突然の訪問でした
到着したのは色取り取りの花が一面に咲き乱れる空間だった。
「いりゃっひゃぎっ!?」
「……噛んだ?」
「噛みましたね」
「噛んだのう」
この世界の女神らしき女性が唇を押さえて呻いている。
彼女がいるのは安楽イスの上。隣にあるテーブルの上にはティーセットにお菓子。
……午後ティーの時間だったらしい。
とすると、周囲の草花はハーブ類――ここはブリティッシュ風味なハーブ庭園なのかもしれない。
殺風景な白い空間よりはよっぽどいい。少なくとも寝心地はこっちの方がよさそうだ。
「こほん」
女神は咳払いして、イスから立ち上がった。
静謐な海を想起させる藍色の髪が、さらりと肩から流れ落ちる。
瞳はやはり金色だが、タレ目がちだった女神ゾネと違い、切れ長で涼やか。
太陽を冠する女神ゾネとは正反対……というのが外見から抱いた印象だった。
そう、あくまで外見の印象だけの話。
実態はどうも女神ゾネとさほど変わりないレベルのような気がする。
「私はゾネほど脳天気ではないつもりだけど……」
……やっぱり読まれちゃうのか。
それはさておき、まあそこは同意しておこう。
「失礼。挨拶が遅れましたね。私はフィンスターといいます」
「――アカシです」
「リーンです」
「エイヴじゃ。よろしくのっ」
俺たちもそれぞれ名乗りを返した。
「色々と話すことがあるから、どうぞ座ってちょうだいな」
さすが彼女の世界、安楽イスが姿を消して、新たに4つのイスが丸テーブルの周りに出現した。
まず俺が座らされ、その両隣にリーンとエイヴが。
そして、対面に女神フィンスターが座った。
「まず、この世界を管理する者として、あなたたちの来訪を歓迎するわ」
「……そりゃどうも」
前の世界で女神の寵愛――運気ゼロだった俺からすると素直にありがたい。
「あまり期待してなかったけど、ちゃんと送ってくれたみたいね――……1年半遅れだけど」
溜息を漏らしたのは誰だったか。
「……あのー、1年は何日でしょう」
「360日。ゾネの世界と同じよ。相対的な時間の流れも変わらないわね」
「……ゾネ様はここ数年、深く瞑想しておられたので」
「寝てたのね?」
「そうともいいますね」
いや、そうとしか言わないだろ。
「まあ、それはいいわ。あなたたち、とても期待できそうだもの。――女の子2人は掛け値無しに最強クラスだわ」
ふむ、さすが天使と悪魔だ。
……俺はどうなんだろう。ちょびっと気になる。
「あなたはそうね、現状で騎士団長クラスといったところよ。身体能力的には一般騎士くらいだけど――スキルがとても強力のようね」
スキルだけ雑魚のダメ称号を襲名しようではないか。
「それって人族の側の話ですか?」
「そうよ」
俺で騎士団長か……。
まずような気もするし、そんなもんって気もするな。
「世界も変わったことだし、まずはステータス確認してみたらどう?」
「確認できるんですか?」
「普通はできないわよ。レベルはわかるけど、自分の能力値全てが数字として見えちゃったら興ざめだから」
「興ざめ……?」
そんなものだろうか。
「見えることが向上心に繋がることはあるわ。でも、その向上心は効率的すぎる――そうは思わない?」
ふーむ、得意分野にしろ苦手分野にしろ、それが明確にわかるというのなら――確かに。
自分の能力を見たとき、筋力が高ければ戦士を、魔力が高ければ魔法使いを目指すことになるだろう。才能や実力が見えるということは、そうやって道が決まるということだ。
適材適所を地で行くある意味で素晴らしい世界だが、得意分野が自分の本当にやりたいことと一致するかと言われると首を捻らざるを得ない。
世の中には、熱い三流なら上等という言葉があるのだ。
俺も、俺も魔力がゼロでさえなければ、ちょっとでもあれば、魔法を使うために努力したはず。ゼロはダメなんだよゼロは、希望がない。
乱数を弄くっても命中率ゼロでは攻撃は永劫当たらない。
「だから、ステータスの確認は私の世界へ転移してきた者だけの特典よ。試行錯誤の時間をあげられないことへの対価。見たいときは、ステータスとでも念じてくれたらいいわ」
ステータス、と念じると、空中にウインドウ画面が現れた。
「ん、レベル164……?」
ずらずらと出てくる項目でまず目に入ったのは、その数値だった。
「俺、前の世界じゃ1だったはずなんですけど……」
「ああ、それはね、レベルの概念の違いよ。ゾネの方のレベルは魂の格、こっちのレベルは戦闘の格。レベルの上にクラスの項目があるでしょ?」
クラス:睡眠男子(1)
「それがゾネの世界のレベルね。今はクラス1――クラス2になる頃には、能力値が倍になるわ」
「ゾネ様の世界でいうところのレベル10に相当するわけですか」
「そうよ。ゾネの世界と違うのは、クラスアップ・ボーナスがあること」
新しいスキルや特性が得られるらしい。基本的には上位のものが。
