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リーンと竜人と


 アカシ様は相変わらず、士官学校でスキルを覚えつつ、敵集団に微少ダメージを与える攻撃と呼べない攻撃方法を模索しているようだ。

 それは歴史上、無意味だとして破棄されてきたに違いない作戦や攻撃なので、もしかしたら何か見つかるかもしれない。

 しかし、攻撃そのものをアカシ様が実行しなければならないという制限があるため、唐辛子攻撃以上に効果的な策はそうそうないだろう。

 死霊の声のような、あるいは超音波のような、打楽器の低周波のような、空気を媒介とした不可視の攻撃がいくつか思い浮かぶ程度だ。

 ――アカシ様のことなので、斜め下方向から攻めてくるかもしれないが。


 エイヴ様は協力者を見つけたようで、より積極的に動いている。

 その協力者は異世界人らしく、悪巧みのお披露目に合わせて紹介してくれるとのことだ。

 彼らの素性を話すことを避けていることから、その異世界人が持つ技術や知識などがエイヴ様の悪巧みの実現に深く関わっているのだろう。


 私は1週間に2度、3時間程度の訓練に顔を出している。

 サンドラがいなくなり、風当たりが強くなるかとも思ったがそれほどではなかった。

 嫌がらせを何度か無視しているうちに、関わらない方がいい人間として認識されたようだ。

 現状こちらでの人間関係は必要としていないので、その方がいいだろう。

 残りの5日は西大陸の調査に使っている――まあ割合的にはこちらが本筋だし、軍への潜入もその一環なのだが。


 パーティーとしての活動は、購入した屋敷に家財道具を入れたり、使用人を雇ったり。

 客室用の部屋を含め20室ほどあるので手が回っていないが、それは人が増えてからでいいだろう。

 あと、これはどちらかというと個人の活動に入るが、屋敷の地下を少しずつ改装している。今後は魔具を製作する予定だ。

 攻撃系はあまり気が進まないが、防御系はいくらあってもいいはずだ。


 と、ここしばらくのことを反芻しながら、いつものように資料を読んでいたのだが――。


「さて……どちら様でしょうかね」


 影が伸び、日差しが色づき始めた頃、私は本を閉じて立ち上がる。

 訓練が終了するまでここにいるようにしているのだが――……どうやらお客さんが来たようだ。


 サンドラが中央へ戻ってからは常に砦周辺をかなり広範囲にわたって探知していたが……街道とはまったく別方向に2つの反応が引っかかった。

 一般人ではない。隠密系のスキルを使用している形跡がある。


 襲撃の情報が回ってきてからは、この砦でも常時誰かが周囲を警戒している。

 だが、これは一般兵の魔法では探知できないレベルだろう。このままでは見張りが目視するまで近づかれてしまう。

 放置するならそれでも構わないが、私自身が迎撃に出るならこの砦の兵に察知されていない今のうちだろう。


「私が滞在しているわずかな時間に来るとは思いませんでしたね……」


 まったく、間がいいのやら悪いのやら――。


 * * *


「――見えたな」

「オウ」


 目標の砦の姿が、丘の上に霞んで見えている。


「とりあえずァ、ここでラストだ。派手にいこうぜ?」


 ヴァンの顔に好戦的な笑みが浮かんだ。

 腕にはすでに竜化の兆しが見えている。


 まったく……。


 逸る相棒少し呆れるものの、止める気はない。

 むしろ煽りにかかる。


「ならば、砦を完全に破壊しようか――」

「へッ、面白ェじゃねェかッ!」


 戦意の昂揚に呼応するかのように、オレたちの体はビキビキと音を立てて戦闘用のそれへと変じていく。

 牙が生える感覚と共に顔が骨格レベルで変化し、全身の筋肉が二回りほど膨張した後、張り詰めた皮膚を鱗が纏っていく。


 竜化状態においては、あらゆる能力が人間形態の3倍以上に跳ね上がる。

 耐久力に至ってはまさに桁違いに上昇し、同時に高い魔法耐性を得られるために中級クラスの魔法攻撃はほぼ受け付けなくなる。


「――行こうか」


 一瞬視線を交わし、オレたちは同時に駆け出した。


 竜化により体は巨大化しているものの、スピードは落ちない。むしろ上がる。この速力が竜人と龍との最大の相違点だろう。

 砦は1キロ以上先にあるが、1分とかかるまい――。


「ヴァン……!」

「誰かいやがるな……!」


 が、走り出してすぐに、オレたちは足を止めることになった。

 この1年半で見慣れた軍服を着た女が、オレたちの行く手を塞いだからだ。


 スピードを緩めず突進すれば轢き殺すこともできたが、それはオレたちの流儀ではない。


「――その姿、どうやら本物のようですね」


 オレたちが巻き上げた土埃の中から、透明で冷たい声が流れてきた。


 まさか、オレたちの動きを察知したのか?


