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月の女神


「ここか……って……でかいな」

『ん、大きいね』


 依頼者の家は、お屋敷だった。

 受付の態度からなんとなく察してはいたが……地元の名士という感じだろう。


「……で、やっぱり俺が行かなきゃだめなわけ?」

「当然です。リーダーはアカシ様なのですから」

「……妾では信用されんじゃろ」


 エイヴの言うことはわかる。本人が気にしているのであえては触れないが。


 リーンの言は問題だ。一見すると正しい。が、ちょっと考えると正しくない。

 相手方は女性中心のパーティーを希望しているんだから、リーンをリーダーにしておいた方がいいに決まっているのだ。

 それを突っ込むと、嘘はよくありませんとか、どの口が言う感が半端ない答えが返ってきた。


「ま……門前払いされたらそのときはそのときってことで」


 そう、僕は悪くないというマイナス思考でいこう。


 守衛さんに話しかけ、依頼を受けてきた旨を伝え、紹介状も手渡す。


 最初はちょっと不審な目を向けられたが、そこはAランクの印籠パワー。

 事なきを得た上、丁重な態度で迎えられることとなった。

 ……ただし、男の俺の印籠に効果はなく、リーンとエイヴのカードのみ効果があった。


 * * *


「当主を呼んで参ります。今しばらくお待ち下さいませ――」


 執事さんに案内された応接室にて、しばし待機となった。


 座り心地のよさそうなソファに腰を下ろす、と寝てしまいそうなので何気なく窓の傍へ移動する。


「……ん?」


 庭で、誰かが剣を振っていた。


「この家の娘さんでしょうか」


 ――娘? あ、ホントだ。


 庭で剣の鍛錬をしているのは、俺と同じ年頃の女の子だった。

 勘違いの要因は、汗を散らしている金色の髪だ。動いていてわかりづらいが、耳を隠す程度の長さしかない。ボブカットといった感じだろうが。

 あと背も高くて、俺と同じくらいはある。


「なかなか筋は良さそうじゃの」

「ええ。才能はアカシ様よりありそうですね」

「……そうだな」


 少女の剣は、<神器適性>がある俺と同じくらい鋭い。

 つまり俺の素の実力はお察しということだな。


「女も普通に戦う世界なのかねー?」

「戦争のないこの国では、やはり珍しいのでは?」

「街でも女の冒険者は見なかったのぅ」


 などと話しつつ、ずっと見ているのも失礼かと考えて窓から離れた。


 そこで、几帳面な感じのノックがあった。


「――当主をお連れしました」


 執事さんが開けたドアから、屋敷の主らしき人物が入ってきた。


 50歳くらいで、白髪が交じる髪をオールバックにしている。あの少女の父親だけあって体格はよく、190くらい。

 厳しそうな顔立ちの上に眼光鋭く、口元も横一文字に結ばれている。シュライエンさんなんかと話した経験がなければ、その立ち姿を見ただけで頭を5センチくらい後方へ引いていたかもしれない。


「――よく来てくれた」


 しかも、まず俺にギロッと睨みをくれた。やはり俺は不要物らしい。


「私はコンラット・ブラウナー。この街で採掘業を営んでいる者だ」


 型どおりの自己紹介の後、詳しい話をすることになった。


「君たちは3人パーティーかな?」

「――いえ、アリアを入れて4人です。アリアは冒険者登録してはいませんが」

「失礼。しかし、お若い。その年ですでにAランクとは――……」


 コンラットさんは苦虫を噛み潰したような、微妙に嫌そうな表情を浮かべている。


「実力に不安がおありですか?」

「いや。ご承知のように、Bランク以上は昇格試験がある。若いからと実力を疑っているわけではないのだ。気を悪くされたのなら謝ろう」


「いえ。それで、ご依頼の話ですが……」


「依頼は、娘の護衛だよ」


 女好き、男嫌いに加えてもうひとつ、男親の配慮というのがあったか。


「庭で鍛錬している方ですか?」


「お恥ずかしいところを見せてしまったようだ」

「そんなことはないと思いますけど……」

「冒険者として生きている君たちにとっては、そうなのかもしれんな」


 コンラットさんが、窓に目を向けた。釣られて俺もそっちを見る。

 角度的に娘さんの姿は見えないが、コンラットさんの目には娘さんが映っているの姿だろう。


「小さな頃から活発的な娘で、兄たちや近所の男の子たちと庭でよく遊んでいた。自然、武芸にも興味を――」


 決定的だったのは、兄や近所のお兄さん的な人が士官学校へ行ってしまったことのようだ。

 寂しい以上に、自分もそこへ行くという気になっている。


「士官学校でも軍でも、女の立場は低いでしょう? 行ってもろくな目には遭わない。口酸っぱく言ってきたのですが――」


 聞く耳を持たず、体を鍛え剣を振り馬に乗り――そして、士官学校へ入れる年となってしまった。

 ……ちなみに、この世界では学校の入学は1月らしい。今は10月。王都にある士官学校に入るなら、そろそろ上京してもいい頃合いだろう。


「では、娘さんは軍に?」

「いや。最初はそうだったのだが……3に、4人は、<アルテミス>をご存知かな?」


 俺たちは顔を見合わせる。

 アルテミス――月の女神として有名な名だが……。


「いえ……」

「1年ほど前、大陸の西方で立ち上げられた構成員が女性のみの騎士団だよ。娘がひどく憧れてしまっていてね」

「では、その<アルテミス>に入るのが――」

「そういうことになるね」


「――依頼の本筋とはあまり関係がないのですが、その騎士団についてもう少し詳しくお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 と、リーンが口にした。


