その1
みんなが寝静まった頃、それは突然に始まった。
「コールエマージェンシー!! 『桜花戦線』は今すぐ、集合してください」
けたたましい警報音とともに降ってくる声は、どこに、とは言わない。
それは、まず集まる場所が決まっているからなのと、それを省略してでも用件を手短に言う必要があったからだ。
要はそれほどの緊急事態。
さっきまで寝ていた脳を無理やり起こして、寝床から這い出る。いつかはそんな日が来るかもと、ナツメに言われていた成果だ。
その飛び起きた勢いのまま、トカゲを蹴り起こす。多少手荒でも、相手はこの警報音でも呑気に寝ている輩だ。起こすならそれぐらいの刺激が必要だろう。
「むぅ…なんだよユー坊…トイレなら一人で…ってうるサ!?」
「起きたなら、さっさと立ち上がれ。遅れるとナツメに何言われるか分からないぞ」
未だ寝床から出てこないトカゲをせっついて急がせる。別にこいつ一人が遅れるならともかく、その場合は連帯責任と言い出しかねない。そればっかりはごめんだった。
そうしてなんとか準備を終え、俺とトカゲは廊下に飛び出した。
ーー
「目標、地点Bに到達!」
「第一、第二防衛線、突破されています」
「進行方向はどうだ?」
「はい、変わらずこのシェルターへ向かって来ています」
作戦室に到達した時、既にずいぶんと騒がしくなっていた。ナツメの定位置の周りにいるオペレーターたちもフル稼働だ。ひっきりなしに、報告が飛び交っている。
そして、肝心のナツメは、と目を向けると椅子の後ろ姿が見える。むしろそれしか見えない。
「ナツーー」
「来たか」
声をかけた瞬間に、椅子がくるりと周り、こちらを向く。その上にはやはり、ナツメが座っていた。
この騒がしい中、俺の声を正確に拾ったらしい。なんて地獄耳だ。
「少し待て、直に他が揃うはずだ」
ナツメのその言葉に頷くか頷かないうちに、後ろで扉が開く。
「っと、おまたせっす!」
「揃ったな。では時間もない。すぐにでも始めよう」
見れば、いつの間にかさっきまで空席だった席も埋まっている。
その中には初めて見る顔と、見知った顔のそれぞれが座っていた。よく見ると柚木博士もその末端に着席している。
「細かい説明は後だ。まずはこれを見てくれ」
ナツメの指示のもと、モニターに映像が映し出される。映ったのは、一体のドラゴン。ゆっくりとだが確実に歩を進めている映像だった。
「こいつは、少し前にレーダーの圏内に入って来たところを捕捉した。場所はここから南東。距離はすでに残り3キロといったところだ」
次いで、地図が写し出される。このシェルターを中心とした地図。そしてその4時方向。おおよそ南東の方角で一つの大きな円が動いていた。
円の後ろには、辿って来たであろう道順が合わせて表示されている。脇目も降らずにほぼ真っ直ぐ進んできている。そしてその先には、ここ、俺たちのいるシェルターがある。
「ちょ、これって…」
「そうだ。まっすぐこちらに向かってやって来ている」
「なら、こんなことしてる場合じゃないっすよ!! いますぐ避難させなきゃ!」
「落ち着け。…仮に今すぐここを出たとして、どこへ向かうと言うのだ?」
「それは…」
ピシャリと言われ、マークが口籠る。言いたいことは分かるが、俺もナツメに賛成だ。今すぐここを出たとしても、何処かへ逃げ込む前に追いつかれるだろう。そもそも、逃げる当てもないとなれば尚更だ。
「じゃ、じゃあ、どうするって言うんすか!?」
「ああ、そのことで『桜花戦線』に招集をかけた。…喜べ、お前たちにとっては朗報だぞ?」
「…は?」
突然、そんなことを言われる。この状況が朗報?
「まぁ、聞け。…柚木博士」
「は、はいぃぃ!」
突然呼ばれて驚いたのか、声を裏返らせながら立ち上がった。外でもない、柚木博士その人だ。
「ゆ、裕二さんが持ち帰ったサンプルの解析が、少し前に終わりました。そ、その報告をさせていただきますね…」
おっかなびっくり、と言った様子で前に出る博士。その間に、モニターに映るのは進行中のドラゴンから、いくつかのデータに変わっていた。
中央には俺が持ち帰った指の、あれは3D映像だろうか、が浮かび上がっている。
「まずはドラゴンの皮膚表面についてです。こちらに、私たちの銃器や刃物は一切、通用しませんでした」
柚木博士のその声に、何人かが顔をしかめる。そのことを目の当たりにでもしたのだろうか。
「その理由を特定するために、我々は皮膚組織のサンプリングを行い、ある波長のサンプリングに成功しました。それが、こちらです」
「…水?」
「その通りです。ドラゴンの皮膚組織は個体でありながら、我々のよく知る、水と同じ性質を持っているのだと判明ーー」
「まて、水だと!? そんなもので銃弾を防いだと言うのかね!?」
「ひゃ!」
「……有明さん、そう思うのも当然だが、少し落ち着いてくれ」
唐突に、偉そうな人の一人が立ち上がり、叫んだ。『有明さん』と呼ばれたその人は、ナツメの言葉にハッとなる。そこでようやく席を立っていることに気がついたのか、巻き戻しの様に大人しく席についた。
「…止めさせてすまない、柚木博士。続きをお願いする」
「は、はいぃ…。コホン、皮膚が水と同じ性質を持つのだと判明しました。そして、私たちからの攻撃が一切通用しなかった理由はこのことで説明がつきます」
「……なるほど、入水時の跳弾か」
「え? 何の話っすか?」
横でマークが戸惑うが、それは無視される。今はそれどころじゃない。
黙って、柚木博士の次の言葉を待った。




