第208話 空挺駆逐艦レッドラグーン
簡単な状況説明
主人公カナリアと帝国の魔法使いルーダとの転移能力者、同士の戦闘です。
「私の転移魔法を見破ったと? おもしろい……お聞きしましょうか」
カナリアは牽制するように刀の先をルーダに突き付けたまま、語り出した。
「まず、あなたの転移魔法は三百キロ先だろうが別の大陸の端だろうが距離は関係ない。ハッキリ言って規格外の魔法……でも、だからといって“どこにでも”転移できるわけじゃない」
カナリアの瞳が問い詰めるように鋭く細められる。
「だって、仮に相手をどこにでも飛ばせるなら、私を溶岩の中に強制転移させれば終わってたよね? わざわざ着地できる場所に転移させる必要はなかったはず。」
風が吹き抜け、溶岩の熱が揺らぐ。ルーダは何も答えず黙って耳を傾けている。
「なにか目印が必要なんじゃないかな。強いマナの集積地か、あるいは自分があらかじめ仕込みをした“座標”だけ。そういう制限があるんじゃない?」
しばしの沈黙が流れる。火口の底で溶岩が爆ぜ、赤い飛沫が舞う。
ルーダは左腕をかばいながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……なるほど。近接にものを言わせた脳筋バカではない。分析力も一級品ですか」
痛みを押し殺すように呼吸を整え、白銀の錫杖を右手に構え直す。その瞳は、傷ついた体とは反対に鋭さを増していた。
「確かに、私の転移とて万能ではありません。目の届かぬ範囲への長距離転移には、いくつかの制約が存在します」
淡々と告げる声音。しかしその周囲では、空間が微細に歪んでいた。
「第一に、転移先がレグナント帝国の内領土、もしくは帝国の支配下にある領地であること。ライゼル閣下の転移先であるドゥーハカ族の村は後者に該当します」
火山の噴煙が二人の間を流れていく。
「第二に、転移場所は事前に空間へ転移術式を刻んでいる場所であること。転移陣は“座標”を設置していない地点へは、強制的な転移は行えません。」
ルーダは途切れ事なく言葉を紡ぐ。
「……ゆえに、流動する溶岩の内部や、地中深く等、即死が確定する場所へ敵を直接送ることは不可能です」
彼女は自身の転移魔法の全容を静かに言い切った。
その行為にカナリアは一種の戸惑いを覚えた。
(意外だな……ここまで自分の能力を明かすなんて)
「もう、負けを認めたってこと?」
「……どう思ってもらっても構いません」
ルーダの曖昧な返答にカナリアは冷静に状況を整理し始めた。
自身はほぼ無傷。相手は左腕に深い打撃を受けている。
火山のマナを利用した範囲攻撃も、黒刃で無効化できると露呈した。
攻撃魔法を使われても、この近距離なら発動前に十分に潰せる。一見すればルーダに勝ち目がないのは明白であった。
(なるほどね……冷静な彼女なら状況的に勝ち目は、ないって判断したか。賢明だね)
火山の熱風が二人の間を抜けるたびに二人の輪郭が曖昧になる。はたしてそれは熱による陽炎か、転移者同士の特有の揺らぎか。
「……カナリア様、御見それしました。私は、あなたを過小評価していたようです。非礼を詫びましょう」
ルーダはゆっくりと錫杖を地面に置き、力を抜くように一歩近づいた。そして、穏やかな表情を浮かべ、戦いの終結を告げるかのように、右手を差し出してきた。
その仕草に、カナリアはわずかに目を見開く。
握手――敵意の放棄。
ほんの一瞬だけ、張り詰めていた空気が緩んだ。
「……私は帝都に戻りたいだけ。ノアを守らなきゃいけないから」
そう言って、刀を鞘に戻し、カナリアは差し出された右手を握りかえした。
「それに、もともと戦いたかったわけじゃないしね。」
熱気に包まれた火口の縁で、二人の手が触れ合った。
ルーダは差し出した右手を、カナリアが握ったその瞬間――指を絡めるように、逃がさぬ力で強く握り返した。
「!」
カナリアは咄嗟に手を振りほどこうとしたが、離れない。
女魔法使いの華奢な手とは思えないほどの握力だった。……いや違う。物理の力じゃない。魔法によって空間そのものが固定されている。
カナリアは思わず顔を上げる。
「ルーダさん! 騙したの!?」
「騙す? 人聞きの悪い事を……私は負けを認めたとは言っていません、どう思っても構わないと言っただけです」
目の前にあったのは、整った美しい顔。
だがその表情は、先ほどまでの穏やかさを微塵も残していなかった。
「過小評価していた。見直したといったのは本心です」
瞼を開いたルーダの瞳は冷たく研ぎ澄まされ、口元だけが、静かに歪んだ。
「ここからは……死闘といきましょうか」
その声が落ちた瞬間、火山の赤とは対極にある蒼い魔力が爆ぜるように空間を満たした。
二人の足元に展開した転移魔法陣が高速回転し、空間そのものが軋ませた。
「また別の場所に転移する気!? 悪いけどもう、次は容赦しないから」
