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第210話 皇帝の真意

「って、寝てるわけにもいかないか……」


 体を起こし、手をグーパーと握って感覚を確かめる。指先の震えはない。視界も安定している。


(よしよし……ちゃんと回復してる)


 魔力回復ポーションの効果が、まだ体内に温かく残っているのを感じる。


 強制的に魔力を全消費する“空間を断つ斬撃”は、代償があまりに重い。


 使えば魔力は空になる。それ故に私にとって魔力回復ポーションは必須中の必須アイテムだった。


(マルシス先生、いつもご馳走様です!)


 この世界の魔力ポーションは効果はどれだけ飲んでも一緒。回復は一日一度のみで、しかも最大でもMAX魔力の半分までしか回復しない。


 つまり――今日はどんな戦闘があろうがもう、あの奥の手は使えない。


 ふと視線を刀に落とす。


 刀身はひび割れ、刃はこぼれている。黒刃を極限まで引き出した反動が、そのまま残っていた。


「……やっぱり、こうなるのよね」


 見ての通り、奥義を使えば刀は耐えきれない。実質、武器はもう限界だ。今この状態で再戦になれば、まともに戦える保証なんてどこにもない。


(激しい戦闘はもう無理。これ以上やっかいごとに巻き込まれなきゃいいんだけど……)


 自分の心配もさることながら、胸の奥に浮かぶのは、弟の顔。


(ノアと早く合流しないと……助けなきゃ)


 体力も魔力も万全じゃない。それでも、立ち止まるわけにはいかない。


「とはいっても……なんとかするしか、ないよね!」


 地面に仰向けで気を失っているルーダを見る。


 白銀の髪は煤に汚れ、軍装は裂け、左腕はダラリと動かない。顔は目を閉じても凛として。ただ“眠っている”ようにすら見えた。


「おーおー……随分といいものをお持ちで……じゃなくて!」


 魅惑的な曲線美に一瞬嫉妬したが、我に返り頭をぶんぶん振る。


 魔力切れのルーダ。ノアのときと同じなら、最低でも半日は動けないはずだ。魔力を枯らせば魔法使いと言えど、ただの人と変わらない。


(となると問題は……移動よね)


 今一度、周囲を見渡す。砕け散った空中戦艦レッドラグーンの残骸が、演習場を抉るように散乱している。

 巨大な装甲板が地面に突き刺さっていた。落下の衝撃の大きさが伝わってくる。


 だた動力炉は沈黙していたおかげか、大爆発は起きていない。そこだけは不幸中の幸いだった。


(てか、こんなバカでかい戦艦どっからもってきたんだろ、怒られないのかな)


 ――ザッザッザッ


 遠方から怒号と共に、大勢の足音が押し寄せてくる。


「隊長! 墜落です! 飛行艦級の残骸を確認!」

「なに!? 今日は演習場の上を通過予定の艦は無いはずだ!」

「識別刻印……旧式型です! これは……隊長!博物館名義のプレートがあります!」


 ざわめきが一気に膨れ上がる。演習中だった帝国兵たちが武装のまま駆け寄ってきた。


(あーもう、嫌な予感しかしない! 一人なら黒雪で逃げられるけど……)


 視線をルーダに戻す。彼女はぴくりとも動かない。


(この人置いていったら……帝都に戻れない、どうしよう)


 その瞬間、装甲板の影から顔を出した若い兵士と目が合った。


「「あ」」


 お互い目があったまま一瞬の沈黙が流れたが――兵士の目が見開かれる。


「隊長! 中心部に生存者の二名を確認! 女の子と帝国軍服着用の女士官と思われます!」


「何ッ! 救護班を急がせろ!」


 隊長格らしき壮年の男が駆け寄る。軍服越しでもわかる歴戦の気配。彼はまず私を見た。次に、倒れているルーダへ視線を落とす。


「二人とも、もう大丈夫だ。怪我は――」


 隊長の言葉が止まる。彼の血の気が引くのが、はっきりと分かった。


「……ルーダ第四魔法師団長?」


 その名に周囲の兵たちの空気が一気に張り詰める。


(え? 師団長? ルーダさん、そんなに偉かったの? いや確かに強いとは思ってたけど!)


