その11
結論から言えば、俺たちのナイフはドラゴンの眼を捉え、その奥に深々と突き刺さった。それはもう驚くほど、抵抗なくその刃は内部に侵入した。
「っこれは!?……いけない、離れてください!!」
「え……ってうわ!!」
少し離れたところにいたはずの渡辺さんの声が、すぐ横から聞こえてくる。そう思った直後に俺の体は衝撃とともに反対側に突き飛ばされた。
ぶよ、と地面に墜落すると同時に目を向けると、そこには渡辺さん。ちょうど俺が立っていた場所に、渡辺さんの体があった。
腕を押し出すようにしているのを見る限り、彼が突き飛ばしたのだろう。そしてその足元には、多量の血飛沫。
「っ渡辺さん!」
「……っ自分は大丈夫で、す……。幸い傷もないですし」
これほど信じられない大丈夫もなかなかないだろう。見れば、確かに渡辺さんの体に傷はなさそうだが、飛んできのだろう血飛沫で全身は赤い。しかもその被った場所からは湯気が出ている。見るからに、『ただ血を浴びただけ』ではなかった。
「それより敵を。今のもそいつの仕業です」
「カカか……一人には避けられちまったカ」
くい、と顎を動かして指すその先。さっきまで横たわっていたはずの巨体が、むくりと頭を持ち上げてこちらを見下ろしていた。
「っ……へぇ、喋れるんですか」
「ン? ああそうダナ。そういうそっちこそ驚かないノカ?」
「驚いていますよ。他のドラゴンとはお話できませんでしたし。ただ一度、喋っているのを見たことがありましてね」
「……そういえばあいつも、お喋りしたとかなんとか言ってたナ」
ぎゃぎゃぎゃ……、と音が降ってくる。おそらく本来の声なのだろうそれを、耳を削るような音を響かせた後。その頭は渡辺さんから、こちらを向いた。その目は確かにナイフが突き刺さっていて、出血もしている。血濡れでロクに視界も保てていないはずだが、それでも視線が合う。
「デ、こっちの小僧は……ほう。これはこれは」
にちゃぁと口が曲がる。笑った……のだろうか。覗いた歯の隙間から、微かに湯気のようなものが漏れる。
が、それ以上言葉が降ってこない。笑ったような顔のまま、俺に視線を投げてくるだけだ。
「な、なんだよ」
「いや、タダ面倒な運命をしているなと思っただけダ」
「なに……?」
聞き返しても、答えはない。さっきの笑い顔のようなものが帰ってきただけだった。
「くく、そんなことを気にしていていいのカ? 俺は構わんがナ」
「…………」
これもあいつとの契約だからな、などという言葉にようやく本来の目的を思い出す。
そうだ、確かにここでこいつと問答をしている場合じゃない。俺たちは一刻も早く、白奈の元へ行かなければいけない。
ギュリ、とナイフを握り直し、やつの後ろに視線を向ける。奥への道へは変わらず奴が陣取っている。こうして向き合った以上、こっそりと抜けることもできないだろう。
そんなことを考えていると、いつのまにかやってきた渡辺さんが声を落として声をかけてきた。
「須野さんは、隙を見てあいつの後ろにまわってください。その隙は自分がなんとしても作り出します」
「後ろに……ってことは」
「ええ、その通りです。理解が早くて助かります」
後ろに回る、つまりそのまま向こう側へ行け、と言うことだ。もちろんその場合、渡辺さんをここに置き去りにすることになる。この強大な相手を前にして、一人で。
「悩まないでください。心配しなくても、自分もすぐにそちらへ向かいます。こう見えて逃げ足には自信がありますから」
「……わかりました」
にやり、と笑われてしまえば頷くしかない。それに、嫌な予感もし始めている。このままでは間に合わなくなる、と何かが叫んでいる気さえしてくる。
「カカ、作戦会議は終わったカ」
「ええ、おかげさま、で!!」
「っ!!」
合図はない。
だから一歩で遅れはしたけれど、渡辺さんの最後の声で俺たちは走り出す。
俺は向かって右、相手の尻尾が見える向きに。そして渡辺さんは左、顔の方へ駆け出した。
ぺちゃぐちゅぼじょびたぬる……。
足元からは気持ち悪いほどの音が立つ。が、もはやそれを気にしている余裕は俺たちにない。
気を抜けば足をとられて転びそうになりながらも、足を前に出し続ける。走って走って、滑りそうになりながら前に進み、そして。
ずる。
「っくぁ!!」
びちゃぼちゃ、ずるずるるるずずるずりゅる……。
盛大な音を立てて転び、そのまま滑りながらも、なんとか俺の体は通路へと侵入していった。
ーーー
ちらり、と目の前のドラゴンの後ろに目を向けると、そこにはもう、人の影はない。どうやら須野さんは無事、通路まで抜けることができたらしい。
「ぅ……」
「小僧は通路まで抜けたか。貴様らの作戦通りの様ダナ」
それだけ確認すると、そんな自分を見て何を思ったのかそんな声が降りてきた。
「……ええ、あなたのおかげです」
それが、妙にわざとらしく、ついそんなふうに返してしまった。
「クカカ、貴様にはお見通しカ」
「そりゃばれますよ。だってあなた、自分しか狙ってこなかったじゃないですか」
その言葉通り、自分と須野さんが二手に分かれた後。目の前のドラゴンは自分の方にしか視線を向けなかったばかりか、尻尾すら振り上げたまま一度も振り落とさなかった。まるで、ただ邪魔な物をどかしただけのように。
その真意が分からない。
「……どういうつもりですか?」
「どういうも何もなイ。あの小僧には面倒な運命が絡みついていル。それに関わるよりは眺めるぐらいがちょうどイイ」
「悪趣味ですね」
「カカ、そう言うな。何よりアイツの獲物だ。俺には横取りするつもりもナイ。それに……」
それに?
そこで言葉を止める口に警戒しながらも、武器を構え直す。握りすぎず離しすぎず、腰を少し落とす。
「こんな風ニ、人と殺りあうのもたまにはイイ」
「……そうですか。では存分に味わいください!!」
狙うのは、目。が、足場のせいもあって、今はあまり高くまで飛べない。まずは体に立って駆け上がる。
そう考えてから地面を蹴る。
「イイぞ、コイ!! お前の全てを見せてみろ!!」
それに応えるかの様に、目の前の巨体が咆哮をあげた。
(頼みましたよ、須野さん)
次の瞬間、自分と巨体の距離はほぼゼロとなった。




