その6
ぶつりと切れた通信。
それを見届けてから、『それ』は大きく身震いした。
「ふふ……ふふふふふ……あはははははは!!」
端から見れば、『それ』は普通の女の子にしか見えない。が、中身はそんな生優しいものじゃない。
そのことを表すかのように、『それ』はけたたましく笑う。
「聞いたかい? 白奈ちゃん。これから来てくれるってさ。楽しみだねぇ……」
一頻り笑った後、不意に言葉をこぼす。その言葉は誰に届くでもなく、暗闇の中に溶けて消えていった。
ぱちりと目が開く。すぐさま体を起こすと、何の抵抗もなく体が持ち上がった。
つい先日まではもう少し抵抗があったはずなのに、珍しい。
(いや、そうでもないのか)
昨日。正確にはあのトカゲからの通信があるまでは、俺たちはどこに進めばいいかさえも良くはわかっていなかった。害されるからドラゴンはなんとかしていたが、その根本がどこにあり、それをどうすればいいのかすらわかっていなかった。
だが、最悪な形としてではあっても、それがはっきりした。差したのが光ではなく、ある意味での闇だったのがなんともいえないが、それでも向かう場所とするべき事ははっきりした。
そのことを体がわかっているのだろうか。我ことながら、全く持って現金だ。
こんこん。
そこまで考えたところで扉からノックの音が聞こえてきた。
「起きてらっしゃいますか?」
「今起きたところだ。もう時間か?」
「はい、では会議室までお願いします」
聞こえてきたのは何度か廊下で聞いたような声。扉は開けられなかったから顔までは見えなかったが、おそらく戦線に所属しているうちの誰かなのだろう。
そんなことを考えながらも、手早く着替えを済ませ、身支度を整える。もう着慣れたと言える服、腰には例のナイフ。
準備といってもその程度だ。だが、これで十分。これまでもそうしてきたように、今日も。
「大丈夫そうだ」
一応、ナイフを一度抜き、具合を確かめてから鞘に戻す。そうして廊下に続く扉に手をかける。
同じ服、同じ装備。そしてやることもほとんど変わらないだろう。だが今日は。
「今日こそ、取り戻す!」
世界を、なんて間違っても思えない。俺は俺の目的のため。妹を取り戻すために、扉を押し開いた。
廊下に出て歩くうちにふと、昔のことを思い出し始めた。昔と言っても子供の頃のような昔じゃない。ここに来たばかりの頃。ナツメに桜花戦線へと誘われたこと、妹を助けるためにとその手を取ったこと。そして。
ドラゴンと改めて対峙したこと。伸ばされた手をつかむこともあった、伸ばした手を払われたこともあった。死にそうな目に会いながらも、ようやくここまで来た。
気がつくと目の前には会議室の扉。そこを押し開けば、作戦が始まる。
「……」
息を吸って、吐く。
期待と野望を胸に、扉を押し開いた。
「来たな」
入って早々、ナツメから言葉が飛んでくる。それに頷きつつ、部屋の真ん中まで進みながら周りを見る。マークに折山さん、それから渡辺さんもすでにいる。メインの人物としては俺が最後だったらしい。そのことを確認してから、現在の状況が映されているであろう画面に視線を向ける。
「そう慌てるな。心配しなくても昨日からほとんど状況は変わっていない。……あれを出してくれるか?」
「了解しました」
ナツメの指示に、横にいたオペレーターが手元のモニター操作をする。すると、映し出されていた画面が端により、中央には黒い繭のようなものが映し出された。
「これは……?」
「昨日、正確にはあいつから連絡があった後。そのタイミングで向こうの位置と想定される場所をスキャンした。その結果がこれだ」
「何かを生み出そうとしている、ということか?」
「流石にそこまではわからん。だが……繭の下の方を見てくれ」
言葉と一緒に下の方にズームされる。そこには。
「穴……?」
「そうだ。わざわざ見つかりやすい場所に入ってくださいとでも言いたげな穴を発見した。しかも内部からはあいつの反応、それから複数のドラゴン反応まであった」
つまり。あの穴の先に、あのトカゲが、いる。ドラゴン供と一緒に。
「もちろん、罠の可能性もある。だが、それでも我々にはそこに飛び込むしか道はない」
「罠の可能性もある、という事はそれに対抗するための作戦もあるんだろ?」
「ああ。……とはいえ我々にできることなどたかが知れている。それでもないよりはマシだと思うが」
そう前置きし、ナツメが説明を始める。内容としては、桜花戦線の面々がトカゲまでの血路を開き、そこを俺・折山さん・渡辺さんが突き進む、というものだ。
確かにそれは作戦というにはあまりにお粗末なものだ。だが、それで十分だ。
「我々の持っているものはあまりに少ない。であれば少数の部隊で速やかに決着をつける必要がある」
そこまで言ってから、ナツメが改めて俺の方を向く。
「あいつはわざわざお前を指名してきた。そこにはまぁ、いろんなわけがあるんだろう。だからこそ、私たちは全力でお前をやつの元まで送り届ける。お前には少し酷なことをやらせるかもしれないが……」
「今更だ。それに俺は俺であいつに用がある」
遮るように返事をする。すでに覚悟は決めた。何を持ってしても俺は|妹(白奈)を救い出す。
そのために、必ずトカゲの元までたどり着く。
「そうだな……よし。今の裕二の一言を持って、作戦開始とする!! 我々はこの穴に侵入し、あいつとの最終決戦に挑む!! あのファンタジーどもを狩り尽くせ!!」
頷く。
マークも折山さんも、渡辺さんも。オペレーターも、目に映った人も。この部屋にいる人、人、人が心を一つにするかのように頷いた。




