歩きながらの戦略会議
「魔族にどう対抗していくか――詳細は情報収集の後に決めるとして、行動方針くらいは定めておいた方がいいかもしれませんね」
「そうじゃのう。時間はあるようでない――」
魔族の侵攻が始まるのは、およそ2年後だ。
戦闘民族来襲よりは時間があるが、相手は軍隊。
少数が修業して強くなってもあまり意味はない。リーンやエイヴクラスに育てばその限りではないが……。
「まずは、そのとき――どこにいるかを決めておかねばならないでしょう。大雑把に言うと、最前線かそうでないか、ですね」
魔族と戦うために、戦端が開かれるその場にいる必要は必ずしもない。
魔族側が勝てば、兵站を整えながら東へ東へと侵攻してくるはず。どこにいてもいずれぶつかるだろう。
「東端を選んだ以上は――後者、ですか?」
「理想は魔族を東大陸に上陸させないことだけど、それをするためにはいくらなんでも時間がなさすぎる。リーンやエイヴが本気で戦えば、できないことでもないのかもしれないけど――」
「アカシ様が命令されるのなら、実現させてご覧にいれましょう」
「……そう命令するのが正しいのかもしれないな。けど……何か筋違いな気がするんだよ」
例えるなら……。
「詰めろをかけられた将棋盤を、観戦者がひっくり返して勝負を流す――みたいな」
「――わからんでもないのぅ」
そうだ。エイヴたちは似たような状況を味わっているはず。
「1000年前――エイヴはどう思ったんだ? もう一息だったんだろ?」
天使の圧政を終わらせるために悪魔は立ち上がった。
天使の王を始め、多くの天使を討ち、完全勝利まであと一歩のところまで迫っていた。
が、そこに女神の要請を受けた英雄が現れ、争いを止めた。
結果、生き残った天使は天界へと消え、悪魔は1000年もの長い間、封印されることになってしまった。
「英雄が現れたときには、大勢はすでに決しておったからな」
降伏か、全滅か――最終勧告をしていたところのようだ。
「妾も他の皆も、殺生は好まぬ。英雄の提案に乗れば天使の圧政に幕が下りるというのであれば、悪魔としてはそれで構わなかったのじゃ」
「大人だねぇ……」
「はっはっは、もっと褒めるが良いぞっ」
「……大人って褒め言葉なんだっけ?」
『エイヴ、小さいよ?』
「ぐぎーっ、お主には言われたくはないぞっ! この手乗り使い魔めっ!」
「大人げないなぁ……」
「ごふんっ。ともかくじゃ、悪魔はちゃぶ台返しされたとは言えん。魔族がどう思うかはわからぬよ」
「魔族が一方的に侵略を仕掛けるというのなら、魔族の心情を斟酌する必要はないでしょうが――……」
「そのへんは調べておく必要はあるな」
どちらが正しいとか、どちらがきっかけを作ったとか……それらを判断することこそおこがましいが、それでも争いの背景は知るべきことではあるはずだ。
「話を戻しましょう。戦争の勃発時には、最前線にいない――ということでよろしいですか?」
「ああ。でも2人が行きたいやりたいって思ったら、いつでも言ってくれ。止める気はないから」
「その気になれば、海上で止めればよいじゃろ。……――むっ!」
「どうした、エイヴ?」
「ちょっと思いついたことがあっての」
「なんだ?」
「いや、気にしなくてよいぞ。個人的な願望じゃからな」
「いやいや、言ってくれていいというか、むしろ言ってほしいんだけど……?」
「いやいやいや、だめじゃっ、まだ秘密じゃっ!」
「えー……」
『エイヴ、子供……』
「うるさいっ、何と言われようと今は話さぬぞっ! 話せるときになったら、いやっ、実現したときに話すのじゃっ!」
「よいのでは。良からぬことを企んでいるだけでしょう?」
良からぬ企みをすることを良しとするとか……やっぱり黒いな。
「なに、心配するでない、マイナスにはならんはずじゃっ」
「いいけどね」
「エイヴ様の企みはさておき、話を続けましょう。最前線は他の異世界人の方にお任せして、私たちは後方で牙を研ぐということでよろしいですか?」
「ああ」
迷いはあるが、今はそう判断する。
「次は最大かつ最難関の問題です。反抗のための、牙を作る具体的な方法ですね」
もちろん情報を集めてからでないと確たるプロセスを構築するのは不可能だ。
しかし、この眠たくなる難問を解く筋道くらいは、早いとこ考え出さなくてはならない。
「私の手持ちの金貨は軍資金として全て提供しますので――それも考慮に入れてください」
金貨1万枚――10億……ジートか。
日本の物価に換算すると、100億円。
大金だ。目が眩むような黄金の国だ。
しかし、それで自前で軍隊を作れるかと問われると、よくわからない。
100億なんて、地球の軍隊に不可欠な戦闘機1台分ほどの値段でしかないのだ。
戦車なら10台くらい買えそうだし、爆弾などに至っては100以上と買えてしまうだろうけど……。
人がそのまま兵器級の破壊力を有する世界なので、人件費だけ考慮すればいいかもしれない。
人件費――ゾネの世界では、命がけの仕事でも報酬はさほどではなかった。
というか、現代日本人の感覚からするとすごく安い。落下すれば死の鉄柱の橋を渡って1千万円が天国かと思えるほどに。
地球でも日々の糧を得るのに命がけの地域がまだあるし、日本にもそんな時代があったはずだ。
だから、それは単に、人口と食糧のバランスを保つための自然の摂理なのだろう。
「人を雇って自分の軍を作るか、どこかの国の軍に入って上を目指すか……だけど、まあ軍入隊は無理筋かな」
