その1
『やっぱヒーローってかっこいいよなぁ!』
『おれ、いつかぜってぇみんなをまもるヒーローになる!!』
ヒーロー。
誰かを守るために、自らの危機を顧みずに立ち向かう存在。
テレビや小説に出てくるその存在は、それはもう眩しかった。
人の応援を一身に受けて、悪や敵に立ち向かうその姿はたくさんの少年少女の心を魅了した。
多分、俺も妹も少なからず憧れた。
だからこそ、だろうか。こうしてそれに近い存在となった今ようやく。
彼らはどう言った思い出日々を過ごしていたのだろうか、と思うようになった。
「よぅ!!」
「…………何しにきたんだよ」
シャッ! っと勢いよくカーテンが開かれる。
そうして顔を覗かせたのは声の主。
「いやー、暇してるんじゃないかって思ってな」
そう言って、少しニヤつきながらマークが近くまで寄ってくる。
「ここは一応病室だぞ? 騒ぐならよそにーー」
「わーってるって。ほれ」
よそにしてくれ、と言いかけた言葉はマークの放った何かに遮られる。
ぽむ、と軽い音を立てて俺の膝上あたりに着陸したそれはーー。
「本?」
「動けないと、色々と退屈だろうと思ってさ」
手にとってぱらぱらと捲ってみると、小説のようだ。
「しっかし……絶対安静、って聞いてた割には元気そうだな」
「まぁな」
じろり、と俺の全身を眺めるようにして、マークがこぼす。
その言葉の通り、現在俺はベッドの上で絶対安静を命じられていた。
といっても、全身に包帯が巻いていたり、腕や足がギプスで固定されていたりすることもない。
ただ、入院用の簡単な服を着て、ベッドから降りることを止められているだけにすぎない。
体も、ほとんど無事だ。
「……それで? お前がこれぐらいのことで訪ねてくるとは思えないんだが」
「ひでー。俺だって友人が入院したら見舞いに来るぐらいはするって。……まぁ確かに今回はそれだけじゃないんだけどさ」
ひどい、とは言いつつ他に用事があること自体は正解らしい。
ぽり、と頭を掻いた後、マークは視線を後ろに向けた。が、そこには特に誰もいない。さっき開かれたカーテンと、その向こうに見える、病室の入り口。
その入り口に向かってマークの声が飛んだ。
「入ってきていいっすよー」
その言葉に応えるように、扉がノックされ、数秒の後に開かれた。
そこにいたのは果たして。
「……恵さん、でしったっけ?」
「はい。……お久しぶりです」
入ってきた顔を見て、記憶の奥から名前を引っ張り出す。
たしか、柚木博士の救助に向かった時に一緒にいた女性だ。
そして何より。
「お前とこの人が一緒にいると、なんだか変な感じがするな」
何より、マークの頬を張り倒した張本人だったりもする。
あれは今思い出してもいい当たりだった。
「……そ、その節はどうも……」
と、恵さんが体を小さくしながら赤くなっている。
あれは彼女の中で、恥ずかしいこととして記憶しているらしい。
それから少し。俺とマーク、恵さんとで話をした。
主な話題は、やはりいつかの頬のこと。
あの後、恵さんの居場所を訪ねたマークは彼女と会話。そのまま頬のことを水に流してしまった。
そのことに、恵さん本人も驚いてしまったものの、結局その許しを受け入れたらしい。
そうして少し。
周りが騒がしくなっていたので時間が流れてしまったが、こうして俺のもとにも謝りに来てくれたらしい。
とはいえ、俺はそもそも彼女に何かされたわけでもない。
というよりも、彼女の顔すらついさっきまで忘れていたぐらいだ。
当然、許すも何もない。
「…………」
そのことをそのまま伝えると、ぽかんとした表情。
が、それもすぐに、おかしなものを見たような笑いに変わる。
「おい、マーク。何を吹き込んだ?」
その奇妙な反応に、とりあえずマークを睨み付ける。
少ししか話していないが、この人は急に笑いだす性格でもないだろう。目の前のこいつが何か余計なことを言ってさえいなければ。
が。
「……ご、ごめんなさい。でも、おかしくて……」
ぶんぶん、と首を振るマークと睨み付ける俺を見て、笑い涙をにじませながら恵さんからそんな言葉が飛び出した。
はて。
「あなたも、マークさんと同じようなことを言うんだなって」
少し呼吸を落ち着けてから、恵さんは言う。
俺はぴんとこないが、マークは何か思うところがあったのだろう、なるほどと顔に出ている。
「でもやっぱり、あなた達は私よりもずっと大人だったんですね。……いえ、私が子供だった、と言うべきでしょうか」
「そんなことないですって。俺もこいつも思ってることを言ったまでっすから」
「ふふ……そうですか」
詳しくは分からない。
が、多分マークと恵さんの間で何かがあったのだろう。多分いい方向で。
そして今、俺も同じようなことを言ったからついおかしくなってしまった、と言うところだろうか。
それはいい。
マークと同じ意見というのも妙な感じだが、恵さんにとってもいい方向に進んだのだろう。
表情が明るいのが何よりの証拠だ。
だが。
「だから言ったでしょ? 裕二もそういうだろうって」
「ええ、そうですね。マークさんのいう通りでした」
目の前の二人。
その二人が完全に「ふたりの世界」だ。
もうすでに俺の方に注意はほとんど向いていない。
さっきからドアも開きっぱなしだから当然、人目も引く。
その証拠に少しずつ野次馬が増えている。もうすでに五人か……。
他でやって欲しいと思いつつも、なんだか言い出す気にもなれず。
(もうあとは二人でやってくれ)
無言で言葉を投げかけた俺は、深く布団を被り直した。




