第140話 ノアの真実と嘘
「ああ、刀のことなら任せておけ!」
フウゲツがどこか嬉しそうに言い切る。
そして、わずかに視線を戻しながら告げた。
「話は少し逸れたが……お主の能力の現状は理解した! 修行の方針は決まったぞ!」
フウゲツが腕を組み、いつになく厳しい声音で言い放つ。
「――だが、その前に。まず最初に申し伝えておく重要なことがある!」
師匠の視線が、私の刀へと向けられる。
「“全てを断ち切る”黒刃を飛ばす一閃――あの技の使用は、当面《禁じ手》とする!」
「えっ!? 使っちゃダメなんですか!」
思わず聞き返しそうになる私を制し、フウゲツは静かに続けた。
「左様。“あれ”は、あまりにも危険性が大きい。お主の魔力を空にするだけでなく、肉体への影響も計り知れん」
語調は厳しかったが、私を思ってのことなんだろう。そこには真摯な思いが滲んでいた。
「……だが、安心せい」
少しだけ口調を和らげ、フウゲツはふっと笑みを浮かべる。
「あれに頼らずとも――お主には、“刀神”の才覚がある。今のままでも、充分に強い。……わかったな?」
「はぁい……」
私は素直に返事をしつつ、内心では一瞬だけ苦笑していた。
けれど、師匠が“禁じ手”とした理由も、納得できるものだった。
(確かに、一撃必殺なのは魅力だけど――)
現状、あれは“動けない相手”か、“かわせない絶対条件下”でしか使ったことがない。
相手が自由に動けるなら当然、避けられる可能性も高い。
当たらなければ意味がないし、外せば魔力切れでその場で動けなくなる。
それに、核を狙わないと倒せない敵なんて、この世界にはごろごろいる。
(思ってたほど、最強な技でもないのよねぇ)
あまりにも明快な指導方針に、疑いの余地すらなかった。
(……確かに、師匠の言う通りだ)
異界の力を宿した“刀”と“衣”。
どちらも、間違いなく規格外の能力。けど、使いこなせなければ意味がない。
特に《纏衣》のほうは、まとった時点で立つのがやっと。
あれを維持したまま動くなんて、現状ではとても無理。
ましてや戦闘だなんて……夢のまた夢だ。
(そもそも、生まれてこのかた魔力の鍛錬なんてしてこなかったし……だって、つい先日まで“無属性で魔法は使えない”って思い込んでたんだもん。しょうがないよね)
これから始まるのは、未経験の魔力制御とそれを使った戦闘技術の修行。
(どっちにしろ、骨は折れそう)
でも、その先にある“本物の強さ”を掴むために。
私は刀を握り、ぐっと気を引き締めた。
「わかりました。魔法……ですね!」
背筋を伸ばし、まっすぐに言葉を返す。
「ご指導、お願いいたします!」
「うむ! いい返事じゃ!」
フウゲツが満足げにうなずいた。
「お主は子供っぽくはないが……素直なところはあるのぉ。よきことじゃ」
その言葉に、ちょっと照れながら笑う。
……魔力、魔法と聞いて、ふと頭に浮かぶのは、いつも隣にいる“あの子”のこと。
全属性持ちの、才能の権化みたいな存在。
やっぱり、気になってしまう。
「……先生。ノアの魔力量って、見たことあります?」
「ああ、お主の弟じゃな」
フウゲツはすぐにうなずく。
「お前と一緒におるところを、何度か見かけたからな。……一言で言えば、“無尽蔵”じゃ」
「無尽蔵……」
私の口から、自然と反復の声が漏れる。
だが、師匠はさらに言葉を続けた。
「ギルバート殿や、あの耳長族のおなごも相当なもんじゃが――
あの二人を“大河”や“巨湖”にたとえるなら……」
そこで一拍、間を置く。
顎髭をさすりながら、さらに言葉を続けた。
「お前の弟は、“海”じゃな。深海のごとく、底が見えん。
魔力の“総量”だけで見れば、あやつが一番かもな」
「師匠から見ても、そんなに……?」
私は思わず目を見開いた。
確かに、ノアがとんでもない魔力量を持っていることは、近くで見ていても感じていた。
けれど、師匠のような熟練の使い手に“底が見えん”とまで言わせるとは――
……ちょっと待って!?
私はその“海”みたいな魔力量を持つノアの――姉ということは!
(姉より優れた弟など、存在しないのだ!!)
