第139話 カナリアの能力 解体新書④ 検証終了!
フウゲツ師匠が“撃ち合い”を提案したのは、私を倒すためじゃない。
あくまでも“黒刃”に宿る異界の力が、どういう能力を秘めているのか、その実態を確かめるためのもの。
(いまの黒刃に触れたら、どうなるのか……私も、師匠も、まだ知らない)
だからこそ、“撃ち合い”で確かめねばならない。
実践でしか分からないことがある。
刃と刃を交えることでしか、見えてこない“真実”がある。それこそが剣士!
次の瞬間――
ガン! ガンッ!
鋭い打撃音が、空気を震わせた。
黒刃を宿した私の木刀と、師匠の木刀が、何度も激しくぶつかり合う。
(予想外だ……! 師匠の木刀は、斬れていない!?)
“黒刃”は、放てばあらゆるものを断ち切る斬撃となる。
けれど、今はただ“刃に力を宿しているだけ”。
その状態では、相手の武器を斬るほどの力は発揮していないようだ。
お互い能力の様子見での撃ち合い。だが、その技の本質はいまだ不明のまま。
何が起こるかわからない現状では、一瞬の油断も命取り。本物の命をかけた斬り合いと変わりはない。
チラリと横目に捉えた師匠の表情にも、わずかに驚きがにじんで見える。
自身の持つ木刀が斬られる前提での動きや間合い。それがなによりの証拠だった。
「ハッハッハ! 意外や意外! 斬れぬものだな! もっとだ! 撃ち込んで来い!」
師匠の鋭い声が飛ぶ。
「はいっ!」
私は即座に返事をし、刃にさらに力を込めた。
燃えるような緊張感のなか、魔力が全身を駆けめぐる――。
その時、私は撃ち合いの中で感じたことのない違和感に気づく。
じわり、と体の奥から、失ったはずの魔力が満たされていく感覚。
燃えるような消耗ではない。
むしろ、静かに、全身へと魔力が“回復していく”。
(魔力が……みなぎってる?)
不思議だった。
黒刃を放つ一閃は、あれほどの“超消費型”の能力だったはずなのに。
放たず、ただ“構えている”だけだと、むしろ魔力の流れが整っていくような感覚さえある。
そのとき――フウゲツ師匠の眉が、わずかにひそめられた。
「……なんじゃ、この異様な感覚は……」
(まるで、自分の“力”が指先から抜け落ちていくような、そんな不快な違和感じゃ)
フウゲツの右目の“魔眼”が淡く光を帯び、魔力の流れを視認する。
(これは……!?)
視界の中で、信じがたい現象が起きていた。
カナリアの刀と、自身の木刀がぶつかるたびに、フウゲツの体内から流れ出た魔力が、“黒刃”へと吸い込まれていく。
(ワシの魔力が……吸われておる……!?)
それは、ただの“斬撃”などではなかった。
斬り合いの中で、黒刃が敵の魔力そのものを奪い取っている。
気づけば、両者の魔力の“総量”は、まるで秤の上で釣り合うように、均衡へと引き寄せられていた。
(このままでは……)
フウゲツが内心で警鐘を鳴らした、その瞬間だった。
スパンッ!!
鋭い音を立てて、フウゲツの木刀が、真っ二つに断ち割れた。
折れた柄が地面に転がり、師匠の手の中には、半分になった柄だけが残る。
「ぬぅ……!?」
フウゲツが目を見開く。
手に残った半分の柄を見つめながら、口の端を引きつらせた。
「師匠、これは!?」
私も思わず声を上げる。
黒刃の刃先に、あれほどの威力がいきなり宿るとは思えなかった。
けれど、師匠はそれに対して動じることなく、淡々と口を開いた。
「……恐らくだがな」
静かに言いながら、フウゲツ師匠は折れた木刀を地面に置く。
「その黒刃を“刀に宿したまま”戦えば――お主と相手との間で、一方的な“魔力の綱引き”が始まるじゃろうな」
師匠は言葉を選びながら、その眼に映った事実を語り出した。
「お主の魔力よりも、相手の魔力が高ければ……その刃を通して、お主の左肩に出現した門の聖印が相手の魔力を“吸い続ける”。そしてお主の魔力が、相手よりほんのわずかでも上回った瞬間……」
フウゲツは言葉を切ると、
すっと手を上げ、首の横で横一線にスパッと指を走らせる。
それはあまりにも無言で語る処刑のサイン。
「ズバッと、いくわけじゃな」
「……っ!」
私は思わず背筋を伸ばす。
黒刃は、“相手の魔力を吸い削り、上回った瞬間に一撃で斬る”、そんな異常な性質を持っていた。
(ってことは……最初から“私の方が上”だった場合、その時点で即死させてたって事?)
