現場に行き、悪霊に目をつけられたのは俺です。むしろ、現場から悪霊を遠ざけて、除霊の邪魔をしてしまいました。むしろ謝るのは僕の方です」


 それを聞いた男が顔を上げ、泰平の目を見た。


「昨夜両親を無くし、悲しみに暮れてもなお、俺の言葉を受け止め、赦すことができるのか……強いな、お前は」


 男は僅かに微笑みながら言った。

 目に溜まった涙を拭い、立ち上がる。


「すまない、取り乱した。もうすぐ稽古が始まる時間だ。少し急ごう」


 そうして男と泰平はやや早歩きで出発した。


「そういえばまだ自己紹介をしていなかったな。俺は柊盾一(ひいらぎじゅんいち)だ。

零影隊での階級は影将(えいしょう)

よろしくな」


「階級なんてあるんですか?」


「そうだな。まぁその辺は後で説明する」


 そこで昨夜の女性団員との会話を思い出した。


「…そういえば零影隊って政府直属の秘密組織なんですね」


「あぁ。僧殿から聞いたのか?」


「そうです。色々話してくれました」


「そうか。まぁ政府直属ってのは便利だ。

悪霊による被害も俺達が戦闘の際に出した損害も政府は事故として処理してくれる」

「なんか……イメージできます」


 柊が続ける。

「悪霊の存在も世間には伏せられている。もし存在が確実なものと知られれば混乱は避けられない。今のようにただのオカルト話という方が政府にとっても都合が良いんだ。だから悪霊による事件も事故として処理される」


「伏せられている……なるほど、納得です」


「お前の学校の近くで男性が殺害された事件があっただろ?あれも今は自殺として処理されている」


「自殺で処理……ってことはあの事件ってあの悪霊が犯人なんですか!?」


「あぁ、そうだ。金目のものは盗られてなかったのも、事件現場に悪霊がいたのも、犯人が昨夜お前を襲った悪霊だったら説明がつくだろ?」


(そういうことだったのか……)


「基本的に、悪霊が起こした事件は警察は一切関与しない。俺たち零影隊が出動するから必要ないし、むしろ関与されたら俺たちの邪魔になってしまう」


 泰平の中で合点がいった。

 あの時、パトカーや規制線が無かったのはそもそも捜査官達が現場にいなかったからなのだ。


「……ところでお前、昨夜電話していたそうだな」

「えっ!な、なんでそれを……?」

「僧殿から連絡があったんだ」

「あの人から……?」


「零影隊は秘密組織だ。外部に情報が漏れてはいけない。だから影島内の電子機器から発せられる電波を検知する手段も持ち合わせている。昨夜、お前の電話の内容も僧殿達に監視されていたんだぞ」


「え"! 盗聴じゃないですか!」

「仕方ないだろ。そういう決まりだ」

「決まりって……」

「とにかく、お前が何も言わなかったからお咎めなしだが、今後は気をつけろよ」


「だったら最初から教えてくれればよかったのに……」

「それは……すまない。昨日はお前は親を亡くした後だったし、退学の件も含め、今は何も言わない方が良いと思ったんだ」

「………」


 気づくと辺りは先程とは景色が変わっていた。

 自然豊かでのどかな雰囲気だ。


「着いたぞ、ここだ」

 連れてこられたのは、町から少し外れた場所に建つ木造の建物だった。

 建物の周囲には大きな木々や竹林が風に揺れていた。


 付近には小川も流れており、自然豊かな風景はどこか心を落ち着かせる。

 門には古びた看板が掛けられ、力強い文字で"稽古場"と書かれている。


 泰平が中へ足を踏み入れると、視界が一気に開けた。

 広々とした庭が目の前に広がっている。石畳の小道が伸び、それが奥まで続いていた。


「広っ……!」

 思わず声が漏れる。


 ただの庭、そう思ったのだが、よく視線を巡らせると、踏み固められた地面には人が繰り返し走った跡があり、隅には人と同じぐらいの大きさの丸石が無造作に置かれていた。

 ただの飾りとして置かれているようには見えなかった。


「……あれ、まさか……」


「気づいたか。ここは単なる庭ではなく、鍛錬する場でもある。

どんな鍛錬になるかは後のお楽しみってとこだな。」


 柊が笑うと、泰平はごくりと唾を飲んだ。


 ここは鍛錬のための庭であり、隊士たちの肉体と精神を追い込む場でもあったのだ。


 石畳を進むと木造の建物があった。


 柊が扉を開ける。


 そこは剣道の稽古場のような雰囲気だった。


 磨き抜かれた床板が光を反射し、背筋が自然と伸びるような緊張感が漂っている。


 そんな稽古場の中央に、既に数人の人影が立っていた。みな同じように柔道着のようなものを身に纏っていた。


 まず目に入ったのは、一人の女性。二十代半ばほどだろうか。凛とした立ち姿で、言葉を交わさずとも隙のない空気を纏っている。その瞳は泰平を一瞥しただけで射抜くような鋭さがあった。


 その隣には、まるで力士を思わせるほど大柄な男。三十代前半ほどに見える。厚い胸板と太い腕から発せられる存在感は、ただそこに立っているだけで圧を感じさせる。


 さらに三人、年の近い若者たちがいた。

 少年が一人、少女が二人だった。


 片方の少女は、この中では一番小柄で華奢。肩に少しかかるほどの薄い桜色の髪を、ゆるく巻いたボブパーマにしていた。ふと揺れた拍子に内側の淡い水色がちらりと覗く。


 もう一人の少女は柔らかく優しい雰囲気だった。琥珀色(こはくいろ)の瞳を持ち、髪は鮮やかな黄色。

腰より少し上に届くほどの長さがある。


 最後の一人の少年は泰平よりも身長が少し高かった。

鋭く冷たい目は何か底知れぬ威圧感を放っており、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。

それに気圧され、泰平は思わず背筋を伸ばした。


 彼ら全員が一斉にこちらへ視線を向ける。その瞬間、稽古場の空気はさらに重く張り詰めたものとなり、泰平は息を呑んだ。


「ほらっ、行くぞ」


 柊に背中を押される形で泰平は彼らの近くに歩み寄る。


「随分と遅かったな。何をしていた」


 二十代半ばと思われる女性が柊に言った。


「悪い。俺の身支度が遅れた」


 女性は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべた。


(……もしかして)

 泰平はそこで気づいた。

 おそらく柊は、泰平の状態を察してギリギリまで眠らせてくれたのだ。そして遅刻を泰平が責められぬよう、自らの過失にしている――

(柊さん…)


 柊は泰平の肩を軽く叩き、泰平と歳の近そうな三人に向けて言った。


「紹介しよう。こいつが今日から見習いとして零影隊に入隊した泰平だ。同期同士、仲良くしてやってくれ」


(この人達が…俺の同期!?)


 これが泰平と同期達の出会いであった。

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