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気配ナシ


「う~~ん……」


 むくりと半身を起こして、条件づけされているかのように反射的な伸びをする。


「ふぅ」


 新世界での初めての朝だ。

 いつものように快適に眠ることができ――……。


「――はっ!?」


 いかんっ。


「妖精さん、妖精さん、いる?」

『ん、どうしたの主?』


 赤い妖精さんはベッドの端っこにいた。

 リーンから借りた本を読んでいたようだ。


「ごめん、名前、まだ決まってない……」

『名前決めるの、むずかしい?』

「んー……そうだね。似合う名前をって思うんだけど、なかなか思いつかなくてさ……」


 名前を決めるのがこんなに厄介だとは思わなかった。


 日本なら漢字に色々意味があるが、今は使えない。

 外国だと偉人の名前そのままだったり……マリアとかね。


「思いつかないのではなく、決められないだけなのでは?」

「ぐぬ……」

「おはようございます。新しい世界の目覚めはいかがですか、優柔不断様?」


『ゆうじゅうふだん?』


「申し訳ありません、つい間違えてしまいました」

「いやいやいや、申し訳なく思ってないし、ついでもないし、間違ったわけでもないだろ?」

「このところ神と接する機会が多かったので、そのときの癖で本音がそのまま出ただけです」


『主、ゆうじゅうふだんって……なに?』

「ぐずぐずして、物事の決断が鈍いことです」

『主、ぐずぐず?』


 うぐ……心に何かが突き刺さってくるぞ。


『でも、むずかしいことを決めるのには、時間がかかるよ?』


「そ、そうそう、その通りだぞ。大事なことや判断が難しいことをあっさりと決めちゃうのはよろしくない。あっさり決められないからこそ大事で難しいんだからなっ」


「味方が増えて何よりですね、アカシ様」

『ん、わたしは主の味方。リーンは、ちがう?』

「違いませんよ。ただし――外部からの敵に関しては、の話ですが」


「なんだその、味方だけど自分は好きに弄るぞ宣言は……」


 ふと、何か声や反応が足りないことに気づいて、エイヴのベッドへ目を向ける。まだ寝ていた。


「あれ、早寝早起きのエイヴが俺より遅いなんて珍しいな」

「昨夜は少し夜更かしをしていらしたようです」


「……よからぬ企み関係で?」

「そのようです」


 * * *


 エッケ――というのが俺たちの辿り着いた街の名だった。


 主な産業は銀の採掘と加工のようで、街の至る所に銀細工の工房があった。


 気の利く男なら買ってプレゼントするんだろうなーと思いつつ、通り過ぎた。

 無駄遣いはいかん、というのもあるし――単に手持ちがないだけであったりもある。


「――やはり、妙ですね」


 歩いていると、リーンがそんなことを口にした。


「妙……?」

「魔法の気配がしません」

「うむ」

『ん。わたしも感じないよ?』


「えっと……それって、変なのか?」

「これくらいの街なら、集中すれば街中の魔力の動きを感じられるのですが――」


 リーンの話だと、この街では昨晩からほとんど魔法が使われていないという。

 ゾネの世界の街だと、それはもう多くの生活魔法が利用されていたらしい。明かりに火に、その他、様々な仕事にと――活発に。まこと羨ましい話である。


「ううぅぅん……どういうこと?」

「民間に魔法の情報が開示されていないのかもしれませんし、攻撃魔法のみが広がり街での使用が禁じられているのかもしれません」


「ふむ……」


 そこらへんも要チェックか。


 ということで、目的地である冒険者ギルドに到着した。


 * * *


「オイオイ、ここはガキんちょどもが来る場所じゃあねえぜ?」


 入るやいなや、人相の悪い男にいきなり絡まれた。

 お約束の展開……っていうか、酒臭いぞ、このおっさん……。

 左手に酒瓶持ってるし。


「アカシ様」

「えーと……このカードが目に入らぬかっ!」


 Aランクと記されたカードを赤ら顔に突きつけてやる。


「――アァン? 知るかよボケっ!」


 バシッと手をはたかれてしまった。


『主……っ』

「平気平気」


 けど、Aランクの威光が通じない、だと?

 ――まあカードを見てすらいなかったけど。このおっさん、朝っぱらから酔っぱらいすぎだろ。


「……えーっと……」


 揉め事はいやなので、ギルド職員がいる奥のカウンターへ目を向けてみる。


 シッシッされた。


 どういうこと、このおっさんの言い分が正しいとでもいうのか?