「戦闘のレベルの方は、だいたいどんなもんなんですか?」
「異世界人以外の人族の最高レベルが300くらいね。一般の騎士で100くらい」
「ふむ……」
女神ゾネの世界でのレベル20相当の能力……それが戦闘力で164。スキル込みでだが。
その倍だから前の世界の40くらいが人間の最高レベルなわけか。シュライエンさんもそれくらいだったしな。
「あなたはクラス1だから、クラス4まで辿り着ければ魔王に匹敵するところまでいくかもしれないわね」
「どんだけ経験積めばいいんすか……」
経験値も見れて、こんな感じだ。
経験値:62017/1280000
前の世界の経験値が62017。
魔物を100以上は殺しているわけだから、1匹につき600くらいが入っている計算だ。――王龍の経験値が分配されていない場合は、だが。
同じレベルの魔物なら、あと2000匹を倒す必要がある……無理、とは言えないが、非常に手間がかかる。魔法バシバシ使えるリーンならともかく、俺の能力じゃ。
「いい武器を持って、クラス2になれば――それだけで人間で一番強くなれるんじゃないかな」
「それでもねー……」
けど、今の20倍の経験値を稼げば、前の世界でのレベル10になる。つまり、今の2倍――あと60000くらいで前の世界でのレベル2にはなれるわけだ。
「って、この戦闘レベルっていうのは、武器でも変わるんですか?」
「ええ。強さの指標なんだから当然でしょ? 概念的には、魔法や攻撃スキルを使ったときも瞬間的に上昇するわ。あまり数値を鵜呑みにすると痛い目に遭うわよ」
戦闘力のコントロール的な感じか?
でも、レベルは少なくとも基礎能力は示している。数値の低い者が強いとされるスキルや魔法を使ってもさほど威力はでないだろう。
魔法使いの上級火炎魔法は大魔王の下級火炎魔法に及ばないのだ。
「では、これは現状の数値を算出しているわけですね?」
「あなた……」
女神フィンスターはリーンを観察するように見た後、小さく息をついた。
「知ってか知らずか……ゾネもずいぶんな子を送ってくれたようね」
「……リーン、レベルいくつだった?」
「見ますか?」
あんまり見たくない気もするが、見ておいた方がいい気もするので。
「……1091、だと」
「この程度が最強クラスだそうですよ」
この程度って、どの程度よ。
だいたいゾネの世界でも最強クラスだったろうに。相変わらず底が知れない。
「エイヴは?」
「妾は1265じゃな」
「……つ、強すぎぃ」
エイヴは悪魔王。
悪魔の中で最も強かったわけだから、それくらいはあるだろう。
しかもこの2人、武器を持っていない。
防具は付与魔法で強力であるものの、いわば素の状態でそのレベル。
強い武器を持てば、レベルはさらに上積みされるわけだ。
……まあ、素が高い分だけ武器の影響は小さいかもしれないが。
「あなたたちが来てくれたのは望外の幸運ね。やり過ぎないように注意してほしいくらいよ」
「……それは、勢力図が逆転したら困るということですか?」
「ええ。本来ならこの介入もよくはないのよ。魔族側の知恵と努力を否定してしまうという意味でも心苦しい。でもこのままだと人族側が押し潰されてしまう――世界の管理者としては看過できない事態なのよ」
「これまでにも何組か異世界人が来たんですよね? リーンとエイヴがいない状態で、その戦力差はどの程度縮まったんですか?」
「各陣営の総兵力という意味では、ちょっとましになった、程度のものね」
「わお……」
「言ったでしょう? 人間側が押し潰される、と。飛び抜けて強力な個体が作り出した事態ではなく、戦闘レベルの平均差が生み出した事態なのよ」
前線で戦う一般兵のレベル差か。
「人族平均レベル100、魔族平均レベル150――みたいな?」
「その認識で間違っていないわ」
騎士団長クラスでないと、魔族と1対1では戦えない。
「……人族、大ピンチじゃないですか」
どうしてそうなったっ!?
「恥ずかしい事態なのよ、本当に。別の世界を知っている子には、これが私の世界だと胸を張ってお見せすることはできないわね――」
「こういうこともある、ってくらいの感覚でいいんじゃ?」
ジジ神なんぞ、超適当だった。
女神ゾネも99パーセントまで人任せにして世界を作ったとかいう話だし……実際、すでに英雄に助けを求めているわけだし。
「そうね……でも責任は感じてしまうわ」
そもそも彼女は、人族と魔族という分類を作ってはいないのだという。
価値観などの違いから争いが起き、繰り返され、長い年月をかけてそういう分類が生まれていった、と。
つまり、種族の違いというより、派閥みたいなものらしい。
どこにでも転がっている話だろう。天使と悪魔だって、種族的には同じなのだからして……。
「……ま、過去の話はこんなとこで」
「そうしましょう」
はっきりと、本題を尋ねることにしよう。




