使い魔さん登場
『ちょっとちょっと、3人ともっ! 身分証を渡し忘れてたわっ!』
視界が切り替わった後すぐに女神の声が聞こえてきた。
……干渉しないとかいう話はどうなった?
『えーっと、3人とも冒険者カードでいいわよね? 世界のどこでも通用すると思うから』
「はあ、じゃあそれで……」
頷くと、手元に見覚えがある感じのカードが現れた。
『ゾネの世界でも使っていたみたいだから、説明は省くけど――』
「まあ……大丈夫かな?」
記載されている情報は少し違うものの、大きな違いはないようだ。
『3人ともAランクにしておいたから、色々と便利に使えると思うわ。それじゃあ、本当にこれで……ええと、うん、大丈夫よね……』
確かめるような呟きを残しながら声が消えていった。
「……ふぅ……」
「…………」
「むぅ……」
俺たちはカードをそれぞれポケットにしまった。
「何はともあれ新世界、か……」
気を引き締めないといけないな。
このフィンスターの世界は、ゾネの世界のように気楽な旅を、とはいかないはずだから。
「……で、ここは自殺の名所か何かか?」
爪先が意図せず蹴飛ばした小石がころころと崖を転げて、白く泡立った海へと落下する。
俺たちがいるのはタイトル概要が異様に長い2時間サスペンスでよく出てくるような断崖絶壁だった。
「思わず飛び降りちゃいそうなんだけど……嫌がらせか何かかな?」
砂漠のど真ん中に放置された経験が蘇る。
「まさか。文字通り大陸の東端なのでは?」
「海じゃからのう」
「ま、悪くない眺めではあるな」
化学物質による海洋汚染など欠片も存在していない真っ青な海が、真上からの陽光に照らされキラキラ輝いている。
人族と魔族の争いなどちっぽけなもんだとでも言いたげな美しい景色だ。
――遠くは、の話だが。
足下を意識すれば、気持ちはちょっと穏やかではなくなる。
一定のリズムで押し寄せる波が、長い年月で削られた岩肌を容赦なく打ち据えるという実にサディスティックな光景が広がっているからだ。
それに寄せたり返したりする波をじーっと見ていると、落下感が生まれるというか、吸い寄せられる感覚が……。
「いかんいかん、とりあえずここは離れて、近くの街に行こう」
「そうですね。話をするのに向いた場所でもありませんから」
なんてことを言うリーンの声は波音にも負けず風にも負けず普通に聞こえているのだが。
魔法で雑音を打ち消しているのかもしれない。無駄にすごいな。
「ところで――……肩の上に使い魔がいるのには気づいていますか?」
「え? あっ、そうだそうだ、使い魔が――って、肩の上っ!?」
左右の肩を見る。が、何もいない。見えない。
「姿を消している状態じゃな。頼んだら、実体化してくれるのではないかの?」
「え、えーっと……じゃあ、俺にも見えるようになってくれるとありがたいんだけど――」
と言ってみると、右肩の上に赤い何かが現れた。
「お、おおおお……」
唸ってみるがよく見えないので、手のひらの上に移動してもらった。
それができることからおわかりのように、使い魔はとても小さかった。手のひらの上にちょこんと座っている状態で、10センチはない。
立ってもせいぜい15センチくらいか。重さは感じない、というか重さという概念がなさそうな感じだ。
姿は、蝶のような羽根を持つ可愛らしい女の子。
そして、俺の要望通りの容貌、瞳も髪も羽根も深紅だった。肌は白いけど、両腕には複雑な赤い紋様がある。
「よ、よろしく……!」
『ん、よろしくね。主』
女の子がぺこりと頭を下げた。しかも言葉まで返ってきた。
か、可愛いじゃないかっ。俺にも春が来たっ。
ちょっと女神万歳な気分だぞ。
「――見た目は妖精ですね」
「ほおぅ……」
悪戯好きとされるあれか。うん、でもこのコになら悪戯されてもいいな。
睡眠を邪魔されない能力があるから、何をされても怒らない自信がある。
「なあ……ま、魔法使ってもらっていいのかな?」
「私に聞かれましても……」
「お主から十分な量の魔力を得ているようじゃから、問題ないじゃろ」
「じゃ、じゃあじゃあっ、水平線に向かって、なんか炎系の魔法をっ!」
『ん、わかった』
妖精さんは立ち上がると、ひらりと反転。小さな手を海に向ける。
『こんな感じで、いい?』
闘技場で見た感じの火の玉が生まれ、ぼんっと勢いよく飛んでいった。
