その2
「そちらの方の言う通りです。水は、普段障害なく外部からの侵入を許しますが、ある一定の速度や角度、いくつかの条件が重なった場合に、セメントをもしのぐ硬さを持つことになるのです。そこに突き進んだ銃弾はーー」
「弾かれる、と言うわけか」
「はい。平たく言えば、粉々に砕け散ります。それも、特殊な能力でなく当たり前の事実として、です」
しん、とその場が静まり返る。
事実として知っていても、こうして改めて説明されるとさらにその異常さが分かる。
もちろん、そのことが事実なら斬撃なんて効くわけもない。水面を叩くことはできても、剣で水を切断することは出来ないからだ。
「で、では、電撃が効かなかったのはなぜかね? 水なら導体のはずだろう?」
「それがそうでもないんです。水はその中に含まれる不純物があってこそ、初めて導体として電気を通すんです。が、ドラゴンの皮膚にはそれが一切ありませんでした。つまりは理論純水なのです。そして理論純水の伝導率は…0です。電気を一切通しません……」
静かさに耐えきれなくなったのか、さっきの有明さんとやらが立ち上がる。
そうして放たれたその言葉さえも、たった今柚木博士の言葉に撃沈されてしまった。さっきよりも重たい沈黙が、場を支配する。
「…ちょちょ、これのどこが『朗報』なんすか。全然いい話じゃないじゃないっすか」
「そうか? 私はそうでもないと思うぞ」
今度の沈黙を破ったのはマーク。手を振り回しながらナツメに抗議するが、それを本人はどこ吹く風と受け流す。
「確かに敵は、我々の想像や常識を遥かに超えている。が、今こうして理解できた様に、決して理解出来ない存在ではない」
「だからと言って、どうすると言うのだ。こうして敵の強みばかり挙げられたところで、我々に為す術など…」
「ある。効かぬというなら効く様にしてやればいい」
ナツメの言葉に、傍らに立っていた人がカバンを取り出した。その中身は、というと。
「ナイフ?」
小さな握り手に、同じぐらいの長さの刃。それはまぎれもなく、ただのナイフに見えた。
その隣にある、いくつかのボンベの様な物を除けば。
「そうだ。通称、スズメバチナイフと呼ばれるものをベースに、今回開発した物だ」
言って、ナイフの柄にあったスイッチが押されると、ぷし、と少しばかり気の抜けた様な音が鳴る。
「効かないなら、効く様に不純物を混ぜてやればいい」
「……まさか!?」
「そのまさかだ。このナイフを使って、ドラゴンの皮膚内に導体となりうる物質を注入。しかるのち、協力な電撃を持って奴を無力化する」
なるほど。
確かにこれなら、銃撃も斬撃も効かなくても奴らにダメージを与えられるかもしれない。ただ、一つ懸念点もある。
「だが、誰がそれを実行する?」
そう。今ナツメが言った方法はドラゴンに近づいた上で、小さなナイフを奴らの体に突き刺す、というプロセスが必要になる。
それを実行するのは、かなりの危険を伴うはずだ。
「……」
が、ナツメからの返事はない。呆けた顔のまま、こちらを見るばかりだ。
…まさか、考えていなかった、なんてことはあるまい。
「…どうした?」
それからさらに数十秒。一向に話す気配を見せないナツメに、ようやく言葉を投げる。それもこちらから、だ。
「いや、お前がそれを言うとは思わなくてな…」
「どういうことだ?」
「顔。隠しきれていないぞ」
言われて、ふと顔に手をやる。そうして気がつく。
笑っていた。
喜んでいたのだ。こうして対抗策が見つかったことに。そして、その作戦に自分自身が使われる、という予感に。
「っはは、そりゃそうか」
小さく、意識しないぐらいの声で呟く。なるほど、それはナツメも呆けるわけだ。
「ああ、俺がいく。いや、行かせてくれ」
頷いて、言う。
ようやく見えた反撃の方法。奴らに一矢報いる絶好のチャンス。それを逃すわけにはいかない。
「もちろんだ。むしろこちらからお願いするところだったよ」
俺の言葉に、ナツメが頷く。そうして次に顔が向いたのは俺の隣、マークの方だった。
「…それでマーク、君はどうする? もちろん無理にとは言わないが…」
「ここでその言い方は卑怯じゃないっすか? 俺だけ逃げるなんて、それこそ無理ってもんですよ」
がりがり、と頭を掻いてから一歩前に出る。その顔は俺とは違っていたが、確かに笑っていた。
「よかろう! では君たちの、その言葉を持って、作戦開始とする」
一呼吸。そして。
「これは我々人類がようやく見出した、一つの希望だ。決して失敗できない。各自、それを胸に刻んで事に当たれ! 解散!!」
ナツメの言葉で、ついに賽は投げられた。ようやく俺たちの、反撃が始まった。