カナリアの瞳が鋭く細まる。そこには裏切られた怒りと、甘さを断ち切る決意が宿っていた。
ルーダは、そんな殺気を正面から受け止めながらも微笑を崩さない。
「フフフ……残念です。私の二つ名は“千景”もっと様々な景色をご案内したかったのですが……いいでしょう。次の転移地が、あなたの最後と思いなさい」
その瞬間、白銀の錫杖がふわりと浮かび上がった。
意思を持つかのように回転し、石突が巨大転移陣の中心へと打ち込まれる。
――ゴンッ。
火山の轟音が一瞬で途絶え、視界が純白に染まり二人の姿は光の奔流に飲み込まれていった。
◇――帝国軍事博物館 別館 空挺師団展示大ホール
「帝都貴族院保育科のみなさん、こちらへ集まってくださーい」
高く、高く持ち上げられた天井に、教師の柔らかな声がふわりと反響する。
広々とした展示棟は、ゆるやかなアーチを描く大屋根に覆われていた。
光が降り注ぎ、館内は明るく、開放的な空間だった。
壁際には実物の装甲外骨格や空挺兵装が並び、地上には実物の装甲兵器が並ぶ展示場。
その圧倒的な光景の中で、まだ五歳前後の子供たちがぱたぱたと駆け寄った。
「でっかーい! お屋敷みたい!」
「あれほんもの大砲?」
「かっこいい!」
小さな革靴が石床を鳴らし、好奇心のままにあちこちを指さす。展示場の中央に鎮座する巨大な影が、子供たちの瞳に映り込んでいた。
目を輝かせ、バラバラに散らばるも、眼鏡をかけた教師の集合合図が鳴ると、きちんと二列に並び直す。貴族院の子供らしく、躾は行き届いていた。
「はい、皆さん静かにしましょうね。ここでラーク館長からお話があります」
教師が一歩下がると、奥から一人の初老の男がゆっくりと歩み出てくる。軍装を思わせる仕立ての良いコートを羽織り、胸元には幾つもの徽章が輝く。
帝国軍事博物館別館長のラークだった。
「将来有望な貴族院の諸君、よくぞ来てくれた。……ふふ、どうやら私の話よりも後ろの“コレ”が気になるようだな? 無理もない。こいつは戦時、各国に“死の翼”と恐れられた代物でな」
館長の言葉に子供たちがざわめいた。
「しのつばさってなに?」
「つよいの?」
教師が小声で「静かに」と諭すが、子供たちの興奮は抑えきれない。
「はっはっは、さすがに年代物だ。もう動きはしないが当時は無敵を誇ったのだぞ?」
矢継ぎ早に子供たちから質問が飛ぶその最中――ラークの眉が、ふと動いた。
「……ん? なにか空気が……」
その直後、空間が、わずかに歪んだ。
ラークのすぐ横、展示用安全柵の内側に青白い転移陣が、音もなく床に浮かび上がる。
次の瞬間、そこに一人の女が立っていた。
白銀の髪。赤と黒を基調とした帝国の魔術師装束。閉じた瞼の奥に静かな魔力を宿す女魔法使い――先ほどまでカナリアと戦いを繰り広げていた転移師ルーダだった。
「……はぁ……はぁ……」
肩が大きく上下している。首元には雷の焼痕、左腕は不自然に下がり、装束の裾は裂けて擦り傷が覗いている。それでも、纏う気配だけは微塵も揺らいでいない。
「ザルカス特使め……何が“無属性の戦力外”だ。ギリスの勇者候補……まさか、あれほどの強さとは」
突如現れた魔法使いに、子供たちがざわめく。
「かんちょーさん! うしろに魔法使いさんがいるよ!」
指差された先を振り向いたラーク。魔法使いの姿を確認すると、徐々に顔から血の気が引いていった。
「あなたは……ルーダ帝都第四魔法師団長!? なぜこのような場所に……それにその傷……!」
ルーダは館長の問いを無視するように用件だけを告げた。
「ラーク元第七空挺艦隊長。緊急事態につき、それを借り受けます」
「借りる……? い、一体、何を――」
言い終えるより早く、足元に巨大な転移陣が展開した。
次の瞬間、博物館全体が地震のように揺れた。天井のガラスが震え、展示フレームが軋み、子供たちの悲鳴が反響する。
揺れが治まると同時に青白い光が爆ぜ、ルーダの姿は掻き消えた。
そして展示柵の向こう側――床には巨大な固定具の痕と、魔力杭が強制的に抜き取られた跡だけが残っていた。
本来そこに鎮座していた“何か”は、完全に消えている。
広大な展示空間に、ぽっかりと巨大な空白だけが残されていた。
◇――
カナリアは、見知らぬ空に輝く太陽が輝く上空へと投げ出されていた。
視界のすべてが空。足場はなく、身体は容赦なく重力に引かれていく。風が耳を裂き、衣服と青い髪を激しくはためかせている。
「もう! なんなのよ! 一緒に強制転移したかと思えば、私だけ空にほっぽり出してあの魔法使い!!」
苛立ち叫びながらも、カナリアの思考は冷静に回転していた。自由落下の最中、風圧に押し潰されそうになりながら状況を整理する。
(……実際、状況はかなり悪いのよね。私だけ見知らぬ土地に置き去りにして、帝都との実質距離を離され時間を稼がれる。……戦いに夢中で、この可能性を見過ごしてた……なにやってんの私!)
