その12
べちゃ、べちょ、ぶち……にち……。
そんな不気味にも聞こえる音の中、俺は足を進めていた。
最初は耳になれなかったこの足音も、もうすでに慣れつつある。
「はぁ……はぁ……はぁ!」
聞こえるのは最早足音と自分の吐息のみ。
そのせいか、いつのまにか頭の中は今この瞬間のことではなく、いつか経験したことを辿っていた。
最初は……そうだ。
何もかもが奴らが襲来したあの日に始まった。
俺や、周りの日常は奴らが襲来したその事実だけで簡単に砕け散った。
『兄さん!!』
白奈の声。
俺はその声の主を守るために、すぐさま手を掴み逃げ出した。
どこへ向かえば良いのかなんて、少しもわかっていなかったけれど、その場に停まれば助からないことだけはすぐにわかったからだ。
その証拠に、地上に降り立った奴らは、目についた順に、無造作に掴み、殺し、そして喰らい始めた。
『白奈、お前は俺がーー』
そう、俺は白奈の腕を掴み走り始めたはずだった。だが、ふと腕に違和感を感じて振り向いてみれば。
俺の腕の先はどこにも繋がっていなかった。大切に握りしめたはずのものはいつの間にか、手の間からこぼれ落ちていた。
『白奈ァ!!』
叫んでも答えはない。ただただ、周りで悲鳴が聞こえるのみ。
探したい、けれど止まれば俺も殺される……だが。
葛藤した末に俺の体が選んだのは、無意味な突撃だった。
もちろん、なんの力もない俺がそんなことをしても何も変わらない。飛びついた尻尾に突き飛ばされ、そして。
ずりゅ!
回想に浸っていて気が抜けていたのか、右足が滑り体が傾く。慌てる様に手を動かしても、バランスを取れることもなく、そのまま倒れ込んだ。
ずべちゃ、という少し重めの音を感じながら、体は地面に少し沈む。
もちろん、地面そのものは柔らかいので特別怪我をすることもない。精々が気持ち悪く感じると言ったぐらいだ。
「そうだ、それで俺はーー」
立ち上がり、また意識は思い出に浸り始めた。
襲撃で気を失った俺はある場所で目を覚ました。その場所こそが、ナツメの『桜花戦線』。
そして同室にいたやつこそが、トカゲ。
思えば、あの瞬間から俺はあいつのおもちゃだったのだろう。そばにいるはずの自分の正体に気がつかない俺を見ていたわけだ。
「…………」
ぐっ、と足に力を込める。
滑らない様に少し様子を見てからまた進み始める。
『足元には気をつけな!!』
そんなマークの声を思い出す。
そうだ、ともかく俺はその後ナツメに誘われる形で『桜花戦線』に所属することになった。マークとも、良くやってきた。
最初の作戦ではいきなりドラゴンとぶつかることにもなった。今思えば随分無茶をしている。自分でも呆れるほどだ。
だが、その戦場も駆け抜けることができた。
また、人の救助も行ったことがあった。腰に装備したナイフも、その時助けた柚木博士がいなければ、発明することさえできなかったかもしれない。
だが逆に、伸ばした手を払われたこともあった。初めて、明確な拒絶を叩きつけられたのもその時だ。向けられた視線に、払われた手の痛みは今でもじんわりと覚えている。忘れることなんて絶対できないだろう。
「…………」
そんな日々が続いて。それでもようやく色んな人が前を向き始めた頃、今度は奴らに拠点を強襲された。たまたま折山さんや渡辺さんがいたからよかったものの、それでも無傷とは言えない結果だった。
伸ばしても掴めなかった手。息巻いても満足に狩れなかったドラゴン共。そして、ようやく掴んだ腕に縋り付いてしまったこと。
『どんな力を手にしたって、俺たちはただの人間だ。神なんかじゃない。救えない命があれば、届かない手だってある』
そして、折山さんの言葉。
多くの、ほんとうに多くのモノが俺を導き、焦燥させ、突き動かしてきた。
どろり、と心に黒いものが塗りたくられるのを感じる。
ああ、だがそれでも。そんなことよりも。
「ヤァ、きたネ」
「…………」
そこで通路は終わり、目の前にはこれまた広い部屋。その奥に、そいつはいた。
この一連の騒動の黒幕、原因。俺の妹の体を奪い使っている、殺すべき相手。
そいつのもとにたどり着いた。