リーンやエイヴならあっという間に上の方に行くかもしれないが……俺はそんな京都駅ビル大階段駆け上がり大会みたいな真似は不可能だ。
上り詰める前に干される自信もある。
「そうですね。アカシ様が士官など――ふふっ、想像もつきませんね」
「いや、想像したから笑ったんだろ?」
「門番など似合いそうじゃが――」
「おーい……」
門番で始まって門番で終わりそうではあるが、言わぬが華というもんだろうに。
「将軍や騎士団長になったところで、軍そのものをどうこうはできんじゃろ」
「――まあ、ね」
「既存の組織の限界といったところでしょうか。実態がどうであれ、国や軍に所属するのは私もおすすめしません」
「じゃあ、自分で作るしかない、かー……」
「それが基本路線じゃな」
「えーと、なんだ、有能な人を見つけてスカウトしてけばいいのか?」
「大雑把に言うと、そうでしょうね」
「スカウティングは楽しそうだけど、戦争に駆り出すわけだしな……」
俺やリーンやエイヴは割とどんな状況になっても死なないだろうが、他の人はそうもいかない。
戦闘に出れば、必ず誰かが死ぬ。
軍を率いるのであれば、そこは割り切るしかないのだが――……。
「ふむ――先達たる妾から、お主に助言を送ろう」
エイヴの真剣な声音に思わず立ち止まってしまう。
「良いか、アカシよ。先頭に立つ者が背負うべきは部下の命ではなく、旗印じゃ……!」
「旗印……?」
「うむ。旗印の下に人は集う。その旗の下にて命を懸けようと自らの意志で馳せ参じるのじゃ。こちらから誘おうと、それは変わらぬ――」
「そうだな……」
目的を、旗印を隠して勧誘するつもりなどない。
ならその人は奮起して、覚悟して、旗下に入ってくれているはずなのだ。
「道半ばで散る命はあろう。それを嘆き、悲しむのはよい。じゃが、旗を掲げる者はそこで立ち止まってはいかん。旗を降ろしてはいかんのじゃ」
エイヴが胸の前で拳を握る。
「旗の下に散っていった命は無駄だったと余人に笑わせぬためにも、なんとしてでも目的地に辿り着いて旗を立てること――それがお主の背負うべき責任の全てじゃよ」
「……トップは難しいなぁ」
「犠牲を許容したくないという甘さはお主の、お主らの良いところではあるがのぅ」
「私たちが直接戦うとあれなので、エイヴ様と私が防御と回復役に回りましょう。そうすれば、犠牲は最小で済むはずです」
「そうじゃな。お主には優秀な供がすでに2人おる」
『主、わたしもいるよ?』
「うん、妖精さんもいるもんなっ」
ひとりでやれることなんてたかが知れてる――ただし、俺に限る。
「何よりもっ! 妾に必殺の策あり、じゃっ!」
「いや、必殺されても……」
「言葉の綾じゃっ、うまくいけばお主の懸念も解消できるやもしれぬっ! 期待して待っておるが良いぞっ!」
そんなに期待ができる策なら、すっごく聞きたいんだけど……まあいいか。
幸い、夕方ごろに街に辿り着いて、宿も無事に取ることができた。
* * *
「妖精さんの名前も決めないとなー……」
どんなのがいいかな。
俺とリーンとエイヴは3文字ずつだから、3文字にしたいな――……。
あれやこれやと考えているうちに、眠りの中へ落ちていってしまった。
* * *
「どうやら、アカシ様は寝たようですね……」
頬を突っついても、足蹴にしてみても、アカシ様の体に影響を与えることはできない。
<絶対睡眠>は、この世界でも問題なく発動しているようだ。
それは同時に、この場でどんなことを話そうが、アカシ様の耳には入らないということでもある。
「精霊様は起きていますか?」
『――ん』
妖精のような姿をした赤い精霊が、アカシ様の胸の上に顕現した。
「上級精霊のように見えますが――間違いありませんか?」
『ん、合ってると思うよ』
世界のあらゆるところに存在している精霊は、ほとんど意志を持たない。
しかし高位の精霊は人と変わらない自我や意志を持っており、言葉を交わすことも可能だ。
「それはやはり、誕生して間もないということでしょうか」
『ん。わたしは主のために生まれたから』
「なら、フィンスター様からはアカシ様のことを?」
『守るようにって、お願いされてるよ?』
「――わかりました」
アカシ様は文字通り殺しても死なないが、封じることは実は難しくない。
早い話、柱に縛りつけでもすれば自力脱出は不可能だ。
眠らせなければ、気絶させなければ――拷問だってできる。
そうなったらそうなったで高い貸しを作れるから歓迎しなくもないが、避けた方がいい事態であることに違いはない。
「アカシ様はあれでなかなかの変人です、見捨てないであげてくださいね」
『ん、主は変な人っぽいけど相性はいいと思うよ』
「では、頼りにさせてもらいます。昼に話していた図鑑は要りますか?」
『見せて見せて』
「では、これとこれを――」
翻訳スキルは持っていそうだが、持っていなかったとしても問題なさそうな写真が多く載った本を何冊か渡した。
『リーン、ありがとー』
精霊様が図鑑を読み始める。アカシ様の上で。
「――リーン」
今日に限って、眠るのを我慢していたエイヴ様が話しかけてくる。
「なんでしょう、エイヴ様」
「指輪を貸してもらいたいのじゃが……」
「私にも秘密というわけですか」
「うむ……」
「構いませんよ。私も楽しみにしていましょう」
私は今夜自分が読む分の本を取り出してから、英雄様の部屋が入っている魔具をエイヴ様に返却した。