「全員、警戒態勢!!」


 号令が響いた瞬間、空気が一変する。剣が抜かれ、槍が向けられ、魔導銃の照準が私に集中する。まさに完全包囲。思わず両手を上げてしまった。


「貴様、何者だ? なぜルーダ師団長と共にいる。なぜ彼女は意識を失っている。墜落艦との関係は何だ。全て答えろ!」


 演習場に緊張が張り詰める。兵たちの魔力がじわりと膨らみ、いつでも発動できる体勢に入っている。


 納得できない事態に、あげた掌を拳にかえてプルプルと震わせてしまった。


(あのさ! 人の事容疑者扱いしてるけど、そもそも被害者だからねあたし! この戦艦堕としたのだってオタクらの師団長ですから!)


 ……でも、そうとも言えず、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。


 交戦できなくもないけどさ、刀もボロボロだし何よりここで暴れたら完全に犯罪者のレッテルを張られちゃう。本末転倒になっちゃうよ。


(どうする? 名乗る? 誤魔化す? それとも……)


 隊長の視線が、獲物を追い詰める狩人ハンターのように鋭くなる。


「最後にもう一度問う。貴様は敵か、味方か」


 風が、焼け焦げた鋼鉄の匂いを運ぶ。


(……さあて、どう出るのが正解かなぁ)


 半ば諦めかけていたそのとき、頬にピリリと痺れる感覚が走った。


(ん? なにこれ……?)


 周りの帝国兵士達も違和感に気付いたようで、まわりをきょろきょろと見渡している


 その時自分を含め女性兵士達の髪の先が静電気を帯びたようにふわりと浮き上がる。空気が張り詰め、肌に感じる痺れが次第に強くなる。


「この魔力……まさか!」


 隊長格が何かを察知したが、時すでに遅し。


 次の瞬間、視界が真っ白に染まり――凄まじい雷鳴が轟く。


 ズガァン!