(……なにこの能力。悪役どころか、もう“死神”じゃん私)
自分で思って、ぞわっと背中が冷える。
黒雪の転移と違って、これはもう“武器の性質”の範疇を超えちゃってるよ。
フウゲツ師匠は、悩ましげな表情を浮かべたまま、わずかに眉をひそめている。
やはり異常な私のこの能力に、思うところがあるのかもしれない。
(ワシは……本当に、この娘を育ててよいのか?)
(目の前で黒刃を構えるカナリア。その力は、守りにおいても攻めにおいても、この惑星イクリスにおいて、あまりにも“異質”すぎる)
(刀神として成長した後、もし万が一、彼女が暴走したら……はたして、それを止められる者は、いるのだろうか?)
(……ワシは今、とんでもない化け物を育てようとしておるのではないのか)
「フウゲツ師匠?」
「ん? ああ……すまん」
フウゲツ師匠は小さく笑い、顔をほぐすように頬を軽く叩いた。
「お前の能力に、少し面食らってな」
その返答に、思わず苦笑する。
師匠の顔があまりに真剣だったから、少し心配になったけど、それも無理はない。
自分でも、この“黒刃”の全容が見えてきて、正直ちょっと怖くなっていた。
刀を見下ろす。黒く染まった刃が、静かに存在を主張している。
けれど、私はこの力を拒むつもりはない。
女神セレスティアは、それを承知の上で、この力を私に授けた。
なら、相手側にもきっと――それに匹敵するか、それ以上の“何か”がある。
私だけが特別なんじゃない。
この力は、バランスを取るために与えられたものと考えておくべきだろう。
とりあえず今は、立ち止まっている暇はない。
この力を、ちゃんと使いこなせるようになること。それが先決だ。
私はまっすぐ前を向き、再び刀を構えた。
「黒刃の一閃も使いましょうか?」
「いや、あれはダメじゃ。お主の魔力を空にする上に、体力の消耗が大きい」
「提案です! 以前魔力がなくなった時に、魔力回復薬で回復できたんです。ならば空になっても補充すればいいじゃないですか!」
胸を張って言うと、フウゲツは盛大にため息をついた。
「……なんじゃお主。魔法道具の知識は疎いようじゃの」
「え? だって魔力が減ったら飲めば回復は基本じゃ――」
「魔力回復薬はのう、どれだけ飲んでも“半分程度”の回復が限界じゃ。一日一回しか本来の効果は出ん。大気中の魔素を取り込みながら、ゆっくり回復させるのが本来の魔力じゃ」
「……そうなの?」
私、今まで魔法を使えないと思い込んでたせいで、その辺の知識がまるで無い。
(す、すみません……完全に勉強不足です……)
冷静に考えると、大技→ポーション→大技なんて無限ループが可能だったら、
それはもうチートどころの話じゃない。
「飲みまくっても、腹がチャポンチャポンになるだけじゃ! 効き目はないわ、酔えもせんわ、ならば最初から酒でも飲んだ方がマシじゃわい!」
(……基本、お酒大好きだな、この人)
思わず苦笑が漏れる。
でも、なんだかんだで頼りになるし――
(家に帰ったら、お父さんに頼んで地酒でももらってこようかな)
私は、能力の検証が終わった空気を察して、静かに力を解いた。
黒雪がふわりと舞い上がり、やがて空気に溶けるように消えていく。
刀身にまとわりついていた黒刃の気配も、すうっと引いていき――
刃は元の木刀へと戻った。
けれど、戻ったはずの木刀は、もはや原型をとどめていない。
刃の表面は焦げ、所々がひび割れ、形すらいびつになっている。
黒刃の魔力に、ただの木が耐えられるはずもなかった。
「毎回こうなるのか?」
フウゲツ師匠が、焦げた木刀の残骸をつまみ上げながら、眉をひそめた。
「そうなんです。力に刀が堪えられないみたいで……」
私は少し困ったように笑い答えた。
「気軽に訓練できない理由も、それなんですよね」
「空間を操る……力……刀……」
フウゲツ師匠が、腕を組んだまま何やらぶつぶつと考え込んでいる。
その目は真剣そのもので、頭の中でなにかを組み立てているようだった。
そして――
「よしっ! 考えがある!」
突然、ぴたりと立ち止まり、満面の笑みで振り返った。
「期待しておれ! 陽の国――それは、すべての刀の“始まり”とも言える場所じゃ。そこで鍛えられし一振りに……心当たりがある!」
勢いよく宣言されたその言葉に、私は思わず目を見開く。
「ほんとうですか!?」
思いもしなかった提案に、自然と笑みがこぼれた。




