その3
「こちら、裕二。目標を確認した。距離はおおよそ5、いや400メートル、というところだ」
『こちらでも確認した。限界まで引きつけてから、実行してくれ。…逸るなよ?』
場所は、廃墟同然となったビルの二階。少しばかり高さのあるここからは、ドラゴンの姿がよく見える。
釘を刺されてしまい、今にも駆け出しそうだった足に力を入れる。足元からは、じゃり、と音が上がった。
そのことに、自分のことながら苦笑する。それほど、俺はこの作戦に気合を入れているらしい。
(考えてみれば当然か)
妹を失ってから、俺は突き動かされる様に生きて来た。俺と妹を引き裂いた奴らを必ず、と。
そうしてようやく手にしたこの機会。気合が入らない方が嘘という物だろう。
が。
(少し落ち着こう)
逸りすぎては、その機会も上手くいかなくなってしまう。少しばかり気を他のことに回そうと、腰に手を回す。
そこには、例のナイフ。確か『スズメバチナイフをベースにしたもの』とか言ってたか。
取り出して、改めて眺める。ぱっと見は普通のナイフと変わらない。外見での違いといえば、柄のあたりにスイッチがあるということぐらい。が、それこそが、このナイフ最大の特徴だ。
(…復習しておくか)
ちらり、とドラゴンの方を見ると、未だ距離はほとんど変わらない。どうやら、俺たちが出動したと同時に、進行が遅まったらしい。
それを確認してから、隠れているビルの柱に背を預けて座り込んだ。
ポケットから飴玉を取り出して口に放り込むと、ちょうどよく先ほどのマークとの会話を思い出してきた。
ーー
「にしてもこんなものがねぇ…」
車での移動中、マークはしげしげとナイフを眺めては、そんなことを呟いていた。
その言葉を聞くのは、数えているだけでも5回目だ。
「いじって、変なところで暴発させるなよ」
「わぁーってるって。このスイッチ押さなきゃいいんだろ? 安全装置もあるし大丈夫だって」
ひゅんひゅん、と振りながら尚も変わらずナイフをいじり続けるマーク。その光景はまるで、新しいおもちゃを前にした子供そのものだ。
ーーと。
ガタン!
「うぉっと!」
車が揺れ、マークの手からナイフが飛び出す。その刃先は真っ直ぐ俺に向かって飛んできて。
「っぶな…。いや、悪りぃ裕二」
「……」
触れるか触れないか、というところでマークの手が追いついた。
もちろん、ナイフは鞘にしまってあるので、当たったところで刺さることはないだろうが。
「悪かったって。だからそんな目すんなよ……」
じろり、と睨む。その視線を受けたマークは、だんだんと声を小さくしながら、萎んでいった。
まったく…。が、それで少しは落ち着いたのか、ようやくマークがナイフを腰に戻した。
「それで、さっきは何を言いかけたんだ?」
「え? ああ、本当にこんなものでドラゴンを倒せるのかね、って」
『そのセリフは心外だな』
そのマークの疑問に対する答えは、インカムから聞こえてきた。他でもない、ナツメの声だ。
『そのナイフの事については十全に説明したはずだが?』
「いやー、それでもこれが初めての作戦じゃないっすか? 少しぐらい心配にもなりますって」
はぁ、とインカムの向こうからため息が聞こえてくる。が、俺も正直なところマークと同じ考えだった。
全くの無意味と思ってはいないが、必ず成功するなどとは思っていなかった。
『ならば、もう一度だけ説明してやろう。それで納得しなくてもいい。が、理解だけはしておけ』
「う……りょうかいっす」
詰まりながらも、マークが答える。というかもしかして、ナイフの説明を理解してすらいなかった、なんてことはないよな?
マークのその声にふと不安になった俺も、ナツメの言葉に耳を傾けることにした。
『まず、そのナイフがスズメバチナイフをベースに開発した物だと言ったな?』
「っすね」
『本来スズメバチナイフとは、ナイフを差し込んだ後になんらかの動作を行う事で、刃から高圧ガスを噴出する武器となっている。そのガスで、対象を膨張、破裂に持ち込む武器だ。名前の由来はそのまま、雀蜂の針を模した物だと言われている』
ナツメの説明は続く。
本来は、水中で出会ったサメを撃退するために開発されたものであるらしいことも、ここで初めて知った。
襲われた際にサメに対してナイフを使用すると、注入されたガスで膨張した体が、水面に向かって浮上。水圧が下がったところで、初めて爆発することとなるため、少し離れたところで始末できるのが利点の一つらしい。
『ーーと、本来の用途は説明した通りだが、今回噴出されるのはガスだけじゃない。それが、今回の作戦の肝となる』
「作戦の肝、っすか」
『そうだ。柚木博士の解析の結果、少なくとも奴らの皮膚表面は理論純水と同じであることがわかった。理論純水であれば、伝導性がないのも当然。だからーー』
「不純物を混ぜて伝導性を付随させる、だったな?」
『その通りだ。そのため、今回のボンベには銀粉が混ぜられてある』
つまりは、ナイフを奴らの体に突き立て、スイッチを押すことで銀粉を注入。伝導性を与えた後で、電流を流し込み無力化する、というのが今回の作戦の概要というわけだ。
『だから、無駄に遊んだりするんじゃないぞ』
「う゛、りょーかいっす」
改めてナツメからも釘を刺され、今度こそ、マークは大人しくなった。




