第三話 入隊
「零…影…隊…?」
男が言った組織の名前は聞き覚えがなかった。
「お前……見えてたな?」
「……え?」
なんのことかわからず固まる。
「悪霊、先ほどお前を襲った奴のことだ」
「悪霊?あれが…?」
(じゃああれ、元は人間……?まるで化け物みたいな……)
そこで泰平はハッとする。
「そうだ、母さんは……!母さんは無事なんですか!?さっき青白いモヤのようなものを吸い込まれて倒れてしまったんです!」
男は深く息を吸い、答えた。
「残念ながら助からない。完全に霊魂を抜かれている。蘇生も不可能だ」
「霊、魂……?」
「お前が言った青白いモヤだ。俗に言う魂、抜かれたら最後。そいつはもう助からない」
「母さんが……死んだ?もう……助からない…?」
泰平の目から涙が落ちる。
「父さん、母さん……ごめんなさい……俺が、俺が死ねばよかったんだ……俺のせいで……二人が……」
泰平は俯きながら、絞り出すように嘆いた。
「なぁ、少年」
男が口を開いた。
「自分が死ねばよかった、そう思うのは自由だ。俺もお前の気持ちが痛いほど分かる。立ち止まって落ち込んだっていい」
男は息を大きく吸い、言った。
「だが、いずれは前を向いて歩き出さなければならない。死んだものは戻らない。だから少年、君が彼らの分まで精一杯生きろ。それが供養であり、生き残った者の責務だ」
さっき会ったばかりのはずなのに、なぜか男の言葉には妙な説得力があった。
男は続ける。
「もしお前が望むのならば、零影隊の見習いとして迎え入れる」
泰平は顔を上げ、男の顔をみる。
男は40代前半といったところだろうか。鍛えられた体にがっしりとした肩幅。
短く整えられた黒髪とその立ち姿にはどことなく風格を感じさせる。
泰平の中にある一つの決意が芽生えた。
「俺の日常は壊れてしまったけど……まだ壊されていない人たちの日常はたくさんあるんですよね……?」
泰平は声を震わせながら、しかしはっきりとこう言った。
「俺、入ります……!零影隊に入って、強くなって……!もう誰も!俺と同じ目に遭わせない!」
泰平は男を真っ直ぐ見つめる。
「……そうか、わかった。ちょっと待ってろ」
男はそう言うと、右耳に装着しているイヤホンのようなものに仕事が終わった旨と入隊希望者がいるということを話した。
直後、二人の間の影が裂けるように揺らめいた。
黒い口が開いたかと思うと、そこから一人の人間が現れる。
髪は短く、深い緑の髪を持つ女性。
泰平と歳はあまり離れていないようにも見える。
男と同じ黒装束を纏っていたが、種類はまるで違った。男は丈夫そうな和服だったが、女性は儒服のような衣服を身に纏っていた。
(服装が違う。戦闘用には見えない。この男の人と同じ組織の人なのかな?)
「行くぞ」
男が手を差し出す。
戸惑いながらもその手を取ると、足元の影が再び裂けるように広がり、泰平たちを飲み込んだ。
視界が暗転し、再び光が差したとき、そこはまったく別の場所だった。
先ほどまで自宅にいたはずだが、まったく見覚えの無い部屋の中にいる。
行灯が照らす室内は木造建築の和室だった。
「……ここは?」
震える声で問いかけると、男が答えた。
「俺の家の寝室だ」
そう言うと、男は近くにある小さな机に一枚の紙とペンを置いた。
「早速だがこれを書いてくれ。その書類はお前の隊士として登録するのに必要なものだ。俺が今日の内にやっておくから早いうちに書いてくれ」
その書類には記載欄が複数個あった。名前、年齢、身長、体重、身体能力、影能力の自覚の有無などを書くらしい。
(影能力?)
見覚えの無い言葉だった。
「あの、影能力ってなんですか?」
「影能力は自身の影から何かを生成したり、媒介にする能力の総称だ。霊視能力、つまり霊を視認できる人間は全員漏れなく持っている。
ちなみに俺の影能力は影盾
影から盾を生成するものだ」
(あの時使ってたあれか…霊が見える人間が持っている能力…つまり俺も…?)
「要するに、今までで自分は何か特別かもしれないと感じたことがあるなら有りと、無いなら無しと書くんだ」
(特別だと思ったことなんて、ないなぁ…)
泰平がペンを走らせる。
「余談だが霊視能力は突然変異で現れる場合もあるがほとんどは遺伝なんだ」
「遺伝…?じゃあ…もしかして」
「君の親も高確率で霊視能力を持っている。片方だけかもしれないし、両方かもしれない。何か、心当たりはあるか?」
「……ない…です。何も言われたこと…ない…あ、でも悪霊に襲われた時、見えているような感じがしたような…」
「…そうか」
(黙っていたのは、息子に心配をかけたく無い親心、といったところか…)
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名前ー高坂泰平
年齢ー17歳
身長ー169cm
体重ー61kg
身体能力ー並
影能力の自覚の有無ー無し
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男に書いた書類を渡した。
「うん、完璧だ。お前は明日に備えて寝てろ。日の出までまだ時間があるしな」
そう言うと男は部屋の隅の方にいるあの不思議な力を使った女性の方を向き、こう言った。
「では僧殿、お付き合いいただきありがとうございました。
私はこいつの隊士登録をしてくるのでここで失礼します」
男が襖に手をかけようとした時、何かを思い出したかのように泰平の方を振り返り言った。
「あー、そうだ。急で悪いんだが、明日からお前には稽古に参加してもらおうと思う」
「稽古!?俺まだ何も分からないですよ!?」
「稽古といっても、お前と同じ見習い達の稽古だから最初は体づくりから始める。何も分からなくても大丈夫だ。俺も指導係として参加するから遠慮無く頼っていい。じゃあ、ひとまず寝て休んでくれ」
そう言って男は寝室の襖を開け、そそくさと出ていった。