そう心の中で叫びながら、私は思わず詰め寄った。
「ち、ちなみに……」
少し声をひそめ、上目遣いでおねだりするように、私は尋ねてみる。
「私の魔力量って、現状どれくらいなんですか?」
フウゲツはしばらく私の顔をじっと見つめ――
「ん? お主か……んー……うーむ……うーむ……」
思いつめたように首をかしげながら、何度も唸る。
(いや、めっちゃ悩むじゃん、お師匠様……)
……と、次の瞬間。
「ぽんっ」と手を叩いて、フウゲツはひとこと。
「――池じゃな!」
……カコンッ!
すぐ背後、小池のししおどしが空しく鳴り響く。
私はその場でガーンと固まり――
あまりの“小物感”に、叫びながら詰め寄った。
「池ぇ!?!? 小っさ! それにしても、もうちょっと言いようあるでしょ! 可愛い愛弟子なんですから、せめて“湧き水”とか“せせらぎ”とか、もっとこう、あるでしょ師匠!!」
思わず抗議して詰め寄る私に、フウゲツは肩を揺らして笑い飛ばす。
「安心せい!」
どん、と胸を叩いて、豪快に言い放った。
「わしの家の庭園にある“大池”くらいには、しっかり鍛えたるわい!!
見事なもんなんじゃぞ? ガッハッハッハ!」
(……私の魔力量って、やっぱりたいしたことないらしい)
成長しても“池”という枠を超えられない、悲しき運命かな。それが悲劇のヒロインわたくし、カナリアなのです。
正直、このまま“池”扱いされっぱなしなのは、さすがにちょっと悔しい。
(よし……だったら、先生には黒雪の“もう一つの使い方”を見せちゃおうかな)
私はほんの少しだけ魔力を解放し、“黒雪”を二つだけ生み出した。
一つは師匠のすぐ近くに、もう一つは少し離れた地面の上に――ふわりと浮かばせる。
「一体、なにをするつもりだ?」
フウゲツ師匠が肩に木刀を乗せながら、眉をひそめる。
「まぁまぁ、見ててくださいな」
私はにっこりと笑ってみせた。
あのときのことが脳裏によぎる。
――魔将ダウロとの戦いで、気絶したノアを安全な通路へと転移させた“あの黒雪”。
(あのときみたいに、他人を転移させられるって知ったら……師匠、さぞ驚くだろうな~)
私はひとつの黒雪に意識を集中し、師匠の足元へそっと滑らせる。
そして、もう一方の黒雪へ魔力を通し、転移を発動させようと――
――しようと、したのに。
黒雪は、ヒラリと舞い……そのまま地面に落ち、淡く消えてしまった。
まるで、手応えのない空振り。
私の中の確信が、音もなく砕けていくようだった。
「……なにも起こらんぞ?」
フウゲツがぽつりと呟く。
「え……?」
私は言葉を失った。
なんで?
あのとき、ノアは確かに“黒雪”に吸い込まれて、転移したはず――
そして、ハッとして口を押さえる。
(……嘘でしょ? まさか)
自分で、たしかに言った。
あのとき、ダウロの前で断言するように口にした、あの言葉。
「この門は、異世界の魂を持った“私”だけが行き来できる」
――そうだ。
この黒雪による転移は、“異世界から来た魂”――つまり転生者にしか反応しない。
(ってことは……ノアには、本来なら適用されない……!?)
心臓が、ドクンと跳ねた。
(うそ、でしょ……ノア……)
頭に浮かぶのは、無邪気に「姉さん姉さん」と笑いながら懐いてきた、今日までのノアの姿。
今朝も、一緒に起きて、ご飯を食べて、一緒に頑張ろうと笑って話していたのに――
それなのに――
本当は、“転生者”だったの?
この八年間、ずっと……私を騙していたってこと?
(……違う。そんなはずない。だって、あのとき……)
――三歳の頃。
私が怖さと勇気を振り絞って、「転生者と知ってるか」と訊ねたあの日。
無邪気に「それってなぁに?」って言ったじゃん!
もし、もしも……あのとき正直に答えてくれていたら――
私も、打ち明けるつもりだったのに。
(なのに……どうして、何も言ってくれなかったの……)
信じたくない。こんなのってないよ。
誰も望んでないよ。こんな展開。
けれど、それでも目の前に突きつけられる。
たった一つの、否応ない“可能性”。
(ノア……あなたは本当は、一体、何者なの?)




