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第211話 拳帝カイロス

主要な登場人物のザックリ紹介


カナリア(主人公で転生者 現在9歳。双子の弟ノアがいる。基本カナリア視点で物語は進みますが今回はお休み)


ノア(全属性の勇者候補筆頭 双子の姉のカナリアがいる)


エルド=ユリウス(リア&ノアの父親で皇帝カイロスと妾の間に生まれた子だった事が判明)


ライゼル将軍(帝国最強の剣士で将軍 ノアの剣の師匠)


カイロス皇帝(帝国観光中のカナリアとノアを呼び出す)


セドリック(帝国の皇子でエルド=ユリウスの腹違いの兄)

ラーニャ&ルネア(セドリックの護衛の女二人組)

 ――レグナント王城内。


 転移の光が収まった瞬間、ノアは見知らぬ一室の石床に倒れこんでいた。視界が定まるより早く、全身を締めつける冷たい感触に気づく。


「ここは……姉さん!? 先生! 誰かいないんですか!?」


 銀色の魔糸が腕と胴を絡め取り、魔力を流そうとするたび微かに軋み、抵抗を封じてくる。

 力任せでは破れない、明らかに対魔術師を想定した強力な拘束だった。


「くそっ! びくともしない……!」


 声が高い天井に反響する。聞こえるのは自分の息遣いだけ。そこへ低く、重みのある声が響く。


「ここにいるのは、私とお前だけだ」


 ノアが顔を上げると、部屋の奥から悠然と姿を現す、片眼を覆う眼帯、そして赤と黒の威圧的な装束。


 その場の空気を支配しているのは純然たる“王の存在感”だった。


「カイロス皇帝! なぜ、こんなことをするんですか! 僕が……父さんが一体何をしたというんですか!」


 ノアの叫びは純粋でひたすらに真っ直ぐ。だが、それに対して皇帝はわずかに目を細めるだけだった。


「ノア・グレンハースト……お前には全属性が備わっている。だが本来、光と闇が交わることはない。相反する概念だ。それが許されるのは竜族のみだ」


 歴史で語り継がれてきたその事実。光と闇の二属性をもつ生物は女神と魔の属性神が共同で生み出した竜族のみ。


 カイロスの声は静かだが、明確な確証があっての発言だった。


「八百年前の大戦、その折に“歴代最強”と謳われ魔王と共に結界を築いた勇者レグルスでさえ、闇を除いた五属性だったとされている。」


 空気がわずかに重く沈む。ノアの魔糸がきしりと鳴った。


「そんなこと知りませんし……今を生きる僕には関係がない! 一体これは何なんですか! 拘束を解いてください!」


 若さゆえの真っ直ぐな怒りが、石壁に反響する。だが皇帝の決意は揺らがない。


「……お前、自分の存在がどれだけ異常か、まるで理解していないな」


 その一言は冷たい現実だった。王の視線は、目の前の少年を見るものではない。国家の均衡を揺るがしかねない“現象”を測る目に近い。


「闇の源竜エルダードラゴンを討伐した勇者、アレクサンダー・クロスブライトを最後に――勇者の聖印を完全に引き継ぐ者は現れていない。おそらく魔王もだ」


 静かに落ちたその言葉は、世界の歪みを示す宣告だった。勇者も、魔王も。二極を担うはずの存在が、四百年もの間、完全な形では現れていないという事実。


「この四百年の謎は、セレスティア聖教国も喉から手が出るほど欲している情報だ。勇者の継承が途絶えた理由。魔王が再誕しない理由。そして――満を持しての魔族の女神の大陸への侵攻」