 ああそういえば、ゾネの世界では冒険者は13歳以上だったな。エイヴも女神フィンスターからカードもらってたけど……。


「アァ? オイッ? 出てけっつったのが聞こえなかったのかよォ? アァ、そっちの姉ちゃんは置いてってくれてもいいぜェ?」


「……リーン、電撃はどうした?」


 ぼそっと聞いてみる。


「絡まれてるのはアカシ様ですし」


 最初はリーン目当てではなかったからな……。


「酔っぱらって婦女子に絡むとは言語道断。アカさん、リーさん、懲らしめてあげなさいっ!」


 と言ったのはエイヴである。

 まあいいか、面倒くさい人は気持ちよく眠らせてあげよう。


「えいっ」


 必殺のすね蹴り……だけど、俺は優しいので、ちょんっとぶつけるくらいの力で。


「――っ……?」


 ごとんっ。

 おっさんの尻が垂直落下して床に激突した。

 そのまま胡座を掻いて、ぐーすかといびきを立て始める。


「――おや、眠ってしまったようですね? お酒の飲み過ぎでしょうか?」

「そのようじゃな」

『ようじゃー』


 睡眠を与える格闘術。

 睡拳と名付けよう。習えばみんな幸せになれそうだ。


 ――ちなみに、受付はAランクのカードを見せると露骨に対応が変わった。

 怪しい男が刑事局長の弟だと知った刑事たちに匹敵する急変ぶりだった。


 * * *


「――どうしてそうなった……?」

「どうしてでしょうね。様々な事象が積み重なってのことだとは思うのですが……」

「人族の戦力が低い理由に得心はいったが、訳がわからんのぅ」


 ギルドの資料で大雑把に情報を収集したのだが、3人して首を傾げていた。


『ん、わからん』


 妖精さんまでも同意する不測の事態だ。


 その主な原因は、人族と魔族の違い。


 文字通りと言えるかもしれないが、魔族は魔法を使う存在のことを指しているらしいのだ。


 だからそう――この大陸にいる人族は、魔法を使えない。


 魔力がないわけではない。

 魔法そのものが、魔族が使う邪法として忌み嫌われ、国もその使用を禁じている。


 魔法を使っているところを見られたら通報され、逮捕され、牢獄行きだ。

 捕まるだけならまだマシで、拷問を受けた上に火炙りやらなんやらで処刑されることも国によってはあるとかなんとか。


 中世の魔女狩りを彷彿とさせるような状況だ。とはいえ、ひとりの証言、ひとつの団体の証言でどうかなるほど理不尽ではないようだ。

 魔法のようなスキルも多くあるし、動力源に魔力を用いるという点において両者は厳密には区別できないからだ。


 それと、回復系の魔法だけは神聖術という名で使用され、研究が行われているらしい。


「人族はスキルオンリーで戦う、と。悪いとは言わないけど、どうなんだろうな?」

「スキルの研究はゾネ様の世界より進んでいるようでしたね」

「うむ。希少スキルも覚え方が公開されておったしな」


 ただし、公開されているだけで誰にでもできるわけではない。


 <縮地>を覚えるときにリーンの魔法で補助してもらったように、希少スキルの多くは魔具の補助を用いて習得するようなのだ。

 ――同様の効果があれば魔法でも同じように習得が可能のはずだが。


「戦力的にはどうでしょうね。一般兵がレベル100程度ということですか――」

「バトルロイヤルで戦った闘士くらいかな?」

「おそらくは。彼らも希少スキルのいくつかは持っていたと思いますし、最大の攻撃力はさほど違わないでしょう」


 人族側の最大威力はシュライエンさんくらいを想定しておくべきか。

 ……あれ、龍とかでもなければ、まともに喰らったらグチャってなるからな。

 あそこまでいかなくても、当たりさえすれば、攻撃力は問題ないはず。当たれば。


「むしろ問題は防御面でしょうね」

「戦は遠距離からの撃ち合いで始まるのが常じゃからな」


 戦国時代なんかは矢の撃ち合いからかな。

 日本だと、開戦の合図も鏑矢だったはずだし……。


「弓系のスキルもあるでしょうが、やはり開戦直後は魔法優位でしょう」

「1体1ならともかく、軍ってことになると避けようもないしな……」


 固まっているとやられるぞ、という感じ。


「で、魔族の使う魔法はどんなもんだろうな」

「魔族の情報は少なかったので正確なところはわかりませんが――」


 魔法を使う魔大陸の住人――誇張ではなく、これくらいの情報しかなかった。

 これは東端の国という地理が影響しているのかもしれない。接触が多い西側へ行けば、情報は増えていくはずだ。


「魔族の使用する魔法はゾネ様の世界のレベルと大差ないかと思います」

「へえ」


 俺は闘技場の速さ優先といった感じの魔法しか見ていない。

 真の意味でゾネの世界の魔法の実力を知らないのだ。


「上級魔法に手が届いていたら、レベル150では済まないでしょう」

「ああ、それは確かにそうかも」


 リーンやエイヴのレベル1000とまではいかないだろうが……。


「あくまで一般兵の話で、階級が上の者は上級魔法まで使えるかもしれません」

「――使い手のレベルにもよるが、最低限、戦闘機の爆撃に相当する破壊力じゃ」

「やばいな……」


「上級魔法が飛んでくるようだと、スキルのみの人族は厳しい戦いを強いられることでしょうね」

「このままの戦力でぶつかると、そうなるんじゃろうな……」


「くぅ……やっぱり魔法は万能だと言うのか……スキルで魔法に勝つにはどうすれば……」

「さてのう」

「前途多難――といったところですね」


『多難ー多難ー』


 妖精さんにほっこりしてしまうが、現実は言葉通りである。


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