視線を下におろした。雲の層を突き抜け、遠くに大地が霞んでいる。このままではただの落下死だ。
(何が、即死が確定する場所には転移できません。よ! 普通この高さから落ちたら、ぺしゃんこじゃん)
「とりあえず着地しますか」
カナリアは即座に黒雪を展開する。落下軌道上に点々と黒い歪みを生み出し、その中へ身体を滑り込ませ、数十メートル下へと再出現する。
転移のたびに落下速度は“リセット”され、速度は初速に戻る。
衝撃は蓄積せず、制御も可能――落下そのものは、もはや問題ではなかった。
どんどん地面が近づく最中見えてきたのは、広大な平原だった。
整地された大地に、規則的な区画。石造りの簡易砦、標的用の人形、そして、ところどころに配置された軍用施設らしき建造物がみえる。
どうやら――帝国の軍事演習場のようだった。
端のほうでは、帝国兵たちが隊列を組み、号令のもと剣戟や魔法の訓練を行っている。規律正しい動き、統制された魔力の痕跡が見えた。
(ルーダはいない……着地地点に兵士を待ち伏せさせて奇襲、ってわけでもなさそうね)
黒雪から抜け出し、最後の数メートルを滑るように降下しながら、カナリアは周囲を鋭く見渡す。罠の気配すらない。
(……くそっ! やっぱり私を隔離するのが目的か!)
演習場の中心に、カナリアはふわりと着地した。
「これからどうしよう……一体どうやって帝都まで戻ればいいのよ」
そう思った直後だった。
「――おや、潰れていてくれたら、手間が省けましたのに。残念です」
聞き慣れた女魔法使いの声が、すぐ後ろで響いた。
「……きたか!」
反射的に振り返った瞬間、白銀の錫杖に魔力を通したルーダが、片手で鋭い魔打撃を叩き込んできた。
ガンッ、と衝撃が弾ける。二打、三打と素早く打ち合い、火花と魔力が散る。
「てっきり置き去りにされたかと思ったよ! てか……意外と近距離戦もできるんだね。でも、刀神の私相手にそれは悪手じゃない?」
ルーダの渾身の一撃を軽くいなしながら言い放つカナリア。
「啖呵をきった手前、撤退など私のプライドが許しません。……それにこの近距離戦こそが最善手なのです。時間を稼ぐにはね」
そのルーダの一言で、カナリアは気づいた。先ほどまで自分を照らしていた太陽の光が消えている。
雲の隙間から降り注いでいた真昼の陽光が、瞬時にして遮られた。
広大な演習場が、まるで巨大な日食に飲まれたかのように、一瞬で視界が影に塗りつぶされる。
戦闘では余裕を崩さなかったカナリアの表情が、はっきりと強張り汗を浮かべた。
「なによそれ……冗談でしょう?」
空に“地面”があった。否、地面と見紛うほど巨大な何か。雲を押しのけ、空気を震わせ、重低音とともに鋼鉄の塊が、世界を覆うように傾きながら、迫っている。
「帝都空挺駆逐艦レッドラグーン。通称――“死の翼”。帝国に仇なす存在を消し去るため、暴れ回った過去の遺物です」
鍔迫り合いの最中に響くルーダの声は、どこまでも静かだった。
「魔法ではありません。ゆえに吸収もできない。その黒い雪での転移距離では、今からではもう逃れられない」
ルーダはカナリアからすっと離れ、二人の間に距離が開く。空間が歪み、ルーダの身体が転移の光に消える。
「私を本気にさせたあなたが悪いのです……さようなら、カナリア様」
カナリアの眼前に迫るそれは、強力な魔法でも巨大な魔獣でもない。それよりも、さらに上。ただ圧倒的な“質量”。
その全容は全高六十メートル、全長三百五十メートル、総重量約十一万トンの巨大空中戦艦。
空から落ちゆく国家そのものが、カナリアを押し潰そうとしていた。
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