その5
『うわぁあああああ”あ”!!』
『助けてくれー!!』
「!?」
「っ!!」
と、水もほとんど飲みきったか、というタイミングで悲鳴が上がる。
「今のってーー」
「静也ならもう行った。俺たちもすぐに追いかけるぞ!」
振り向いて、渡辺さんの方を見てもすでに姿はない。折山さんの言葉通り、すでにここを出発したらしい。
ならば、俺たちもいつまでも休憩してるわけにはいかない。
「わかりました、行きましょう」
「おう」
折山さんも缶を握り潰して立ち上がる。そうして、俺たちも声の場所に向かうため、すぐさま走り始めた。
声の大きさから考えて、それほど離れていない。
そう時間もかからずに俺たちも、その場所にたどり着いた。
「来ましたか。須野さん、お願いします!!」
たどり着いた時、既に渡辺さんが目をつぶした瞬間だった。
走ってきた勢いのまま、ドラゴンに肉薄しナイフを突き立てる。そこからはもう必死だった。
倒しても倒しても、ドラゴンはやってくる。それこそ、無限とも思える時間俺はナイフを突き刺し続けた。
そうして、ようやくそれが収まった時。
「はぁ、はぁ…んっ、はぁ」
呼吸をするのももどかしい。けれど、少しでも酸素を取り入れないと、即座に意識が落ちてしまいそうで、無理やり息を吸う。
それを繰り返して少し。なんとか呼吸も落ち着いてきたタイミングで、周りを見ることができた。
そこは。
「あ”…」
「うぁ……」
「いたい、痛いよぉ…」
「誰か、誰か」
「急いで手当てを!」
そこかしこに人が転がる地獄絵図。まるで、いつかの再来だった。どこを見ても人が倒れていて、血と血と血が。飛び散った赤い染みをそこかしこに塗りたくっている。
「う”っぁ……」
記憶がフラッシュバックし、酸っぱいものがこみ上げてくる。
自分の鼓動をやけに強く感じる。頭が重い。足も、うまく力が入らずにふらついてくる。震える手を、なんとか地面につけて、倒れ込むのだけは阻止する。そうして。
「がぼろぉ……うぉえ……」
上がってきた物を吐き散らす。びしゃびしゃと、少しばかり飛び散るが気にしない。いや、気にもできない。
とにかく今は少しでも早く、この上がってくる物を処理したい。その一心で吐き続ける。そうして、吐くものがなくなって、ようやく収まった時。
「おにぃちゃん…だいじょぅぶ?」
少しばかり舌ったらずな声に、ふと顔を上げる。そこにいたのは小さな女の子。
その女の子が、俺を心配そうに見つめてくる。
その目に、ふとーー
(しろ、な…?)
その目に、妹を重ねてしまう。似ているところなんて、少しもないのに。
「あ、ああ…大丈夫だ」
「あ、いたいた。しんぱい…ってうわぁ! にいちゃんだいじょうぶか!?」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、もう一人。
今度は、女の子より少しばかり大きな、少年。その少年が俺を見るなり驚いて声を上げた。
「ゆき、このひとどうしたんだ?」
「あ、おにいちゃん。わからないの。でもすごくいたそうだったから……」
「たしかに! ちょっとまってろよ、にいちゃん。おれがたすけをよんでくるから!!」
そう言って、今度は来た道を戻っていく少年。
にしても、おにいちゃん、か。あの少年にとってこの子は妹なのだろう。
(そうか、俺は守れたんだな。あの少年にとっての、妹を…。今度こそ)
そのことは、素直に嬉しい。あの時できなかったことが今回は。
そう思うと同時に、心から黒いものが溢れかえる。
(なんで、今なんだ…)
なんで…なんで、なんで! なんで!?
何故、妹を失ったあの時じゃ無く、今更なのか!?
どうして、こんなに経ってから、ドラゴンを殺すことができるようになったのか!?
「お、おにぃちゃん…?」
ぴちゃ、と顔から、吐瀉物とは違う液体が流れ出す。その瞬間を見たのか、女の子が恐る恐る声をかけてくる。
大丈夫、大丈夫と呟くように言いながら、顔を伏せる。これで、顔は見られないだろう。それでも、液体だけは止められず、次から次から溢れ出す。同時に、視界も歪んできた。
「やっぱり、いたいの…? よしよし」
ぽす、と遠慮がちに置かれた手がわさわさと髪を撫でる。そのぎこちない手は、俺を思う心遣いが感じられて。
それが、俺が望んだ手ならば、とどうしても思わずにいられなかった。




