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遅き旅立ち


「んで……察しはつくんですが、俺たちはこの世界で具体的には何をすれば?」

「人族側と魔族側の戦力を拮抗させてほしい……手段は――問わないわ」


 苦渋の決断、といった様子だった。


 戦力の拮抗状態を作るには、大きく分けて2つの方法がある。


 ひとつは人間側の戦力アップ。これが素直な選択だろう。

 ……どうやってやるかはさっぱりだけど。


 もうひとつは、魔族側の戦力ダウン。やり方としては単純だ。魔族の主力とか指導者をれっつびぎんぐざきりんぐたいむ。

 国は混乱するだろうし、人族と争う余裕もなくなるかもしれない。

 女神のやり過ぎ懸念やら渋面はこっちの選択肢を想定しているためだろう。


 魔族軍の平均レベルが150だとしても、リーンやエイヴにとっては塵芥と変わらない。つまりは俺もなわけだが。

 下手したら、魔族そのもののジェノサイドすら可能かもしれない。それはちょっとどうかと思うし、やってほしくないし、やりもしないだろうけど。


「……あなたにも期待できそうね、アカシくん」

「はい?」

「普通そこまで想像を広げられないものよ?」

「アカシ様が何を考えていたかは知りませんが、日本出身だから――と言えばフィンスター様にはご理解いただけるのでは?」

「そうなの?」

「はあ、一応……」


 やっぱり有名なのかと思いつつ、ついついその経緯など諸々を反芻してしまう。


「ゾネ……まあいいわ。同郷の子がひとり来ているから、機会があれば会ってみるといいかもしれないわね」

「……いるんだ、日本人」


 ピンチなら呼ばれていても不思議じゃないか。

 しかも、女神の加護をしっかり受けたというなら、ゾネの世界で1000年前に降臨した英雄と同格ってことだろ?

