襲撃者
相手軍を眠らせ、機能不全に陥らせる睡技は完成した。
赤い雨はまだ試してはいないが、赤い風のようにアリアとの共同作業なら問題なく実行可能のはずだ。
ただ、これらの攻撃はネタが割れれば対処が容易い。
なんせ相手は魔法使いばかりだ。
身の危険を感じたら、身を守ると決めたなら、障壁を張るだろう。
自分と外界を切り離すかのようなその防御方法を、唐辛子攻撃は突破できない。
まあ……それは唐辛子攻撃に限らないのだが。
試しにアリアに張ってもらった障壁は何をどうやっても壊せなかった。
赤龍のナイフによる突撃でさえも、だ。
アリアが俺から受け取って使える魔力と、アリアの魔法技術が合わさって生まれた結果ではある。
一般兵の障壁はそこまで強くはないはずだ。
それでも、車の衝突程度の衝撃ならば防いでしまうだろう。
これは、障壁を張られると俺は手詰まりになってしまう、ということを意味している。
弾切れしたガトリングガンと変わらない無力さだ。
しかし――相手が防御を固めるのであれば、それは十分な戦果と考えられる。
魔具は便利だが、ノーマルな武器と同様の弱点が存在する。
基本的に使用者が魔具に触れている必要があること。それと予め定められた動作しかしない、できないことだ。
近接戦を想定した仕様か、小型化の際に犠牲になったのかまではわからないが、魔銃による魔法の発動位置は、銃口の前方空間と決まっている。
だから、己を守る障壁を張れば、相手は魔銃を介した攻撃ができなくなる。
一種の欠陥だが、無詠唱で中級魔法を連打するのであれば、それくらいのリスクはあって然るべきだと俺は断言しておく。
このことから。
高高度や長距離からの先制攻撃により一部を眠らせ、相手に障壁を張らせれば――魔銃の斉射を防ぐ状況を作ることができる。
「ひとつ目処は立ったかな」
敵軍全てを眠らせて捕縛してしまうのが理想で、その頂きを目指したいものだが……。
* * *
各地に×印のつけられた西大陸の地図が、サンドラの執務机の上に広げられていた。
「――竜人族ですか?」
「ええ。2人組のね」
魔族軍が駐留している砦や魔具の研究施設などに、わずか2人で突撃を仕掛けてくるという。
地図上の×印は、彼らに襲われた砦の場所を示している。
1年半前に確認された最初の襲撃から数えて――計26箇所。
それは同時に、魔族軍が彼らを取り逃した数でもある。
襲撃の目的は、装備や食糧など、物資の焼き討ちだそうだ。
本当の狙いは別にあるのかもしれないが、人的被害より物的損害を優先しているという。
「――捜索などはしているのですか?」
「もちろんよ。軍に関連する施設には手配書が回っているわ。ええと、確かこの辺に……」
出てきた紙に描かれていたのは、なるほど、竜人族と呼ぶにふさわしい姿の男2人だ。
ちなみに、竜人族という種族はこの世界には存在しないそうだ。共通点の多いゾネ様の世界にもいなかった。
「でも見つからないのよね――」
時期的に、この竜人2人は魔族の大陸に降り立ったという異世界人の可能性が高い。
考えてやっているのか結果的にそうなっているのかは知らないが……現状、必要な役を演じてくれているから、私としては文句はない。
いずれ接触するにしても、今のところは無事でやっているようだし、とりあえず放置でよさそうだ。
「獣人族の獣化スキルのように、これは龍化した姿なのでは?」
描かれている竜人の姿は、魔物のリザードマンに近い。
顔の造詣は爬虫類系のそれであり、肌は鱗に覆われていて、角や尻尾もある。唯一最大の違いは、背中の翼だ。
「私もそう思うわ。普段の姿が人族に近かったりしたら、外見からの捜索はお手上げだものねぇ」
人里から離れて行動していることも考えられる。
わずか2人で魔族軍に喧嘩を売っているような者たちだから、潜伏生活を苦にするような性格には思えない。
けれど、やはり人に紛れて動いていると考える方が自然だろう。