 視線が、まっすぐノアを射抜く。


「これには……お前の出生が深く関わっているはずだ」


 部屋の空気がさらに冷える。石壁に囲まれた密室で、魔糸がわずかに締まり、ノアの鼓動がはっきりと自分の耳に響いた。


「僕が……? 僕はハースベル村で姉さんと生まれて育っただけ……だ! そんな筈ない」


 言い切った。言い切ったはずなのに、最後の語尾がわずかに揺れる。胸の奥で、何かが小さく引っかかったまま残る。


 “そんな筈ない”と自分に言い聞かせているのは、皇帝ではなく、自分自身なのかもしれなかった。


「……お前は父親から何も聞いていないのか?」


「父さんに聞くって、何を?」


「父親の過去だ。出身はどこか。両親は誰か。なぜギリス公国の人気ひとけのない田舎の村に住もうと思ったのか……聞いたことはないのか?」


 胸の奥がざわつく。ノアは一瞬、言葉を探した。


「……昔、少しだけ。でも母親は死んだって。ハースベル村の出身じゃないってことだけは知ってます」


 その答えに皇帝は、低く言い捨てた。


「なんと無責任な男か! すべての使命から逃げ出した上、その始末を自分の子に押し付けるとは」


 皇帝の拳が、ゆっくりと、だがはっきりと握り締められる。先ほどまで冷静に事実を語っていた声色とはまるで違う。そこには、長年押し殺してきた怒りが滲んでいた。


「王族はもとより、竜の血筋が流れているというのに……国も、自身の始祖にさえ背を向けたのだ。ユリウス――いや、お前の父エルドは」


 その名が落ちた瞬間、部屋の空気がさらに重く沈んだ。


 ノアは、断片的な皇帝の発言から理解しようと必死だった。掴み切れないところはあるが、レグナント帝国と、皇帝との家系に関わる何か。


 そして父エルドが、その重要な何かから背を向けたという事実。


 難しい理屈は分からない。だが、自分の知らないところで、父が重大な選択をした過去があることだけは、はっきりと伝わってきた。


 しかし――次に放たれた一言だけは、理屈抜きで胸を刺した。


「裏切り者だ。一族の恥め」


 ノアの心臓が強く打つ。魔糸がきしりと鳴るほど、無意識に力がこもった。


 尊敬する父を、悪く言われた。

 それが、どんな国家の法律や規則よりも先に、少年の胸を熱く焦がした。


「……取り消してください」


 その声は確かな怒気を孕んでいる。魔糸に拘束されたまま、ノアはゆっくりと立ち上がり、皇帝を真正面から睨みつけた。

 だが、皇帝カイロスはノアの気持ちを察することもなく話を進める。


「お前は被害者だ、ノア。あの腑抜けの代わりに、私がお前を正しく導いて――」


 ブチブチブチッ――


 室内に異様な音が響いた。ノアを拘束していた銀の魔糸が、一本、また一本と引きちぎられていく。

 拘束魔法が軋み、氷のような魔力がその隙間から噴き出した。


「いいから、取り消せ!!」


 怒号が石壁を震わせる。次の瞬間、ノアの背後に氷の両翼が顕現し、蒼く、冷たい輝きを帯びた氷の魔力となって広がった。

 室内の空気を一瞬で凍らせ、床に霜が走り、壁の装飾が白く曇る。


 皇帝を睨み据えるその瞳は、もはや少年のそれではない。皇帝への怒りと家族への想いが混ざり合い、揺るがぬ意志となっている。


「僕は姉さんみたいに頭が良くないから、何が正しくて何が間違いだったのかも分からないし、父とあなたの関係のことも、はっきりとはわからない」


 でも、と言葉を続ける。


「でも、父さんは僕と姉さんを守って、今日まで育ててくれたんだ。今日だって帝国に一緒に来てくれた……! アンタは、何も知らないくせに」


 氷の魔力がさらに強まり、怒りと相反して室温が一段と下がる。


「大切な人がいるなら、誰がいつ決めたかわからないルールを守るより、目の前の家族を守るのは当たり前だろ!!」


 その心の底からの叫びは、王城の石壁を震わせた。


 真を問う純粋すぎる答えに、皇帝の指先がわずかに止まった。握り締めていた拳の力が、ほんの一瞬だけ緩むみ一瞬だけ焦点を失う。

 王という存在が、理屈ではなく“感情”で殴られた瞬間だった。


 ――だが、それは瞬きほどの揺らぎに過ぎない。それ以上の覚悟が皇帝にはあった。

 次の瞬間には、王の仮面を被り直しノアの問いには答えない。


 代わりに、懐から二つの物を取り出した。


 木製のフルート。そして、淡く緑に光る風の魔石。


「……この二つは、王族特別警護隊のルネアが届けたと報告が上がっている。つまりは第四皇子のセドリックもこれに絡んでいるという事だ」


 空気が一段、重く沈み、皇帝の圧が氷の魔力ごと押し潰すようにノアへと降りかかる。


「尋問する人数が三人に増えたな。セドリック、ルネア、ラーニャ……」


 ゆっくりと名を並べるその声音には、脅しの色が混じっている。


「お前が協力しないのなら、全員が苦しむことになるな」


 通常の子供の精神なら戸惑うような問いも、真っすぐなノアは一歩もひかない。


「……僕が全員を守ります。父さんも、セドリックさん達三人も。そのためだったら――今、この場で貴方を傷付けるのさえ躊躇ためらいはしない!」


 ノアの決意と共に氷の翼が砕けダイヤモンドダストとなる。無数の結晶片となって輝き、宙に舞った。

 氷の魔力は二つの自律する氷の盾へと変貌し、ノアの周囲を守るように浮遊し始める。


 次の瞬間、ノアの姿がフッと掻き消えた。


 視認できない速度で踏み込み、一瞬でカイロスの懐へ入り込む。


「っ……はやいっ!?」


 両の掌に蒼白の光が凝縮される。


「――《氷衝破ヘイル・ストライク》!」


 皇帝の胴体に掌を当てた瞬間、蒼白の突風が爆ぜた。圧縮された氷属性魔力が爆風となって室内を吹き荒れ、石床を歪め、壁の装飾が粉々に吹き飛ぶ。


 零距離で魔力衝撃を繰り出されたカイロスの身体は、後方へ弾き飛ばされ背後の石壁へ叩きつけられた。


 ドォン――!


