死霊の呼び声
「地下室から不気味な声や音……ですか」
「えーっとなぁ……」
スーツっぽい服装ながら、冒険者上がりだとはっきりわかる厳つい顔の担当が紙をめくった。
「板を張ったり、地下室に物を詰め込んだりしてみたものの、改善せず。だとよ」
「……なるほど」
「伯爵当人はさほど気にしてなかったらしいんだが、家族や使用人が不気味がって住めなくなったららしいぜ」
「音が聞こえる時間帯は?」
「夜が一番酷いが、一日中だとさ」
「ふむ……」
一日中となると、士官学校とは無関係なのか?
さすがに夜までドンパチはしてないだろうし……。
とりあえず、その現象を見てみたいというか、聞いてみたいな。
「えーと、相手の希望額とかは?」
「今は2000万だな。曰く付きだし、こんなもんじゃねえか?」
「じゃあ仮に――家を買って、その現象を解決したとして……相手方から何か言ってくることは?」
「んー……そりゃねえんじゃねえか? この募集が始まったのが1年前だし、もう別の家に住んでるみてーだし……建てた金だけでも回収したいのが本音だろよ。ほれ」
資料を見せてもらう。
「――この手の家はほっとくとどんどん尾ひれやらなんやらがついて、誰も買わなくなんだよなぁ」
「幽霊屋敷はそうやってできあがる、と……」
家の近くにもあったな、俺が生まれる前から無人だったというヤクザ御殿が……。
持ち主が抗争で死んだらしく、億越えの金額も手伝って買い手がつかないまま30年――。
最終的には取り潰されて更地になり、家が2軒建った。
「……どんな感じ?」
と、手紙を送る手続きを終えたレオノーレがやってきた。
「なんだなんだ、新居にすんのか? いいねえ、若いモンはよぉ」
「……なっ!?」
おっさん係員の揶揄するような視線と言葉を受けたレオノーレが固まった。
少女らしい反応……なのだと思う。
俺は平常運転。草食系にその手のからかいは基本的に通用しない。
「まさか。ちょっと、パーティーの人数を増やそうと思ってまして……」
「ほお。ホームにってことか」
「それで、中を見てみたいんですが――」
追加料金でベツィング伯爵に連絡を取ってもらうことになった。
* * *
3日後――。
俺はベツィング伯爵の元邸宅へと足を運んでいた。
今回はリーンとエイヴも一緒だ。
「ようこそおいでくださいました」
門の前で迎えてくれたのは、ベツィング伯爵家の使用人。
優雅な雰囲気のある、使用人一同を取り仕切っていそうな初老の女性だ。
「皆さまを案内するようにと仰せつかっております。どうぞお入り下さい――」
屋敷の中へと足を踏み入れる。
『オオオオォォォッ……』
「お、おおぅ……っ」
聞こえる。入ったばかりなのにすでに聞こえる。
「怨霊の悲鳴のような音じゃな」
「このような音が続くのであれば、気が休まりませんね――アカシ様には関係のないことでしょうが」
そうだな、寝さえすればこれくらい音は気にならない。
っていうか、リーンだって音のシャットアウトくらい簡単にできるだろっ。
と、他者がいなければ言っていただろう。
「夜に聞きますと殊更不気味で……地下室へご案内すればよろしいのでしょうか?」
「お願いします」
女中頭さんの案内で、地下室へと向かう。
近づくほどに、声は大きく、はっきりしていく。
「これはひどい……」
地下へ続く階段に辿り着いたときには、できれば耳を塞いでいたくなるほどになっていた。
死霊がオーケストラでもやってるんじゃないのかと思うくらいだ。
「建てたときからこのような状態なのですか?」
「わたくし、この家に入るのは久しぶりでございますが……以前はこれほど酷くは……」
使用人の鑑のような鉄面皮をわずかに引きつらせている。
昼でこれだ、夜だと一体……。
「この現象は最初から起きていたのでしょうか?」
「そうでございます」
「建築業者は何と言っていたのでしょう」
「原因はわからない、と。もちろん改善するよう努力していただきましたが、結局はこの有様で……」
建築の失敗か、設計の問題か、はたまた立地が原因なのか。
「地下を埋めてしまうことも考えたのですが、そこまでは踏み切れませんで……」
「この家が建つ以前、この土地には何が?」
「ただの丘だったと聞いておりますが……」
この家はそのなだらかな丘の頂上に建てられている。
丘の上の家なんて、よくある話だ。崖の上に建てる人だっているわけだし。
その後、地下室に下りてみた。
音の発生源だけあって、そこはもはや地獄の様相を呈していた。
荷は全て運び出され、すっからかんのがらんどうの空間だというのに、死の舞踏が行われているかのような錯覚すら覚えたほどだ。
長居はしたくないし、できなくて、俺は1階へすぐに戻った。
「あれは……いくらなんでも自然現象じゃないよな……」
地下からの怪音と聞いて、いくつかは連想してきた。
下水やら地下鉄なんかはない世界ながら、地下には空洞や水脈というものが存在している。
空気や水の流れが壁越しや床下に存在して、それが音を作り出しているのではないかと……。
けれど、ここのはそういったモノではない気がする。
声を聞いていると、本当に怖気が走るのだ。
死の呪文を大合唱されているような気さえする。
「遮音系の法具を用いたこともあるのですが、効果がありませんで……」
それはどういうことだろうか。
法具がしょぼかったとか、屋敷そのものが音を発してしまっているとか。
それとも――この声は、音ではない、とか。
そんなことを考えていると、リーンとエイヴも戻ってきた。
「どうだった?」
「おそらく、ですが……そのものの声でしょうね」
「そのものって……怨霊とか死霊とかってこと?」
「うむ。これまで見てきた幽霊屋敷とは違う、モノホンじゃな」
正真正銘の幽霊屋敷ってことか。屋内には出てないけど……いるのか。
「それ故に、対処は可能だと思われます」
「ほほう……じゃあ、買ってもいいのか?」
「お買い得な物件でしょうね」
「お主の通学にもよさそうじゃしな」
2人は賛成か。
専門知識がいるような土木建築系トラブルでないなら、2人なら解決できるだろうしな。
んじゃ、決めちゃっていいか。
「買います!」
「――それはようございました」
購入手続きを進めてもらい、現金一括払いで購入した。
その間、ベツィング伯爵には一度も会わなかった。
……まあ、忙しいだろうしな。トラブルがなくて何よりだ。




