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第209話 格付け完了

 空から迫るのは、純粋なる破壊の質量。

 黒雪による連続転移でも、巨大空中戦艦の落下の範囲からは脱出には間に合わない。


「私への対応は安全な所に、って指示じゃなかったんかい! 普通ここまでやる!?」


 レグナント人は好戦的だと聞いてはいた。転移師同士の対決で熱が入ったのも理解している。だが――ここまでやるとは思っていなかった、とカナリアは歯を食いしばる。


 象に踏み潰される直線の蟻の気持ちが、今なら少しわかる気がした――と、自傷気味に心の中でつぶやいた。


「この状況をなんとかするなら……もう、断界剣ディメンションカットしかない」


 禁じ手の使用――諦めに似た感情に支配されながらも、身体は迷わず、すでに居合の構えへと至っている。


 カナリアは展開していた全ての黒雪を、鞘に収まった刀へと集束させた。


 周囲の空間が黒い雷光のように歪み、空気が軋む。バリバリと不快な音を立て、彼女の存在そのものが輪郭を失いはじめる。


「風月先生、約束破ってごめんなさい。でも……ちゃんと、大丈夫だから」


 迫るは鋼鉄の巨塊。


 帝都空挺駆逐艦レッドラグーンの影が、その少女の視界を覆い尽くすその瞬間――世界が静寂に包まれる。


 カナリアは音を置き去りにし、すでに抜刀していた。


 視認すら不可能な超高速の居合の一閃。

 次元を斬り裂き、空間をこじ開ける黒い斬撃波が、破壊の塊を一瞬で通過していった。



「はぁ……はぁ……さすがの私も、この規模の大質量転移は……無茶をしすぎました」


 ルーダは肩で息をしながら、空中から地面を見下ろしていた。


 帝都空挺駆逐艦レッドラグーン。

 あの巨体を物理転移させ、上空百メートル地点から自由落下させる。

 術式の規模も、魔力消費も、常軌を逸している。


 だが――もうすぐ全てが終わる。

 演習場を覆い尽くす鋼鉄の影は、確実に地上を圧殺する。


 ルーダは、静かに息を整えながら思考を切り替え、今後のことを憂慮していた。


「国の重要文化財であるレッドラグーンを無許可で持ち出し、おそらくは全損……これは少し、まずかったですね」


 視線は、もうすぐ地上へ落下する艦へと向いている。

 ルーダはふぅっと見えない『何か』に息を吹きかけた。すると、透明化していた記録水晶が姿を現す。


そして、その水晶はこれまでのカナリアとのやり取りが映し出していた。


 ルーダは腕を組み、淡々と状況を整理し、計算する。


「ギリスの勇者候補を殺した件は……そうですね。皇帝の指示通り彼女の安全のため隔離したが暴れ、私は命の危険を感じた。無力化を図ったが止めるのは困難と判断し、やむを得ず――ということにしましょうか」


 記録水晶の映像には、カナリアのハイキックから始まり、ルーダが奇襲を受ける場面が映っていた。


「実際、彼女から最初に攻撃を仕掛けてきたわけですし、筋は通っている。それに彼女はもうすぐ圧死でしょう。肉片すら残らない。まさに、死人に口なし」


 順調に筋書きを組み立てる彼女だったが、ひとつの懸念に、わずかに目を細める。


「しかし問題はライゼル将軍ですか。あの方を納得させるには……。仕方がない。同じ将軍職であるレクシア叔母様になんとかしてもらいましょう。ライゼル閣下といえど引き下がるはず」


 ある程度の結末を組みあげると、ルーダは視線を地上へと落ちゆく戦艦へ戻した。


 そろそろ地面に激突し、衝撃波が一帯を吹き飛ばすはず――そう判断したルーダは、さらに高度をあげ後退しようとする。


 だが、違和感が走った。


 落下していたレッドラグーンが、艦体中央を境に、吸い込まれるような漆黒の線によって左右へと真っ二つに分かたれていく。


 轟音も火花もない。ただ、巨大な鋼鉄の質量が、まるで目に見えない糸で引かれたかのように静かに、そして無慈悲に裂けていった。


「一体……なにが……。老朽化により艦体が落下に耐えられなかった? それにしては不自然な――」


 その瞬間、左右に開いた中心部の真下から、一本の黒い“斬線”が空を駆け上がった。

 最初は空間の歪みにしか見えなかったそれは、バリバリと空間を噛み砕く雷鳴を伴って、ルーダの真横を通過する。


 一瞬遅れて――パキン、と乾いた音が空を裂いた。


 ルーダの目の前に浮かんでいた記録水晶が、わずかに遅れて真っ二つに砕け、地上へと落下していった。


「……は?」


 理解を拒絶するような声が、乾いた空気の中に溶けていった。


「そうそう、証拠は隠滅しないとね。そこは同意するよ」


 わずか上空から響いた声に、ルーダが弾かれたように見上げる。

 空間が円環状に裂け、黒いゲートが展開していた。その奥から、刀を構えたカナリアが勢いよく飛び出くる。

 