「やはり興味が沸くかね?」

「ええ――とても」


 リーンの微笑が少し黒い気がするが、俺も興味がある。


 この世界にはネットはおろか、テレビすら存在しない。

 国は魔具などにより同等の速度の伝達が可能かもしれないが、一般大衆の情報取得手段は井戸端会議。

 酒場やら道ばたで、どこどこでこんなことがありました、ということが話題に上りそれが広がっていく。


 いわゆる噂というヤツだ。

 噂が広がる速度はもはや亜音速であり馬鹿にはできないが……それでも大陸の西側で立ち上げられて、わずか1年でそこまで名が広がるものなのか。

 どこかの国が滅びた、くらいのインパクトがないとそうはならないだろう。


 * * *


 わたしは後方の仲間に向けて合図を送り、立ち止まった。

 探知スキルに魔物が引っかかったのだ。


「いた?」

「――はい。2時方向、400メートル。おそらく亜龍種ですね」


 隣にいる団長に報告を行う。


「りゅ、龍……!?」


 後ろをついてきていた13名の団員に、緊張と怯えが走る。

 彼女たちは古参の団員たちがスカウトしてきた将来有望な人材だが、まだまだ経験は少ない。

 もっとも……戦闘経験については、わたしも彼女たちと大差ないかもしれない。何しろわたしがこうして最前線に立つようになって、まだ1年と少しなのだ。

 しかも直接魔物と戦った経験はほぼ皆無と来ている。

 だから経験というより、状況に対する慣れがあるかどうかが、わたしと彼女たちの反応の差だ。


「了解」


 一歩前へ出る団長は普段通りだ。


 そう、亜龍種など団長の敵ではない。

 わたしたちにとっての一角兎と同じ――一方的に狩れる獲物に過ぎないのだ。


 ひとつに束ねられた美しい黒髪が、団長の顔の動きに釣られて跳ねた。


 視線を遮る数メートルの岩山が無数にあり、視界は悪い。けれど――。


「捕捉したわ」


 団長の曇りのない黒瞳は、幾重にも連なる障害物を貫いて敵の生命反応を捉えた。

 一方向に限定するなら、団長の索敵範囲はわたしを遙かに上回る。


 1キロ先にいるネズミすら『視える』というから驚きだ。

 そして、それは団長の攻撃に必須のスキル――。


「……ま、まさか……本当にここから……?」


 わたしは静かにするようにと、口の前で人差し指を立てた。

 団長はこれくらいで集中を乱されたりはしないけど、繊細なコントロールが要求される遠距離攻撃の範疇に入る距離ではあるのだ。


 団長は標的に対して半身の姿勢を取り、足を肩幅に開いた。

 左腕をまっすぐ前へ突き出し、右腕は胸の前へ。


 弓を撃つときの構えだ。


 けれど、団長は今、何も持っていない。

 それが現れるのはこれからだ。


「――っ……」


 静かに、前触れなく、団長は光の弓矢を握っていた。


 気高く凛々しく、神々しささえ感じるその立ち姿に――胸が熱くなり、陶酔の溜息が漏れる。


 団長に出会わせてくれた偶然と、長距離・広範囲の探知スキルを有していた幸運に、わたしは心から感謝していた。

 そのおかげで、わたしはこうして常に団長の隣にいられるのだから――。


 淀みなく引かれた光の弦が、音もなく矢を放った。


「きゃっ……!?」

「――ああっ……!?」


 解き放たれた矢は眩い光条となって、大地を駆けた。

 岩山を貫通し、どこまでも一直線に――。


「目標――消失」


 わたしの探知範囲から、亜龍の生命反応が消えた。

 数秒後、大地が小さく揺れたのは亜龍が倒れた衝撃だろう。


 新団員たちが歓声を上げる。


 残心を解いた団長が、小さく微笑んだ。


「――さ、進みましょ。レインファ、お願いね」

「はい」


 火山が噴煙を高く上げているのが遠くに見える。

 空は灰で覆われていて昼間でも薄暗く、そのためか大地に植物の姿はない。

 火山活動が活発なために緯度にしては温かいが、それ以外は酷い環境だ。


 転移によってやってきたために、新団員の何人が本当の意味でそれを意識しているかはわからない。

 けれどここは、わたしたちが今いるのは――強力な魔物が蔓延る北極大陸の一角だ。


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