 あの、最初にいた砂漠を一撃でこしらえた英雄と……。


「英雄を希望したわけではないから、個人の力としてはそこまでではないわ」

「それもそうか……」


 この世界の人族に必要なのは、平均レベルを引き上げるための人材だ。

 優れた指導者や為政者、あるいは開発者。

 もちろん時間的猶予があればの話だが……1年半は保っているのだから、全面戦争までにはまだ時間があるのかもしれない。でないと困る。


「そこはまだ平気よ。余裕があるわけではないけど、そこまであと2年くらいはあるわ」


 長いんだか短いんだかさっぱりだ……いや、人族全体の底上げを目指すなら短すぎるか。


「次は、そうね、助けに来てもらった特典――欲しいスキルとかある?」

「私は辞退します。相手が神であろうと存在を弄られるのは好みません」

「妾もいらんぞ」

「えー……っと」


 この流れだと。


「じゃあ俺も……無しで?」

「アカシ様はもらっておいてもよいのでは」

「そうじゃぞ。くれると言っているのじゃ、遠慮するでない」

「自分たちは断っておいて、俺はもらうべきとか……よくわからん理論だな」


「いらないというのもわかるのだけど、あげないというわけにはいかないのよね」

「世界転移の規則、といったところですか?」

「ええ。神の要請での転移の場合、便宜を図らなくてはいけないのよ。生まれた世界を捨てさせるのだから」


 そういうものか。


「存在に触らないとなると……3人とも、武器か防具でいい?」

「自分で創れない武具となると、もう神器クラスです。もらっても使えないでしょう」

「むぅ、妾も大仰な武具を持った自分がいまいち想像できん……」


「あー……ぶった切って悪いんですけど、俺はどうせなら魔力が欲しいんですが」

「魔力?」

「ゼロなんで」

「内在量はかなりのものだけど……全てスキルに回ってるのね」

「う、やっぱりか……」

「上積みしてあげることはできるけど、たぶん意味がないわ」

「え……?」

「<自動回帰>――その常在型スキルに魔力を吸われてしまうだけよ。吸われた分、回帰の速度は上がるでしょうけど」

「……どんなに増えてもダメってことですか……?」

「ええ。残念だけど……魔法を使うのは難しいと思うわ」


「――ごふっ」


「アカシくんのは後にして、2人はお金を両替するというのはどう?」

「妥当なところですね。どうやら亜空間もついて来たようですし――お願いしましょう」

「妾もそれでよいぞ」


「その辺りに出してくれる?」


 リーンとエイヴが、それぞれの亜空間から金貨をだばだばと出した。


「リーン……」


 その山を見て、はっきりと呆れる。

 普通の金貨はいいのだが、プレミアつきの天使金貨がざっと1万枚くらい……。


「2枚しか持ってないとか言ってなかったか?」

「持ってきたのは金貨で、手持ちは2枚と言った記憶がありますが」


 ああはい、持ってきた数は明示していないですね。

 その黒さは今さらだった。


「妾は……入れた覚えのない量が入っておるのぅ」


 こちらも2~3000枚ほどがうずたかく。


「ゾネ様のサービスでは?」

「そうかもしれん。カジノから勝手に取り立てておらねばよいのじゃが……」


 それは心配だな。


 サービスという点では、どうやら俺も便宜を図られている。

 龍の頭の中に置きっぱなしになっているはずの赤龍のナイフがちゃんと腰にあるのだ。


 女神ゾネの評価に少し加点しておこう。

 でも闘技場でゲットした俺のお金はどこいったって感じなので、プラマイゼロだ。

 ん……もしかしてエイヴの増量分がそれか? まあ、ならいいか、マイナスで。


「こちらの通貨はジート。金貨はゾネの世界と同じ価値のはずよ」


 女神の合図によって、金色の山の輝きが少し変化した。

 こちらの世界の通貨になったのだろう。


「通貨が違うといっても金属としての価値は相当なものだし、これで対価とするのは不本意だけど……他に思い当たらないし……」

「構いませんよ。報酬という意味では、この異世界転移で十分です」


 異世界への興味……とはまた違った印象を受ける。


「本来において、わずかでも他世界への干渉が可能なのは神の座にいる者に限られます。他世界の神との対話、人材の派遣と受け入れ……せいぜいその程度のことですが」


 自分の世界に横槍を入れられては困るし、それを許すようでは神は名乗れないだろうな。


「そして、それ故に、他世界へと転移した者は両世界に影響を与えた存在として、ひとつ――世界のくびきから解き放たれます」


「……そうね。世界間を転移した者は、存在そのものが特異点となるわ」

「特異点?」

「特異点というのは、一個の存在として世界から独立していることを意味するわ。例えば、魔力のない世界でも魔力を使うことができる、というようにね」

「じゃあ、例えば俺が生まれた世界に戻ったとしたら?」

「ええ、元の世界へ戻っても、今の能力は持ったままよ――」


 それは幸か不幸か。

 使えなくなるのは寂しいが、使えるとなると社会不適合者化してしまうような気がするな……。

 いや、もともとそうだろという突っ込みに反論はできないが。


「そして、特異点となった者へ不利益を与えるような干渉は、神ですらできなくなる。当然よね。自分で受け入れておいて、不要になったから排除なんて、あり得ないもの」


「ああ……だから」


 俺は聞かれたのか。

 でもそれって、俺が了承したからというだけで、不要だからポイしたってことには違いないよな。いい意味でいうとリサイクルだけど。


「そういうわけで、私の報酬は世界転移で十分です。――自分にその機会が巡ってくるとは思いませんでしたが」

「お願いだから私の世界を壊さないでね」

「そのような剣呑な趣味はありません」


 そうだな、せいぜいおちょっくって混乱させるくらいだな。

 魔族の上層部に失態を演じさせて、内部混乱を引き起こさせたりとか……。


「お願いよ、本当に」

「フィンスター様、そこまで念を押す必要は……――アカシ様ですか?」

「いい、いやいやいや、俺は何も考えてないよ? 女神を不安にさせるようなことは断じて思ってないよ?」


「語るに落ちていますね……アカシ様の私に対する認識がよくわかりました」

「その認識が間違ってると、胸を張って言えるのか?」

「それもそうなのですけどね。ちょっとした悪戯が好きなことは認めますし……」


 その、ちょっとした、のせいで滅茶苦茶痛い目に遭ったんだよな……。

 リーンというより対戦相手が悪いんだが。


「さ、次はアカシくんへの対価ね。何か思いついた?」

「え……っと……うーん……」


 魔法が使えないとなると……スキル……スキルねえ?

