その6
「死傷者53、怪我人が重軽症含めて90人か……」
ぺらり、とナツメが資料をめくる音と、その当人の声が響く。
作戦室にはむしろ、他の音の一切が響いていなかった。
誰も彼もが、無言。まるでお通夜にでも出ている感覚だ。いや、きっと間違っていないのだろう。
これは最早、そう呼んでも不思議じゃない。なぜなら。
「ぅ……くぅ…」
「くそ…なんだってこんなことに…」
静まりかえった作戦室のそこかしこから、声が漏れ始める。鼻を啜る音、嗚咽を漏らす人。そして音もなく、ただ涙を流す人。
それぞれの人間が、それぞれに思う人を亡くし、悲しんでいるのだから。
「くそ……!!」
思わず、と言った形で隣のマークからも声が聞こえてくる。
それに対し俺はーー。
「…………」
何も言葉が出てこない。それどころか、まるで感情が死んだかのように、何も感じていなかった。
ーーと。黙って資料に目を向けていたナツメの顔が上がる。
「状況はわかった。みんな、よくやってくれた」
「よく……? 何をおっしゃってるんですか!? これほど被害が出ているというのに!? こんな……こんな、最悪の結果を指してそう言うのですか!?」
「その通りだ」
「「「っ!」」」
立ち上がり、捲し立てるように叩きつけられる言葉。それに対して、ナツメはなんでもないことのように、言う。
その妙な気迫に押されたのか、発言者本人を含め何人かが、出かかった言葉を飲み込んだ。
ぐるり、と周りを見渡し、最後に俺の方を向いてナツメが口を開く。
「もう一度言うぞ。よくやってくれた。……もちろん、犠牲は出た。それをなかったと言うこともないし、必要な犠牲だった、などど言うつもりもない。だが」
一呼吸。
「だが。これは決して『最悪の結果』ではない」
「そ、それはなぜ……?」
恐る恐る、と言った様子で誰かが尋ねる。
「何故か。それは、我々がこうして生き残ったからだ。……武器の一切が効かなかった相手と乱戦し、こうして今、我々は少なくない人数が生き残った」
「…………」
「犠牲はあった。尊い命がいくつも散った。それでも、全滅はしなかった。……君たちの尽力の賜物だ」
誰も、何も言えなかった。
確かに、決して勝ったとは言えない。それでも、俺たちは負けなかった。アレだけのドラゴンを相手にして、逃げつつもこうして今、顔を合わせて話すことができている。少し前なら考えられなかったことだ。
それを指して、ナツメは言ったのだ。『よくやった』と。
(ああ。やはり俺がこうしてドラゴンに対抗する手段を得たのは遅すぎたんだろう)
それでも、救えた命は確かにあった。あったのだ。
それは決して無駄なことじゃない。そう言えるだけの自信が、ようやっと巡り始めた。
「さて」
ぱちん、と手を打ち合わせる音。
知らずのうちに下がっていた目線を上げると、さっき聞いた音の音源が見えた。やはりと言うべきか、予想通りと言うべきか。ともかく、音源はナツメの手元。その音源の主が、口を開いていた。
「今は体を休めることを最優先にしてくれ。食べられそうなら食事もしておくといい。では、解散だ」
有無を言わさずに言い切ると、席を立つ。それに反論する元気のある奴がいるかどうかは怪しいところだ。誰一人として文句も言わずに立ち上がる。そうして、俺たちの乱戦は幕を下ろした。
ーー
「よぅ」
「……折山、さん」
自室に向かう道すがら、その途中で声をかけられた。
「どうした? なんだか浮かない顔だな」
「いえ……」
「なんだ? 悩み事か?」
違う、とは言えなかった。口を開いても出てくるのは吐息だけだ。
それでも、しばらくはなんとか出そうとするが、どうしても出ない。
「俺は……俺たちはどうして、今更力を手にしたんでしょう?」
ようやく出てきたと思ったら、それは本当に相談事。
だが……ちょうどいい。こうなったら少し、この人の胸を借りよう。
そう思った瞬間、言葉は堰を切った水のように溢れ出てきた。
なぜ、俺たちはドラゴンを倒せるのか。
なぜ、俺たちだけが。
なぜ、今更なのか。
なぜ、救うことがこんなにも苦しいのか。
なぜ。
喋り出したらキリがない。けれども、それを全部。それこそ、永遠に思えるような時間をかけて吐き出す。
その言葉を、折山さんは真っ向から受け止めて。
「さぁな」
「ぇ……?」
一言。それだけを返してきた。




