その5
「…………、……。……って、おい!」
ぐい、と後ろから首筋を掴まれる。
前に一歩進もうとしていた体は、そのせいで一歩を踏み出す前に止まった。
何事かと前を見ると、目の前には壁。どうやら知らないうちに壁にぶつかる直前だったらしい。
「あぶねーな、どうしたんだよ?」
「いや、なんでも……とにかくありがとな」
そのことを確認してから首元にあった腕の主、マークに向き直る。
同じタイミングで、向こうもこちらの顔を覗き込むようにしていたからか、真正面から視線がぶつかる。
「いや、それはいいけどよ。何か考えごと……って、そんなもの妹ちゃんのことに決まってるか」
「…………」
質問の途中で思い至ったのか、言葉が途中で止まる。
もちろん図星なので、無言を返す。
「まぁでもびっくりだったよな、まさかあんなことになってるなんて。今でも信じられねーよ」
「正直、俺もだ」
肯定してから、改めてさっきまでのことを思い返す。
まず外部から通信が入った。
それ自体は、折山さんたちのこともあって特に珍しいことではなくなっていた。が、問題はその相手。
通信を開くと映っていたのは一人の少女。俺の妹たる、白奈の顔だった。
桜花戦線としては初めてのコンタクトであり、さらにその少女は、白奈であって白奈ではなかった。いや少女ですらなかった、というべきか。
モニターの彼女は自らのことを、俺の近くにいたトカゲであったと自白した。しかも、自分の顔を変えることでその証拠にするというおまけ付きで、だ。
「で、あいつがこの世界に存在するために、えっと……よりしろ、だったか? にしているのが妹ちゃんだっけか」
「らしいな」
ぎり、と歯に力が入る。
そうだ。妹は今、そんなトカゲなんかに利用されてしまっている。
おそらく、白奈の体をそのままトカゲが動かしている、ということなのだろう。……そんな話がこの国にもあったな。
「で、妹ちゃんLOVEなお前は何としても助け出したい、と」
かく、と足から一瞬力が抜けそうになる。
確かにほぼ間違っていないのだが、こいつが言うと相変わらず緊張感がなくなる。いや確かに助けたいし、妹のことは親愛の意味で好きだが。そう言う意味も込めて視線を送ると。
「なんだよ、別に間違ってないだろ?」
口を尖らせてそんな言い訳が返ってくる。
もちろん間違ってない。間違っていないのだが……。
「お、戻ってきたな」
そんな少しもどかしいような感覚を転がしていると、随分と歩いたらしい。廊下の少し先には俺の部屋が見えている。
「じゃあ、いったんここまでだな」
「あ、ああ」
すちゃ、と音がしそうな勢いで略礼をするマーク。
その勢いのまま足を早めて俺の部屋の前を通り過ぎて行った。……最後の俺の返事はあいつに聞こえたんだろうか。
が、そんなことを確認する間も無くマークの姿は廊下の向こうに消えて行った。残されたのは俺一人。
「さっきまでの煩さが嘘みたいだな」
マークがいなくなると、突然周りが静かになる。当然、こぼれ落ちる独り言に返ってくるツッコミもない。
それ以上の言葉は飲み込み、部屋の扉をくぐる。
「遅かったナ」
「っ!!」
瞬間、誰もいないはずの部屋から声が聞こえ、とっさに視線を向ける。だが、向けた方向には誰もいない。もしや後ろかと、振り返ってみるも、普段と変わらない壁が目に入る。他には何も見つけられない。
それでも、往生際悪く周囲を睨みつけつつ眺めてみるが、やはり何もおかしなところはない。人影も見当たらない。
「気のせい……か」
無意識のうちにそんな言葉が溢れる。それはほとんど、自分を納得させるためのような言葉で。
「くそっ!!」
思わず壁を殴った。そうでもしないとおかしくなりそうだ。
なぜ、どうして。言葉にすればキリがない。なぜ、俺は奴に気が付けなかったのか。どうして、妹が陥っている状態に気がついてやれなかったのか。
「くそぅ……」
そのまま、擦るようにして手を下げる。
悔しさに、体をかきむしりそうになる。が、そんなことをしても何にもならないと、頭の中ではわかっている。
今はそれすらも、活力にして奴のもとへ向かう。そして妹を……。




