レクチャー
ば、馬鹿な――!?
魔法耐性がまるで無視されたかのような結果。
かつてない戦慄に、オレは思わず後方へ飛んで女から距離を取っていた。
魔法使いに対する定石とは真逆の行動だが、そうするより他になかったのだ。
「あなたがたは魔法に対する防御力に自信を持っているようですが――龍を狩れる者にとっては、意味を持ちませんよ?」
龍を狩る――だと?
その似姿たるオレたち竜人にとってすら、龍は災害クラスの魔物だ。
それを……獣のように狩るというのか?
冷たい汗が頬を流れ落ちていく。
「テ、ッメエェェ……今ナニしやがったァッ!?」
「ヴァン……!?」
不機嫌な足音が隣に並びかけてくる。
見たところ傷は負っていない。どうやら大きく飛ばされただけで済んだようだ。
素直に喜ばしいが――不自然でもあった。
この体の、龍鱗の魔法耐性を破れるほどの魔法ならば、そのまま命に届いていてもおかしくなかったはず。
いや、そもそもヴァンの龍鱗は傷ついていない。
耐性を貫かれたはずなのに、なぜだ……?
「あなたがたの魔法耐性は、原理的には魔法を無力化する付与魔法がかかっているようなもの――」
「あァッ!?」
「ヴァン、熱くなるな……!」
反射的に諫めたが、この状況で飛びかかっていくほどヴァンは愚かではなかった。
「同様かつ格上の付与魔法がかけられた魔法を受ければ、どうなるでしょうか?」
「……魔法耐性を無効化された上で魔法を喰らうことになる、か?」
「技術的にはそういうことですね。単純に、耐性を上回る出力の魔法をぶつけても破れますが」
オレたちがこれまで障壁を容易く壊し、砦を破壊できたのは、単に魔法耐性があったからではなく、それが対象より格上だったからというわけだ。
だが、そんな話は元の世界でも聞いたことがなかった。
オレたちは魔法を使えない。それ故に魔法についての知識は多くないわけだが、元の世界の魔法使いたちもそんな技術は持ち得ていなかった。
こちらの世界でもこれまで使われたことがなかったことから見ても、容易い芸当ではあるまい――。
「ところで、回復力に自信はお有りですか?」
「……――ッ!!」
女の周囲に、無数の氷槍が出現した。
見た目は、脅威になど感じない程度の初級魔法。
だが、あれらにも魔法耐性を無効化する効果が付与されているとしたら……?
いくら龍鱗による防御力が高くとも、龍のそれの強度にはほど遠い。
まともに喰らえば到底無事では済まないだろう。
「せっかくの機会です、防御技術も見せていただきましょうか――」
女の合図で、氷の槍が放たれた。
オレに向けて2本、ヴァンにも2本。
無効化できないならば、通常の武器と同じ――少し大きい矢とでも考えて対処すればいい。
だが、向かってくるのが2本だけならば、今のうちに確かめるべきだろう。
女の周囲で控える氷槍にも注意を向けつつ、1本を最小限の動きで躱し、もう1本の槍は腕に掠らせた。
ガリリッと鱗が音を立て、同時に伝わってきた衝撃の大きさから耐性が無視されていることを知る。
放つ前に2本――4本のみに付与したのか、それとも?
