その4
ふと、風が頬を撫でる。その風で、思考が現在に追いついてきた。
ちらりと、物陰から覗くと、ようやくドラゴンも近づいてきている。目標の場所まではもう少しだ。
『そろそろいい頃合いダナ。準備はどうダ? っと、聞くまでもなかったカ』
「当たり前だ」
言って、腰のナイフを抜く。作戦の概要は先ほど復習したばかりで、頭の中にしっかりと入っている。
道を挟んだ反対側に目を向けると、マークも似たような場所に陣取っている。問題なさそうだ。
ちょうど向こうからも向けられた視線に、頷く。頷いて、口の中にある飴玉を噛み砕く。
がり、と音を立ててから飲み込むと、口の中の甘さが一気に薄れていった。
そうしてついに。
『今だ! 作戦開始!!』
ナツメの声が耳に響く。その声と同時に、階下からバシュ、という音。
ロープが射出された音だ。それが、ドラゴンの足元に絡みつく。
「行くぜ? 裕二!!」
「ああ!!」
それを確認次第、飛びかかる。目標は奴の、背中。
廃ビルの床を蹴り、空中に身を踊らせる。踊らせてから、少し、昔のことを思い出した。
以前にも、こうして飛びかかったことがあった。こんなふうに背中に向かってではなかったし、その時はあっけなく弾き飛ばされたけれど。今は、違う。
バックアップ班が、ロープで奴の動きを抑えてくれている。飛びかかっているのも俺一人じゃない。さらには、手の中には、対抗するための手段が握られている。
ドクン!
「ぅあ……」
最早、懐かしいとさえ思う咆哮。もう、あの頃とは違う。けれど!
「うああああ”あ”あ”あ”!!!」
それでも、その咆哮は、体から湧き出てくる。視界に星が飛ぶ。
もうあんなことは起こさせないと、体が叫ぶ。そうしてようやく、俺の体は、ドラゴンの背中に足を着けた。
「っと。成功!」
振り向く暇はない。が、マークの声から、あちらも着地に成功したらしい。
足元の背は揺れているものの、それをロープが押さえ込こんでいる。立てないほどじゃない。
そう確認してから、手に持ったナイフに力を込める。そしてそれを。
「っせぁ!!」
気合一閃、ナイフを突き込む。果たして、ナイフは柄の部分まで一息に埋まる。
ちょうど、鱗の繋ぎ目に当たる部分だったらしい。
「かってぇ!! なんじゃこりゃ!?」
後ろからそんなマークの声に、思わず振り向く。そこにはナイフを片手に、渋い顔をした声の主がいた。
「繋ぎ目だ、繋ぎ目を狙え!!」
「いや、狙ったはずなんだがなぁ…」
続く、ぶつくさとした声に反応している暇はない。手に力を込めてスイッチを押し込む。
ぷし、と気の抜ける音がして、ナイフが震える。これで。
らぁああ”あ”!!
「おわっ!!」
「っ!!」
成功、とそう思うのと同時に、ドラゴンの背が揺れる。それほど大きいものじゃないから、おそらくただの身震い。
けれどその大きくない身震いで、背に張り付いていた俺たちの足は簡単に宙に浮いた。そうなれば当然、体は重力に引かれーー。
「っだぁ!!」
地面に振り落とされる。ナイフを、そしてそれが刺さった背中を見ていた俺は、震えるタイミングを掴むことができた。そのためなんとか足から着地する事に成功する。
が、それができなかったマークは、背中から地面に突き落とされたらしい。
それを大丈夫か、と問う暇もなく。
「二人が離れた!」
「電撃の準備を!!」
「二人とも! もっと離れてください!!」
周りからの声に、身を起こし、急いでその場を後にする。
離れてから改めて背を見上げると、そこにはしっかりと食い込んだナイフが見える。そしてそのスイッチは確かに押し込んだ。であれば後は。
「電撃開始してください!!」
後ろからそんな声が響く。同時に。
ぁがあああぁああ!!
バチ!
と、ロープに火花が迸り、直後にドラゴンの咆哮が上がる。あのロープは拘束用と同時に、電撃を流すための導線でもあったらしい。
がぁあああ”ああぁ!!
「き、効いてる?」
『ようだな。電流を流し続けろ!! これで決めるぞ!!』
インカムからナツメの声も漏れる。
その声は、目の前から響いてくる咆哮にかき消されてほとんど聞こえないが、確かに効いているように見える。
外傷ではないが、確実に奴にダメージを蓄積させている。……そのはずだった。
「だめです! 総員、離れてください!!」
さっきとは別の方向から響く声。その言葉の意味を考えるより前に。
ぐるらぁああああぁあ”あ”あ”!!
耳をつんざくようなその咆哮と共に、奴を縛り付けていたロープが引きちぎれ、弾け飛んだ。
「そんな、うそだろ……」
突然電流が止まったからか、あたり一面に水蒸気が巻き起こる。その蒸気はあっという間に視界を覆い尽くし、その場に静寂をもたらす。
が、もちろんそれが長く続くわけもなく、すぐに引いていく。そしてその引いた後には。
るるるうっる……。
押さえつけたような音。そして、倒れ伏してはいない巨体。
多少のダメージなどまるでなかったかのように、奴は首をもたげーー。
ぐるぁああああああ”あ”あ”!!
周りのものを、水蒸気と一緒に吹き飛ばすかのように、咆哮を上げた。