 もう片方の手には空になった魔力ポーションの空瓶を持っていた。


「なっ!? 馬鹿な、あなたの能力ではこの距離を転移できないはず!」


 焦燥に歪むルーダの顔を前に、カナリアは余裕を浮かべる。


「ルーダさんの“戦艦堕とし”みたいに、私にだって奥の手があるってことさ!」


 その瞬間、分断されたレッドラグーンが地面へと着弾すし地上で轟音が鳴り響いた。


 遅れて衝撃波が演習場一帯を襲い、帝国兵たちが次々と吹き飛ばされる。砂塵が舞い上がる中、カナリアはそのまま刀を空中で振り下ろした。

 

 ガキンッ! 咄嗟にルーダが白銀の錫杖で受け止める。


「カナリア様、あなたは危険すぎます……転移使いという範疇を超えている。これ以上成長されては、帝国そのものさえ危うい」


「もう、御託はいいよ。次あったら容赦しないって、言ったよね?」


 鍔ぜり合いのまま、黒刃が錫杖に食い込み、接触面から魔力を吸い上げていく。吸われた光は黒い流れとなり、カナリアの左肩に開いた門へと音を立てて呑み込まれていった。


「その能力ちから、解き放たれた魔法だけではなく……生きた者の魔力さえも……何が勇者候補だ。化け物め」


 ルーダは咄嗟に、至近距離からの魔法障壁を構築しようとした。だが、指先に集まるはずの輝きが、霧散するように消えていく。


 体内を駆け巡る魔力回路が、強引に逆流させられ、カナリアの左肩に開いた門ゲートへと吸い込まれていく。


 術式が組めない。魔力が、指先からこぼれ落ちていく。

 底の見えない虚無に引きずり込まれるような感覚に、ルーダの顔が恐怖で強張った。


 次の瞬間、白銀の錫杖が輝きを失い、耐えかねたように真っ二つに折れた。


「私の……エーテルセプターが……!」


「ルーダさん、一級転移師なんだって?」


 静かな問いを投げかけると、カナリアは刀を引き抜いた反動のまま体勢を流し、空中で半回転する。


「――なら、今日から私が特級だ」


 宣告と共に放たれた一撃。狙い澄まされた鞘打ちが、ルーダの首の付け根を正確に捉え、彼女の意識を深い闇へと突き落とした。


「がはっ……!」


 支えを失った身体が、空中で力なく傾く。白銀の髪が重力に引かれ、ゆっくりと逆さまになる。視界が回転し、空と地面が入れ替わった。


 ルーダは薄れゆく意識の中で、最後に聞いたのは、はっきりと“格上”を感じさせるカナリアの声だった。


「安心して……私は殺さないよ。あなたと違って。」


 その声が終わると同時にルーダの身体はガクッと力を失い、そのまま重力に従い静かに落ちようとしていた。


「よっと」


 カナリアはルーダの身体を、空中でそっと受け止める。二人はそのまま落下をし始めた。


「さて、私の転移は人を連れていけないし、どうしようか……そうだ! あれを試してみよう」


(黒雪を足に纏わせ、重力の法則を無視するイメージで……)


「――できた!」


 カナリアは足に黒雪を集中させ、重力を分断するように調整する。すると落下速度は徐々に減少しはじめた。この速度なら、着地には問題ない。


「勢いで、新技まで編み出しちゃったよ」


 カナリアは気を失っているルーダの顔を見た。正直、先ほどまで戦闘していた相手であり、カナリアとノアを分断した張本人でもある。恨みがないと言えば嘘になる。


 しかし、このまま見過ごせば、地面に叩きつけられルーダは命を落としてしまうだろう。それはカナリアの思うところではなかった。


 きっかけも、憎しみ合って起きた戦闘ではない。互いの立場と成り行きがぶつかった結果にすぎないことを、カナリアは理解していた。


 それに――同じ“転移”を操る者として、奇妙な親近感が芽生えていたのもまた事実であった。


「転移ってさ、楽しいよね。強くなればなるほど、世界が広がる感じがして」


 気を失ったままのルーダに、小さく呟く。


「だから殺すには、ちょっと惜しいかなって」


 黒雪がふわりと舞い、二人の高度をゆっくりと落としていった。


 着地した地点は、レッドラグーンの残骸があたり一面に散乱する凄惨な光景だった。


 鋼板はねじ曲がり、装甲は裂け、演習場の地面には巨大な抉り跡が幾筋も走っている。幸い動力機関は停止していたらしく、大規模な爆発には至っていないのがせめてもの救いだった。


「一人じゃ帝都まで戻れないし……ルーダさんの目覚め待ちかな」


 ふうっと息を吐き、カナリアはその場に腰を下ろす。緊張が解けた途端、全身の力が抜け、そのままごろんと仰向けに寝転んだ。


 空には、さっきまで空挺駆逐艦が覆っていたはずの青空が広がっている。


「てか、しんどー! 初めての魔法使い戦がいきなりボスクラスとか、やめてほしいよ本当……」


 苦笑いがこぼれる。左肩の門はまだじんじんと疼き、黒雪も薄く揺らめいたままだ。結局、禁じ手まで使っての辛勝。余裕の勝利とは程遠い。


 それでも強敵を倒し、こうして生きている。


 その事実だけで――今は、十分だった。

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