 反射的に目を閉じ、耳を塞ぐ。地面が震え、衝撃波が残骸を揺らした。数秒遅れて視界が戻った。


 そこに立ち構えていたのは――長身の一人の男。


 雷光を背負い、外套をはためかせるその姿は、あまりにも堂々としていた。


 ライゼル・トールガルド将軍。別大陸まで転移させられていた彼が、私の魔力を感知し迎えに来てくれたのだと一瞬で理解した。


 あまりのヒーローばりの登場に、思わず声が出る。


「ライゼルさん!」


 気づけば駆け寄り、そのまま勢いで飛びついていた。


「遅れてすまんなカナリア。……しかし意外だな、いつも冷静なお前が抱きつくとは。子供らしいところもあるじゃないか」


 低く落ち着いた声に、はっと我に返る。


「ち、違っ……これはその……!」


 慌てて腕から離れ、距離を取る。頬が熱い。


 周囲を見渡せば、先ほどまで武器を向けていた帝国兵たちは全員その場に崩れ落ちていた。ただぴくぴくと気絶している。


 命に別状はなさそうで、とりあえずは一安心。


「これ……大丈夫なんですか? 同じ軍として」


「問題ない。お前と合流する際に周りにいた、こいつ等が悪い。攻撃したわけではないから仕方がなかろう。」


 さらりと言うが、やっていることは破天荒というかなんというか。


 ライゼル将軍は身をかがめると、気絶した帝国兵の所在を確認していた。


「ギンプリーのところの歩兵連隊だな。頑丈が取り柄の奴らだ。直に目を覚ます。問題ない」


 改めてライゼル将軍はこの場を確認するようにあたりを見渡した。


 演習場にあるのは、墜ちた空挺駆逐艦の残骸、そして倒れた第四魔法師団長と帝国兵たち。


 静まり返った戦場の中心で、ライゼルがルーダへ視線を向けた。


「……なるほど。随分と派手にやったようだな」


 その声音には怒気ではなく、わずかな興味が混じっていた。


「それにしても……ルーダを倒したのか。それに加え、カナリア、君の封魔の腕輪が発動していないじゃないか」


 低く、感嘆とも呆れともつかぬ声だった。たしかに私の力は魔法によるものじゃない。

 腕輪の拘束が発動しないのも頷ける。


「魔法もなしに師団長を倒すとはな……」


 そこで、ゆっくりと視線が私に向けられた。

 雷光を宿したその瞳が、獲物を見定める武人の目に変わっている。


「ノアだけではない……お前達双子が、どちらも欲しくなったぞ」


 ぞくり、と背筋が震える。

 それは脅しではない。冗談でもない。純粋な“戦力評価”。


 国家を背負う将軍が、本気でそう言っているのだと理解できる口調だった。


「ちょ、ちょっと待ってください!? 物扱いみたいに言わないでくれます!?」


 思わず抗議するが、ライゼルはわずかに口角を上げるだけ。


「安心しろ。鎖で繋ぐ趣味はない。ただ――強者は、強者の場に置くべきだ」


 その言葉は、帝国という国家の本質そのものだった。


 ライゼルは上空を見るや、何事もなかったかのように言い放った。


「さて、帝都――もとい王城へ戻るぞ。ここからなら《雷走ダハール》ですぐだ」


 そうか! 確かに、ライゼル将軍がいれば移動手段の問題は解決するんだった。だけど、確認しておきたい事がいくつかあった。


「ライゼルさん。ルーダさん、腕折れてるし魔力切れなんですけど……このままでいいんですかね?」


 地面に横たわるルーダの左腕はダラリと下がり、魔力の気配もほとんど感じられない。


「帝国兵たるもの、この程度で泣き言を言うようなら叩き直しだな。……ルーダは師団長だ、常に覚悟は決まっているはずだ」


 あまりにも即答だった。帝国の戦いに対する姿勢が見えた気がした。


「気絶している兵たちが目を覚ませば治療を受けさせるだろう。問題あるまい」


 さらりと言い切るその横顔に、迷いも情もない。ただ“強者の基準”だけがある。……さすが帝国。鍛え方の次元が違う。


 でも、まだ引っかかることがある。これが一番重要だ。


「もう一つ、聞いてもいいですか」


「どうした?」


「私たちが王城に戻ったら……それはそれでまた騒ぎになりませんか?」


 その問いに、ライゼルは数秒だけ黙り込んだ。落雷の余韻がまだ空気に残る中、低く息を吐き、考え込むように口を開く。


「おそらくだが、王城内では騒ぎになっていない可能性の方が高い」


「え!? どういうことです?」


 将軍は視線を遠くに向けたまま続けた。


「カイロス皇帝は、エルド殿とノアの確保を大々的には行わなかった。最低限の人員のみを動かし、まるで人目を避けるように進めていた。本気で拘束するつもりなら、お前達が城にきた時点で、堂々と包囲すればよかったはずだ」


(たしかに……)


 その言葉に、私は謁見の間での光景を思い返す。議会に見つかると面倒だ、と確かに言っていた。


(つまり、あれは強引な捕縛というより……内密の接触? あの場を誰にも見られたくなかったから、ルーダさんで全員を飛ばした可能性もあるってこと?)


 考え込む私に、ライゼル将軍はわずかに眉を寄せる。


「拘束というよりも、あれはまるで……」


 そこまで言って、将軍は言葉を止めた。


「……いや、憶測は混乱を生むだけだ。自分たちの目で確かめに行くぞ、カナリア。掴まれ」


 迷いはない。答えは王城にある。


「はいっ!」


 私は即座に将軍の肩に手を置く。手のひらを通して雷の魔力を感じる。周りの地面の砂がふわりと浮いた。


「いくぞ、雷走ダハール!」


 次の瞬間、私とライゼル将軍の身体は雷光へと変わり、演習場の景色が一閃の白にかき消えた。


(待ってて、ノア……! 今すぐ行くから!)


 胸の奥がざわつく――ノアは今、レグナント帝国皇帝カイロスと共にいる。


 あの男は一体何を望んでいるのか。拘束なのか、取引なのか、それとも、もっと別の思惑なにか。


(確かめに行かなくちゃ)


 あの謁見の間で中断された続きを、今度こそ真正面から受け止めるために。

 私たちは雷となって、帝都グランサンドレアへと突き進んだ。


 その先に待つ“真意”が、今は分からないままに。

【大事なお知らせ】

2月後半から3月上旬にかけ引っ越しがあるため、この期間は不定期更新になる可能性大です。

3月10日以降ペースもどしますので隔日投稿ができない日は察してくれたら幸いです。


最後までよんでいただきありがとうございます!


誤字脱字修正ありがとうございます!


【☆】お願いがあります【☆】


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