 魔法みたいなスキルがあればいいな、火とか風を飛ばしたり……。


「どうしても魔法が使いたいというなら、使い魔をつけてあげましょうか?」

「使い魔……?」


 霊獣とかか。


「専属契約を結んでおけば、あなたの意志に応じて、魔法を使ってくれるわよ?」

「お、おお……!」

「――魔力の供給はどのように?」

「自動的に流れるようにしておけばいいわ。アカシくんの潜在魔力なら、常に召喚状態でも問題ないしね」


 実体化した使い魔が自身の存在の維持のために必要とする魔力、使い魔が魔法を使うために必要とする魔力。

 それらを足しても、自然回復量以下で収まるらしい。

 潜在的にというか――外部への出力できないものの、持っている魔力量だけなら天魔にも匹敵するレベルだとか。


「それでお願いしますっ」

「使い魔はどんな感じの子がいい?」

「どんなと言われても……赤いヤツ、とか?」


 そんなわけで、特典として使い魔をゲットすることになった。


「次は、転移先ね」

「あ、選べるんだ」


 テーブルの上に地球儀のような物体が現れた。


「この世界には、主要な大陸が4つあるわ」


 大陸はそれぞれ東西南北に位置している。

 北と南は極にあって、これは北極大陸・南極大陸といっていいだろう。


 東西の大陸は南北より大きい。


 全ての陸地が占める割合は3~4割くらいか。あとは海だ。

 世界には水が必要なのだろう。


「東の大陸には人族が、西の大陸には魔族が暮らしていて、南北の大陸の住人は主に魔獣よ」

「東西の大陸には、それぞれ人・魔族の国があるということでいいんですか?」

「ええ。魔族はひとつの国が大陸を治め、人族は10以上の国で大陸の覇を競っているわ」


 …………。


「あ、あのー……」

「言いたいことはわかるのだけど……そういう状況なのよ」


 ひとつの大陸の統合国家が、ひとつの大陸の群雄割拠の国々の総力を上回るとは必ずしも言えない。

 けど、大国に対して協力して事に当たれないようでは、簡単に食い破られてしまうだろう。まとまるのが遅ければ、蹂躙一直線だ。


 救いは、両大陸の間に広がる太平洋的な海。

 そう簡単には行き来できないし、大軍で攻め入るのも難しいように見える。


 それでも人族の大陸は攻められることになるようだが……。


「ちなみに、他の人たちはどこに?」

「大陸の西端が前線になるから、その辺りが多いわね。魔族の大陸を選んだ子たちもいたけれど……」


 敵の陣地の真っ直中とか……なんだその勇者は。というか戦闘狂か?

 いや、埋伏とか内応の計略をしたいのかもしれないが……。


「前線は西か……どうする?」

「アカシ様がお決めください」

「妾もアカシに一任するぞ」

「むう……」


 この2人はどこでもへっちゃらなんだろうな。


「あ、2人とも――っていうかリーンさ、別の世界に来たんだしもう従者じゃなくてよくないか?」

「最後までお伴させていただきますよ――少しばかり変な方の傍にいる方が、人生を楽しめるといいますから」


 言うっけ……?


「妾もまだ聞きたい話が山とあるぞ! 賭けの賞品もまだつこうておらんしのっ!」

「いや、それは使ったろ?」

「あれは別れを前提にしたサービスじゃ。別れておらんから、無効なのじゃっ!」


「いや……うん、いいけどね」


 どうやらこのパーティーは今の形で続行するようだ。


「それはともかく、転移先かー……」


 もちろん、東大陸のどこかがいいわけだが……。


「……となると、やっぱこのへんか」


 東大陸の東端。

 前線から最も遠い場所。


「さすがはアカシ様です」

「はっはっは、へたれよのぅ」

「うるへー。君子危うきに近寄らずって昔の偉い人が言ってるんだよっ」


 何をするにしても時間と距離が欲しい。

 さらに言うなら――。


 この東西の大陸はユーラシア大陸と米大陸のような関係のはず。

 つまり、2大陸を隔てる海は太平洋と大西洋のように2つあるわけだ。


 狭い方を渡ってくるのが合理的だが、だからといって遠い方から攻めてこないと言い切れるだろうか――?

 女神が前線は西端と言った以上、言い切れるんだが……。


「――ふたりも、ここでいいのね?」


「アカシ様がそう決めたのなら従うまでですし、元より文句はありませんので」

「こやつが前線に行くなどと言ったら、むしろ驚きじゃったぞ?」

「そうですね。いざとなれば、軍相手でも突っ込んで行きそうですが」

「ありそうじゃのう」


 ナイナイ。相手がひとりなら行くかもしれない程度だ。


 アッシュなら単騎無双も可能だろうが、俺はそういうタイプじゃない。

 そもそも<眠りあれ>自体が、相手がひとりのときに最大級の効果を発揮するのだから。


「なら、転移場所は大陸の東端、と。これから現地に向かってもらうことになるけど――以降、私からの接触は原則ない、と思ってくれていいわ」


 ふうん、地雷を仕掛けて放置ってことね。


「ちょっとちょっと、アカシくん! 人聞きが悪いにも程があるわよ?」


 なら、落とし穴を仕掛けて埋めない――とか?


「子供の悪戯レベルに下げられても困るんだけどね……」


「アカシ様は神が相手でもぶれないですね」

「いや、それ俺だけじゃないから」


 その筆頭が何を言っているんだか……。


「……まあいいわ。最後に聞いておきたいことはない?」


「……なんかある?」

「必要な情報は現地で仕入れます」

「うむ」


「ないそうです」

「あなたはないの?」

「うーん……」


 戦争に関わるにあたり、俺の<眠りあれ>は発動条件を満たせば神すら眠らせることができるのか――ちょっと試させてほしい気はする。

 神との謁見の機会なんて、もうないだろうし……。


「保証するわ。<絶対睡眠>は神ですら破れないし、<自動回帰>は神ですら妨害できない――それらはスキルというより、すでに神の権能に近しい能力よ」


「……どうもです」


 ちょっと恐縮して頭を下げた。


「では。アカシくん、リーンさん、エイヴさん。3人に多くの幸があらんことを――」


 こうして、俺たちは新たな大地に降り立った。




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