 オレが警戒を濃くした数瞬後、風が埃を払う。


「――――」


 心身共に戦闘態勢にあるというのに。

 ほんの一瞬だが間違いなく――オレもヴァンも女に見惚れてしまった。


 それほどまでに女は美しかった。


 花や鳥のような愛でるべき美しさではない。

 星の輝きの如き不変――求めても決して近づくことが叶わぬ玲瓏なる美。


「女……オレらが何者だかわかってて、そこに立ってやがンのか?」


 我を取り戻したのは、ヴァンの方が早かった。


 そうだ。

 オレたちの前に立った以上は、美しかろうが醜かろうが関係ない。

 ただの、一個の敵に過ぎない。


「軍事拠点を破壊している竜人の2人組――でしょう?」

「ハッ、だったら話は早ェな……そこ、どけよ?」


 獰猛な笑みを浮かべ、ヴァンが一歩、踏み込む。


「逃げるのなら追わねェ。が、オレらの前を塞ぐなら容赦しねェぜ?」


 戦意なき者は去れ――それが戦場の掟だ。

 戦う気がない者を相手にする趣味はオレたちにはない。


「――どうぞ、そこで回れ右をしてお引き取り下さい」

「ああン?」


 金髪を靡かせる女は、想像の斜め上を行く返答を――オレたちへの撤退勧告を返してきた。


「あなたがたを追い払うようにと――そう、命令、されていますので」


「ハッ! 戦うってならオレァ構わねェがよ、ひとりたァ舐められたモンだぜ……!」

「油断するな、ヴァン。その女、魔具を持っていないぞ」


 魔族軍の兵ならば腰に装備しているはずの魔具がない。

 そして、銀糸の装飾が施された軍服は、それなりの階級にいる証拠だ。


 個人で出てきたのも、味方を巻き込むほどの魔法を使えるから、とも考えられる。


 ――いや、それは考え過ぎか?


 強力な魔法を使えるなら、走ってくるオレたちへ向けて撃てば済む話だ。


「おい、ゼル。こいつァオレの獲物だ。手ェ出すなよ?」


 戦の誉れは一対一だ。

 相手が多勢でも一向に構わないが、その逆はあり得ない。


「仕方ない、先に行っているぞ」


 女と一戦交えようとするヴァンに若干の羨望を覚えつつ、オレは向かい合う両者の脇を――。


「――なるほど、そういう気質ですか」


 駆け抜けられなかった。

 他ならぬ銀眼の女がオレの行く手を遮ったために。


「女ァッ! 浮気は勘弁だぜェッ!?」


 横合いから飛び込んできたヴァンが、女に向けて拳を振るった。


「……ッ」


 しかし、ヴァンの拳は女には届かない。

 女の瞳と同じ輝きを放つ光壁によって、防がれたために。


「硬ぇな……防御特化ってワケかい? ――面白ェッ! この障壁、テメエの自信と体ごとぶっつぶしてやんよォッ!」


 ヴァンは拳を振り上げ、障壁に叩きつける。

 地が揺れるほどの強さで踏み込み、殴りつける。


 だが、女の障壁は微動だにしない。


「アァッ!? 上等じゃねえかァァッ!!」


 ヴァンは一点を撃ち続ける。


 にわかに信じがたい光景だ。


 竜化したオレたちの体には、魔法に対する耐性がある。

 魔法を無効化できる特性、といってもいいかもしれない。

 素手限定ではあるが、これは攻撃時にも同様に効果を発揮する。


 付与魔法がかけられた砦を破壊できるのもそのためだし、障壁などの防御魔法に対しても滅法強い。

 魔法による障壁はオレたちに対して、ガラス壁と変わらない程度の強度しか持ち得ないのだ。


 なのに、女の障壁はいつまで経っても砕けない。


「それが全力ですか?」

「――ざっけんなァァァァッ!!」


 荒れた野原に怒声が轟き、ヴァンの攻撃はさらに勢いを増した。


「……素手ではこんなところですか」


 ふと女が漏らした言葉に、嫌な動悸を感じた。


 都合何十発目かの突きが――ついに女の障壁を打ち砕く。


「オオオォォォーーッ!!」


 銀色の破片が舞う中、ヴァンが吠える。


「――些か無防備ではありませんか?」


 女の言葉は、咆哮するヴァンへと向けられたものだ。


「ヴァンッ、避けろッ!」

「――ガハッ!?」


 爆音が木霊したかと思うと、ヴァンの体が浮き、叫んだオレを掠めて後方へと吹き飛んでいった。


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