その7
「さぁな」
「ぇ……?」
一言。それだけを返してきた。
返す俺の言葉は、なんとも間抜けな物。知らないうちに、俺は期待してしまっていたらしい。この人なら、何か答えをくれるかもしれないと。
「ただまぁ、言えることはある」
がりがり、と頭を掻き、俺の所感だがな、と付け加えてから。
「俺たちの手の中に力があった。それはもう疑いようがない」
「……」
「ただ、どんな力を手にしたって、俺たちはただの人間だ。神なんかじゃない。救えない命があれば、届かない手だってある」
「それは……!」
わかっている、つもりだった。けれど、言われてドキリともする。
確かに自惚れはあった。だからこそ、できなくて小さな兄妹の前で醜態もさらした。
その心中を知ってか知らずか、折山さんは言葉を続ける。
「だからこそ、俺たちは手の届く範囲だけでも必死で守り抜かなきゃならねぇ」
「手の、届く範囲……」
理屈はわかる。分かりすぎるほどに。
だって、俺自身がそうすることしかできなかったから。全てを救うことなんてできなかったのだから。
だったらーー。
「だったら、もっと……もっと強い奴が選ばれるべきだったんだ。俺なんかじゃ、手の届く範囲だって、たかが知れてるのに……なんで、俺なんかが」
選ばれてしまったのか、とは口に出ない。言葉が途切れる。
そのことを知ってか知らずか、隣からは変わらずに声が降ってくる。
「だよなぁ。俺もだ」
笑う。
けっして、笑えるようなことじゃないのに、折山さんは『だからこそ』と言わんばかりに声を大にする。
「けどな。その悩みは誰だって感じるんだ。もっとうまい奴が、もっとすごい奴が……ってな。誰だってそうだ」
「…………」
「だからこそ、俺は誰かにこの役目を任せたい、とは思わねぇ」
ふと、声が途切れたので、顔を上げる。あげた先には、もちろん折山さんの顔。
「お前や俺が今感じている悩みや悲しみは、この役に選ばれちまったら、誰だって感じる。だったら、こんな苦しい思いをするのは俺だけで十分だ」
その顔は、さっきまでの気楽なものじゃない。
何かに耐えるようにしかめられ、視線はかなり鋭い。
「憶えておけ。何かを変えるには、変える覚悟と、痛みが伴う」
「覚悟と、痛み……」
「そうだ。歴史を紐解けば、それの繰り返しだ。何かが変わるたびに、たくさんの血が流れてきた……。もちろん、全部が全部たくさんの犠牲者を出したわけじゃない。けれどそれは、一部の、血を肩代わりできる奴がたくさん流しただけに過ぎない」
血を、痛みを肩代わり……。
「待ってください。ということは……」
「あぁ、気がついたか。多分そう言うことだ。今回、俺たちがそれに選ばれちまったんだろうな」
「俺、たちが……」
ふと、手のひらに視線を落とす。
すでに綺麗になっているものの、ドラゴンの血に塗れていた手。
けれど、それを今一度しっかりと握り込む。
「少しはマシな顔になったな」
「……まだ正直混乱してます。けれど、それが今の俺にできることで、俺がやるべきことなら」
やってみせる。
伝えると、折山さんが破顔する。
それは、さっきまでの豪快な笑いではなく、まるで優しい親のような表情で。
「おう、それなら大丈夫だ。お前さんなら決断する瞬間を間違えることもないだろう。そして、それなら、守りたいものは必ず守れるさ」
ぽす、と頭の上に掌が載せられる。
子供扱いされているようなものだが、さっきの表情も相待って、俺にはその手を振り払うことができなかった。
「じゃあな。この騒動が終わったら、一緒に飯でも行こうぜ」
載せた手を離すと、その手を下ろさないまま折山さんは足を動かし始める。
手は落とさないまま、ふらふらと左右に振り回しながら。
遠ざかっていく背に、俺は無言で頭を下げた。




