その2
「……失礼します」
ぷし、と軽い音がなる。
今潜ったばかりのドアを閉めるのはその音に任せ、ため息を一つ落とす。
少し時間がかかってしまったが、ようやくの回復となった。そのせいか、ベッドから離れた途端になんだか妙な違和感があるほどだ。
「よぉ、やっと元気になったか」
と、歩き始めたところで横から声。
聴きなれすぎるほどに聞いたその声は。
「なんだ、マークか」
「『なんだ』、とはなんだよ。これでも心配したんだからな?」
ずい、と顔を寄せてくるそいつを手で押さえ、わかってるよ、と返す。
実際、こいつはあの後もちょくちょく見舞いに来てくれていたし、その言葉も素直に信じられる。
が、しかしだ。
「で、何の用だ?」
それだけでわざわざ退院(この言い方が正しいかはともかく)、それも放っておいても自然と顔を合わせるやつを待ち伏せることはないだろう。
そして、その予想はどうやらあたりらしい。
「んー、いや、呼び出しがかかってるんだよ。お前に」
「呼び出し?」
聞き返すと、返ってきたのは首肯。マークの首が縦に揺れた。
「ついさっき、ナツメさんの元に通信が入ってきたらしい」
「…………」
「それが妙な感じでな? なんでもお前の名前を出す少女からのものでーーって、おい!」
『俺の名前を出す少女』。
その言葉がマークの口から飛び出した直後、俺の足は前へと飛び出した。そんな少女、一人しか思い当たらない。
後ろからマークから制止の声が飛んでくるが、それに構ってる暇もない。
走り出した勢いのまま、角を曲がる。その時点でマークの声はほとんど聞こえなくなるが、構わない。ナツメが呼び出した、ということなら場所はあそこしかないだろう。
次いで、十字路が見えてくる。あそこを右折すれば避難民の居住区が、左折すれば俺たちが生活する場所が。そして直進すれば、ナツメのいる司令室がある。
十字路を直進しようと、気をつけながらも速度を落とさずに駆け込んだタイミングで、右から声が聞こえてきた。
「……ーー、………………」
「……、……ーー。……ーーーー」
場所が離れていたからか、詳しくは聞こえない。それでも、なにやら物語に出てくるヒーローの話をしているらしい。今回はいまだに現れていないが、やはり、危機に現れるヒーローというのは、誰の目から見てもカッコよく映るのだろう。
(物語の主人公、ヒーロー……か)
ふと、その言葉から昔を思い出す。
昔にやったことがあるゲームの1つ。その主人公は途中で怪我を負い、回復するまでは身動きが取れない状態に陥ってしまう。が、結局それが回復するまでは物語に大きな変化は起きなかった。いわゆる『ご都合』という物だったのだろう。
だが、今俺に起こっているこれはまさしく……。
(…………いや、まさかな)
頭を振って、その考えを追い出す。俺は決してヒーローでもなければ、物語の主人公でもない。だからこれはただの偶然だ。
『多分そう言うことだ。今回、俺たちがそれに選ばれちまったんだろうな』
そう思い込もうとしても、いつかの折山さんの言葉も合わさり、俺の中の漠然とした不安は結局、司令室の目の前に来ても晴れることはなかった。
「はぁ……はぁっ……」
気がつかないうちに全力で走っていたのか、息が切れていた。
それを一呼吸、二呼吸してなんとか落ち着ける。扉を開けばナツメがいるだろう。そのうちにマークも追いかけてくるはずだ。
「ふぅ」
ようやく呼吸を落ち着けてから、ようやく俺は目の前の扉を開いた。
「来たか」
中には、予想通りナツメの姿。そしてーー。
『兄さん!!』
懐かしい声、懐かしい顔。
あの時からいつか必ず、と再会を願ったたった一人の家族。妹。
白奈の姿が、モニターに映し出されていた。