「ひゃっはーっ!」
「アカシ様……」
「はしゃぎすぎじゃろ……」
「魔法を自由自在天衣無縫に使える魔法万能説の申し子たちにこの気持ちはわかるまいっ!」
地べたを這いずる魔力ゼロの芋虫が自由に宙を舞う蝶に変体したが如く、だ。
ああ、かつてこれほど幸福感を感じたことがあっただろうかっ。
……でも、こんな可愛いコに殺生はしてほしくないな。
まあ精霊魔法は、こういうふうに精霊に魔法を使ってもらっているっぽいから今さらなんだけど。
「そうだっ、妖精さんの名前を考えないとなっ!」
「そのあたりの発想はさすが日本人、といったところじゃな」
「え? 普通だと思うけど……あ、もしかしてもう名前とかある?」
『ないよ。好きに呼んでいいよ』
首を傾ける妖精さん。
「じゃあ、考えとくなっ……!」
何がいいかな。うーん……。
「そろそろ出発しませんか?」
「うむ、まずは街に行って宿を確保せねばな」
そんなわけで始まりの岬――前哨戦として勝手に命名――を後にする。
* * *
「どうせならアカシの世界に行ってみたかったのう」
「同感です」
「……俺が生きてた痕跡消されてるんだけどね」
『主、いないことになっちゃったの?』
「そうなんだよ。転移者が多いから、失踪だとか神隠しとか、そんな判断されないようにだろうな」
なんてことを話しつつ、西へ向かって歩いていた。
海岸沿いを行ってもよかったのだが、道に行き当たるのはたぶんこっちの方が早いだろう。
微妙に行き当たりばったりでのんびりな行動だが、初めての土地を歩くのは新鮮でいい。
「植生などに違和感はありませんね」
「うむ、まるで知らぬ世界ではあるが――アカシ、地球と比べてどうなのじゃ?」
「自然の景色という意味では、そんなには違わないな。葉っぱの形はぜんぜん違ったりするけど……」
それは地球でも体験できる話だ。
例えば日本の森と熱帯地域のジャングルはまったく別物。前情報なしに迷い込めば別世界に来たとさえ思ってしまうだろう。
「確かに地球の、日本の植物とはまったく異なっているようですね。もちろん図鑑を見た限り、なのですが」
「地球の、ってことは?」
「妾には馴染みのある植物が並んでおるよ」
「それって、やっぱり……?」
「ええ。まだおそらくとしか言えませんが、ゾネ様とフィンスター様の世界は共通点が多くある、ということでしょう」
「多くっていうか……99パーセント、か?」
「クラスやレベルの概念で、すでに違いは見えていますが――全ての要素を総合するとそうなるかもしれません」
「こちらの世界の方が複雑、といった印象じゃな」
「そうだろうなー。ゾネの世界はこの世界のバッタもんってことだし……」
『ん、ばった、もん?』
「偽物とか粗悪品とか……そんな感じの意味。世界に対して使っていい言葉じゃないけどさ……」
ゾネの世界とフィンスターの世界。別にどちらが上とか下とかではない。
要素が多く複雑な世界の住人が、単純な世界の住人より強大な存在になれるかというと、必ずしもそうではないだろう。
現にリーンやエイヴがいるし、2人ほどではないにしても天使と悪魔は強いはずだし。
「……そういえば、言葉についての話が出なかったもんな」
「違う言語体系であるなら、私たちにもアカシ様のように翻訳系のスキルを、という話になっていたでしょうね」
言葉を通じるようにするスキルとなれば、いらないとは言いづらいだろう。
いや……日本語をすでにマスターしているリーンだから、新言語の習得はまったく苦にしないかもしれない。むしろ、嬉々として挑むまでありそうだな。
それから少し進み、潮風をあまり感じなくなったところで左右に伸びた道が見つかった。
「さて、右か左か……」
どちらを向いてもまだ街は見えない。
人目につかないよう、街からそれなりの距離があるところに飛ばされたようだ。
「どちらでも構いませんよ」
「そんじゃあ……ほいっ、と」
枝を探しても見つからなかったので、代わりに赤龍のナイフを放り投げた。
ざくっ。
地面に刺さった。倒れない。
「……おいぃぃぃっ!?」
『主、何がしたかったの?』
妖精さんが、きょとんとしている。うぅ、恥ずい……。
「相変わらず、思慮深いのかそうでないのかさっぱりですね」
「鞘ごと投げたらよかろうに」
やり直した。東を背にして右に――北に向かうことになった。