「彼らの戦闘スタイルはどのようなものなのですか?」
「龍が小型化したようなものみたいね」
攻撃は基本手足で行うが、その威力は凄まじく、人を爆散させ、付与魔法で強化されている砦の壁を一撃で崩すほど。
ブレスも使うようだが、それもどちらかというと単体攻撃用だという。
高い身体能力を用いた地上での動きも並みではない上、龍と同じく翼と飛翔魔法を駆使して空を駆けることもできる。
そして、特筆すべきは――。
「龍と同じで、中級クラスの魔法がほとんど効かないそうよ」
「……それは彼らの襲撃に対して、有効な反撃ができていないということですか?」
「ええ。情報が回ってからは無闇に近づかなくなって、人的被害は減ったみたいだけどね」
中級魔法が効かない。
魔族の天敵といったところか。
だが……。
「そろそろこの辺りに来るんじゃないかと思うのよねぇ」
「それで、この街に滞在を?」
この街は第6軍団の管轄地域なので、その長たるサンドラがいてもおかしくはないのだが、ここが国の中央から近いかというとそうでもない。
「ふふ、ふふふっ。そう、そうなのよ。この子たち、とても活きが良さそうでしょう?」
「……それはどのような意味で、です?」
愉しそうなサンドラに呆れつつも一応聞いておく。
「戦闘も夜も、どっちも――よ」
予想通りの答えであった。
ただ、サンドラはそこで溜息をつく。
とてもとても残念そうに。
「……でも中央から呼び出し喰らっちゃったのよねぇ」
「それはご愁傷さまです」
というか、立場的には中央にいないと色々と回らないのではないかと思うのだが……。
「そんなわけで、視察は切り上げるわ」
「……ついていった方がいいのですか?」
「まさか。ついてこいなんて言ったら、あなたやめちゃうでしょう?」
「ええ」
首都にもいずれ行きたいが、24時間所在を明らかにしておく必要があるような立場では活動できない。
「ここにいてくれていいわよ。だから、私がいない間に2人が来たら頼んだわよ?」
「私がいないことも多いでしょうが……来たら、適当に追っ払えばいいのですか? 私としては、上司の楽しみに手を出すつもりはありませんので」
「……そうね、私的にはそれがいいかもしれないわね?」
「では、そういうことで承りましょう」
* * *
「なーんかよォ、飽きてきちまったなァ……」
「そう言うなよ、ヴァン」
「でもよォ、噛み合わなすぎてつまらねェだろ……」
ここ数ヶ月、相棒の愚痴が増えてきている。
ああ、それも仕方のない話だろう。
最初の数回は緊張感があったものだが、相手の攻撃が魔法のみだと知れてからは作業に近くなってしまった。
「でかい戦があるって聞いて来てみりゃ、飛び道具の撃ち合いときたもんだ。しかも兵士は女ばっかりだぜ? 強ェ弱ェ以前の問題だろォよ」
「そこは正直、想定外ではあったな……」
行く手に立ち塞がるのであれば、老若男女関係ない。
親であろうと恋人であろうと叩き潰すのみだ。
が、女子供が相手では気が乗らないことには同意する。オレたちを傷つける攻撃を相手が持っていない、というのもそれに拍車をかける。
オレたちは戦いに来たのだ。
殺しに来たのではない。
「いっそのこと中央をやっちまうかァ?」
「よせ。それこそ噛み合わない」
国の中央には強力な魔法の使い手がいるだろう。
そう、『強力な魔法』の使い手が。
有象無象を一緒くたに吹き飛ばす成龍のブレスに匹敵する、敵軍を完全に殲滅するための魔法。
それに、駆け引きはない。
あるとすれば、使用するか使用しないかという点のみ――。
つまらないことこの上ない。
「――……次を終えたら、少し気分を変えてみるか」
「大賛成だが、どうすンだ?」
「いったん大陸を移らないか?」
「それもアリか……こっちの大陸じゃ、女もロクに抱けねェしな」
数日後――オレたちは次の攻撃目標へと迫っていた。
そこでオレたちの前に立ち塞がったのは、恐ろしく美しい女だった。