「2人とも確かめましたか。己を過信して突進するだけの猪ではなく、何よりです」
「馬鹿にしてンのかッ!?」
「いえ、賢明な判断だと褒めたつもりですよ」
待機中の槍から4本ずつが向かってきた。
接触までコンマ5秒ほどの時間があり、しかも直線軌道。
問題なく躱し切るが、その直後に今度は――8本。
「舐めやがって――……ッ」
捌ききった後にヴァンが反撃に出ようとするが、それを察知したかのようにヴァンに多数の槍が殺到した。
その全てがほぼ正面からであり回避は容易いが、前方空間を埋められたために、大きく動いて回避せざるを得ない。
機先を制され、接近が叶わなかったところに、次なる氷槍群が襲いかかってくる――おそらくは16本。
「ぐッ……!」
氷槍が耳元を掠めていく際の擦過音に肝が冷える。
次――おそらく32本の槍が弧を描き、オレたちを取り囲むように全方位から襲いかかってきた。
幾本か躱し切れずに直撃されてしまう。
だが、無効化こそできなかったが、一本一本の威力は見た目通り初級レベル。
龍鱗を貫く強度もなく、殴られた程度の痛みだった。
あと半分か。
待機中の槍は半減している。倍して放てば次で弾切れ。
「――ヴァン、今度はオレが行くぞ」
「チッ……ったよ、任せたぜ」
――次の斉射時、被弾覚悟で反撃に出る。
そう決意したとき、女の周囲に残っている全ての槍が動き出した。
全方向からの攻撃は避けづらいが、面積当たりの弾幕は薄い。
正面が最も濃いが、それでも10発程度なら耐え切る自信があった。
「……なにっ!?」
だが……反撃は実行できず、その場で氷槍を凌ぐしかなかった。
「ヤロォ……涼しい顔で……」
女が表情ひとつ変えずに同じだけの槍を創出したのだ。
槍を放った後、オレが動き出すまでのわずかな時間で。
こうなると、消耗戦か……?
オレたちの体力や耐久力が尽きるか、女の魔力が尽きるかの勝負――いや、違う。
心のどこかが確信を持ってそれを否定する。
最初から勝負になどなっていない。戦いになっていないのだ。
「大人しく去りますか? それとも蛮勇を振るって討ち死にされますか? 私はどちらでも構いませんよ」
「敵を見逃すだと? 何考えてやがんだ、テメエ……」
「最初に言ったはずです。あなたたちを追い払うのが命令だと」
「完全に遊ばれているな……」
女はオレたちを殺そうと思えば、いつでも殺せるのだ。
ギリギリッと歯が擦れる音が響く。
それを出しているのはオレか、ヴァンか――。
いつぶりだ、こんな屈辱は。
いや、実戦ではかつて感じたことがない。
訓練で先人に叩きのめされたとき以来――そして、あの女にとってこの対峙はその程度の認識でしかなかったということだ。
「ヴァン――」
「……ここは、退くしかねェな」
オレとヴァンは撤退の意志を固める。
敵前逃亡は死にも勝る恥だ。
しかし同時に、何も遺せない場面では命を懸けるな――とも教わっている。
そう、ここは命をチップにしてまで戦う盤面ではない。
「軍団長クラスは同じことができるかもしれません、戦うことがあればお気をつけて」
「……どういう意味だ」
「ただの助言です。あと、私は普段はここにはいないので、リベンジに来られても相手はできません。悪しからず――」
そう言い残し、女は無数の氷槍と共に忽然と姿を消した。
隠密スキルなどで見えなくなったたのではなく、おそらくは転移によってこの場から移動したのだろう。
ヴァンが拳を地面に叩きつけた。
「クソがァ! なんなんだ、あの女はッ……!」
「……さて、な。だが命令されたという話が本当なら、魔族軍の主力にはあの女より上がいるということだ」
27度目――オレたちは異世界に来て初めて敗北した。
* * *
「ひとりで出ていって、なんで戦ってるかな……」
そこは話し合おうよ。平和的に。
「立場上、必要な行動を取ったまでです」
魔族の将軍の副官という立場ではなく、人族側という意味で。
リーンは竜人の戦い方を聞いたときに危うさを感じたという。
魔法に対して無防備・無警戒すぎる、と。
「彼らがあのままで、例えばサンドラとぶつかっていれば、負けていた可能性がありますからね」
「うむ。竜化といっても、体の強度そのものは亜龍以下じゃろう。上級魔法はもちろん、耐性を抜かれれば中級魔法でも危ういはずじゃ」
「ほう……レクチャーしてあげたのか」
それはわかるが、授業料がけっこうな量のプライドというのはちょっとお高いだろう。
死と引き替えになるよりはずいぶんマシだが。
「サンドラとかいう将軍みたいに、虐めたくて戦ったわけじゃなかっんだな」
「サンドラ将軍が気になるのでしたら紹介しますよ? アカシ様の回復力は彼女と実に相性が良さそうですし――」
「いやいやいや、いじめっ子はもう間に合ってるから。というか、できればその将軍には一生お会いしたくない」
「それはフラグではないかのぅ?」
そんなエイヴの言葉は聞かないふりをした。