 重い衝撃音とともに壁がへこみ、石片と瓦礫が崩れ落ちる。粉塵が舞い上がり、視界を覆う。

 崩れた石壁からぱらぱらと砂が落ち、静寂が一瞬だけ支配した。


 やがて砂煙の向こうで、皇帝の影がうなだれるように沈黙していた。


 室内には、氷の魔力がまだ白く漂う中ノアの呼吸だけが荒く響いていた。


「……やっちゃった」


 荒い呼吸の中、ノアは自分のしたことの重さに気づく。相手は一国の王――それもレグナント帝国の皇帝だ。勢いとはいえ、真正面から攻撃を叩き込んだ。


 だが後悔はしていない。父を守るためなら必要な犠牲だと、本気でそう思っていた。家族を守る。それだけは譲れない。


「とりあえず……皇帝が目を覚ます前に、姉さん達と合流しないと」


 そう呟き、崩れた壁の方へ視線を向ける。粉塵がまだ舞っている。瓦礫の山の下に、さきほど叩きつけたはずの皇帝の姿が――


「いない!?」


 瓦礫は確かに崩れている。衝撃の跡も残っている。だが、その中心にあるはずの人影が、どこにも見当たらない。


「……探しているのは、私か?」


 死角からの声。振り返るより早く、そこには既に拳が振りかぶられ、ノアの眼前まで迫っていた。重い空気が裂ける。回避も防御も間に合わない――そう判断した瞬間。


 バキィンッ!


 回転しながら浮遊していた一枚の氷盾が、自律的に滑り込み、皇帝の拳とノアの間に割り込む。蒼白の火花が散り、氷の魔力が衝撃を吸収した。


 氷竜共鳴ドラグーン・レゾナンス


 それは、マルシスと共に編み出した自動迎撃防御。術者の意識よりも速く、危機に反応する絶対防壁。


 一瞬強張ったノアの表情が、ゆっくりと冷静へと戻る。


「……無駄ですよ。この防御は、ライゼル先生の速度だって、僕に直接触れることはできなかったんですから」


 自信を含んだノアの反応に皇帝の口角が上がる。


「ほう……将軍でもか。それは、おもしろい!!」


 拳に魔力が宿り、勢いがさらに増す。先ほどの衝撃とは比べ物にならない重さが、氷盾を軋ませる。


 ガキィン!!


 それに反応するかのように二枚目の盾が自動で割り込み、最初の盾と交差するようにノアの前に展開される。

 蒼い光が交差し、二重の完全結界が完成した。


 本来なら――ここで終わるはずだった。ノアの眼前の空中で衝撃を完全に相殺し、術者に一切触れさせない。それが氷竜共鳴の完成形。


 二枚の氷盾は皇帝の拳を止めた。確実に止めている。拳はノアに届いていない。氷盾は砕けてもいない。


 ……しかし、皇帝のすさまじい拳圧は留まることを知らず、盾ごとノアを後方へ押し潰そうと迫る。

 咄嗟にノア自身も手をかざし、自らも三枚目の盾の如く障壁を展開する。


「止まらない! なんて力だ」


 空中で静止していたはずの氷盾が、ぎりぎりと軋みながらノアの胸元まで密着したその瞬間、二枚の盾とノアの身体は一塊となって横薙ぎに弾き飛ばされた。


 ドンッ!! ドンッ! ドゴンッ!!


 背後の石壁を一枚、二枚、三枚と突き抜け、ようやく勢いが止まる。粉塵が舞い、石片が崩れ落ちる。氷盾は砕けていない。ひびすらも入っていない。防御は成功している。

 だが衝撃の余波が胸を貫き、肺の空気が強制的に吐き出された。


「……っ!」


 ダメージ自体はほぼない。立てるし動ける。だが――


(僕が、押し負けた……?)


 その事実が、何よりも重かった。


 ノアは瓦礫の中から立ち上がり、思わず口にする。


「なんで……一国の王様が――」


「何故一国の王がここまで強いのか? そう言いたげだな」


 皇帝の声が静かに重なり、ノアが一瞬、息を呑み、顔を見上げる。


 カイロスは瓦礫を踏み砕きながら一歩ずつ歩み寄る。


「帝国に六人いる将軍のうち、誰かが私の寝首を掻こうと思った時、返り討ちにできる実力がなくてどうするのだね?」


 ボキッ……ボキボキッ。指を鳴らす音が密室に響く。


「いいだろう。お前の父親とは口喧嘩すらしたことはなかったが……世代を越えて、拳で教え込むとしよう――拳帝カイロスがな」


 皇帝が言い切ると同時に、ノアは魔力で象った氷魔の剣を迷いなく振り抜いていた。

 だが、拳帝カイロスはその場一歩も退かず、その刃を手の甲で受け止める。


 そこを起点に衝撃波が奔り、石壁が――ピシリ、と細くひび割れた。


 交差する視線と、違いの覚悟。氷と拳、理想と国家、そのすべてが一点でぶつかる。


 王城のどこかで、二人が激しくぶつかる音。

 戦闘の余波が、レグナント王城に鳴り響いた。

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