[第18話]土魔法術師、立体迷路で王女とふたりっきり。
夜風に吹かれながら俺はワインで満たされたゴブレットを口に運ぶ。
少し甘めの風味がカレーライスで油っぽくなっていた口内をさっぱりと流してくれる。
「ふう、うまいな。さすがは王室御用達のワイン」
「お気に召されたようですわね、エアルトさま」
「ああ。だがこの甘さで気付きにくいが、かなり強めの酒だな」
「ええ、そうですわ。このワインは普通のものよりも甘味を出すために熟成期間が長いので、その分酒精も濃縮されていますの。たったひと口飲んだだけで分かるなんて、さすがエアルトさまですわっ」
「やれやれ、これくらい大したことないんだがな。『飲み慣れた』人間ならすぐに理解るさ」
カレーライスを食べ終えた俺と王女エレノアは中庭のベンチに腰掛けて、口直しのワインを楽しんだ。
「と、ところで、エアルトさま。ターリスはどちらに? 先ほどから姿が見えませんが」
「あいつはまたおかわりを取りに行ったよ。もう残りは全部食べるつもりなんだろう」
「そっ、そうですのね……。あの娘がいない今なら……」
ぼそっと何かつぶやくエレノア。
彼女の白い肌がいつもより紅潮しているのが分かった。
「どうした、顔が赤いぞ。大丈夫か?」
「いっ、いえ、なんでもありませんわっ。少し飲み過ぎたのかしら。はあ、熱い」
そう言ってエレノアは手で顔をあおぐ。
「そ、そうですわっ。一緒に体を冷ましに散歩しませんか?」
「ああ、そうだな。ならターリスが戻ってきたら一緒に行くか」
「エ、エアルトさまっ。ターリスには外してほしいんですの。どこか静かな場所でふたりっきりで……。だ、大事なお話がありますの……っ」
「……。ああ、分かった」
どこか普段と違って必死な王女エレノアの様子に、何か不穏な気配を感じつつも、潤んだ瞳で見つめられては俺も了承せずにはいられなかった。
………
……
「ここなら誰も来ませんわ」
俺とエレノアはパーティー会場から少し離れた中庭の一画にある立体迷路に入ることにした。
3メートルほどの高さの生垣で作られた迷路だ。
やれやれ、金持ちってやつはなぜ無意味なものを作りたがるんだろうな。
「ここは先王、私の叔父が作らせたのですのよ。何よりも植物を愛された方でしたわ」
「……そうか」
「ほら、見てくださいませ。この色の薔薇は珍しいのですのよ」
「……ああ」
俺は大事な話とやらが気になって、俺の腕を取って歩くエレノアが話す内容に気の利いた返事ができなかった。
こんな他愛もない話をするために俺を連れ出したわけではないだろう。
迷路を進んでいると、何度目かの行き止まりに当たった。
ここは他の行き止まりと違って噴水があったが、他に目新しいものはなさそうだ。
「この道ではなかったみたいだな。引き返そう」
「お待ちください。わ、私少し疲れてしまいましたわ。ここで休憩して行きませんか?」
エレノアはそう言って噴水のふちに腰かけたので、俺もその隣に座ることにした。
「エアルトさま、ご存知ですか? この噴水にたどり着いた男女は結ばれると言われてますのよ」
「……」
俺は何と答えればいいのか分からず、ただ無言で天を仰いだ。
王城のあちこちでたかれた篝火の明かりのせいで、夜空は少し寂しげだった。
「どうして私との結婚を辞退されたのですか? 私には兄弟がいませんから、ゆくゆくはあなたが王になれましたのよ。そうすればちっぽけな領地なんて比べものにならない、王国のすべてがあなたのものになりましたのよ。それなのに……。もしかして他に意中の方がいらっしゃるのですか?」
堰を切ったようにまくしたてるエレノア。その瞳からは涙がこぼれそうで、俺はとりあえず彼女を抱きしめた。
「……そういうわけじゃないさ。俺は物心ついたときから冒険者だったからな。結婚とか王になるとか、そんな面倒なことには興味がないだけなんだ」
「そう、なんですの? ではエアルトさまは誰とも結婚するつもりはございませんのね?」
「ああ、今のとこ--」
「なら、私も一生誰とも結婚しませんわっ」
「……うん?」
何か今さらっととんでもない宣言をしなかったか……。
「私、決めましたわ。エアルトさまが誰のものにもならないと言うのなら、私も誰のものにもなりませんわ。女神さまに誓って、私エレノアはエアルトさまに操を立て、生涯独身を貫きますわ」
「……」
王女エレノアには他に兄弟姉妹はいない。
つまり彼女が結婚せず子を成さないのであれば、王朝は断絶。
将来、王位継承問題が発生することも確実。
それに俺は今結婚するつもりがないだけで、これから先も結婚しないという保証もない。
だがしかし、彼女の一世一代の大きな決断を無かったことにするのは、心が痛む。
しばしの熟考を終え、俺は彼女の意思を、王女ではなくひとりの女性としての意思を尊重することにした。
エレノアを視界の中心にとらえ、ただ無言でうなずく。
「……」
「エアルトさま……っ。私の誓いを受け入れてくださるのですね……っ。」
「ああ。だが、その選択のリスクは分かっているんだろうな?」
「ええ、理解していますわ。でも、エアルトさまのものになれないのであれば、誰のものにもなりたくありませんの」
そう語るエレノアの瞳からは強い意志が伝わってくる。
彼女が全て理解しての決断というのなら俺からはもう何も言えることはない。
しかし、俺たちはなにか大きな勘違いをしているような……。
「でも今日だけは……」
その思考もすぐにエレノアの言葉によってさえぎられた。
王女はただでさえ広いドレスの胸元をさらにはだけさせる。
現れた白くて柔らかなふたつの大きな丘が俺の視界をつかんで離さない。
「エレノア、何やって……」
彼女は俺の手を取ると、おっぱいに押し当てて言う。
「今日だけは私はエアルトさまのものだと確かめさせてくださりませんか?」
「仰せのままに」
俺はそう言って、王女エレノアに甘いキスをした。
王城の中庭の隅の一画。
俺たち以外には誰もいない立体迷路のなかで、ただ水の音と嬌声だけが響いた。
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