鱗は観客席の上で
「ふむ……」
「うっそだろ……」
龍の頭部の左右で、冒険者や闘士の攻撃が間断なく放たれていた。
どれもこれも、生身の人間が喰らったら即死級の攻撃ばかり。
だが、そのどれもが――黒龍に致命打を、いや、痛打すらも与えられないでいた。
頭部狙い、首狙い、それぞれすでに20人ずつは攻撃している。
それなのに、双方共に未だ龍の血が見えない。飛び散らない。
鱗と皮の防御を突破できていないのだ。
唯一、アッシュの剣撃が目を潰したのみ――。
まずいと感じ、俺はグリグリ攻撃で黒龍を眠らせ続けている。
数分後、1巡したところでいったん攻撃は中止された。
「――アカシ、来てくれ!」
「お呼びのようじゃのう」
「お呼びのようじゃ。行ってくる……」
背中から飛び降りる――のは怖いので、龍の上をすたこら走って移動する。
なんとなく覚えのある感覚だなーと思ったら、モン狩りで似たようなシーンがあったな。砂漠を泳ぐ巨大な龍に乗り移って……。
背骨っぽい出っ張りを脇を移動し、首を登って頭に到達する。途中で起きるかとも思ったが、これくらいでは起きないようだ。
「1巡してこれだ。……どう見る?」
まず斬撃や突きなどで攻撃していた首。
50センチほどの鱗の上に、いくつか切り傷のようなものが刻まれていた。
次に鈍器でどつき回されていた後頭部。
人体なら肉が薄く、硬いモノが当たれば容易く出血する部分だが、龍はそうでもないようだ。
こちらも首をさほど変わらない。鱗に微かな傷がついているだけだ。
俺が次に見たのは、攻撃参加者の表情。
一流なので戦意や闘志は保っているようだが、皆いくらか血の気の引いた顔をしていた。
「……シュライエンさん、手応えはどうだったんですか?」
「まず硬い。それから衝撃を吸収される感じっつーか……撃った後、手に残った反動が異常に小さかったな」
「硬い鱗や皮膚が攻撃を受け止めて、その下の肉で衝撃分散……って感じか」
いや、分散どころか……下手したら、自分のエネルギーに変えてるまであるかもしれない。
こんな巨大な生物が何を食べて生きているか――答えは何も食べないでも生きていける、だったはずだ。
光や風や熱を取り込める。要するに外部のエネルギーを吸収できる。
魔物は多かれ少なかれ、そういう体質を有しているとか何とか……。
「斬撃系の人は?」
「似たようなモンさ。龍鱗に弾かれて終いだ」
「見ろよ……アイアンゴーレムくらいなら楽に斬れる業物がこのざまだぜ――……?」
見せられた長剣は見事に刃毀れしている。
頑丈さより切れ味を優先した剣や、槍の穂先などの被害が甚大のようだ。
「さすが伝説級の存在だよ……まさかこれほどとはね」
「……信じらんねえ。龍鱗ってここまで頑丈なモンなのか?」
「いや、この龍が特別なだけだと思うぜ? 武器屋のオッサン、穴空けてやがったしよ」
「だねえ。僕が見たことがある龍鱗の倍以上あるよ、この龍のは……」
大きさが倍なら厚さも倍以上ありそうだな。
「結局、まともに傷つけられたのはキミらだけか」
「そのようで……」
俺の赤龍のナイフは天使の付与魔法がかけられていて、アッシュの<カタナ>は神器だ。
俺は完全に武器だけの力。アッシュも技量はトップクラスだと思うが、それでもやはり武器が<カタナ>でなければ斬れはしなかっただろう、たぶん。
「あっちの白いのはどうやって倒したんだい?」
「どうやってって……自爆魔法?」
ちょっと目を逸らしつつ答える。
「そうか……そうだね。それくらいの覚悟で挑まないと……無理かな」
「まあ、それは置いておいて! 現状、龍鱗が厄介なんですよね?」
「あ、ああ」
「じゃあ、鱗を落とせば問題解決でしょう」
「は……?」
日本人にとって、鱗とは落とすモノだ。魚から、あるいは目から。
「邪魔なら取っちゃえばいいってことです。何も馬鹿正直に真っ正面から砕かなくてもいいでしょ」
「そ……それはそうなんだが……」
「お、おう。そうだな、寝てんだし……取れる、か……?」
「こんだけビッシリ生えてんだ、どっかは斬るか砕くかする必要がある……どのみちオレらにゃ無理だろよ」
「じゃあ、俺とアッシュでなんとかするか。いける、よな?」
「ああ」
さすがの回答。
いや……実は俺ができるか不安なんだけど。
「じゃ、そうだな……」
見た感じ、頭部の鱗の方が首周りにあった鱗より二回りくらいは大きい。
関節部・可動部の装甲が薄いのは自然なデザインだろう。
「俺が首の方に行くから、合図したら始めてくれ」
「わかった」
面倒な方を任せたわけじゃないぞ、ナイフと刀、適材適所だ。
黒龍の頭をぐるりと迂回して喉付近に移動した。
背中も合わせてざっと見てきたが、逆鱗みたいなのはなさそうで何よりだ。
触ったら眠りが効かなくなるとかありそうで怖いし。神級というスキルの格がそんなルールは無視してくれるはずだけども。
「さて、と。まずは下準備だな」
黒龍が起きたときのことを考えて、グリグリ穴を空けておかねばならない。
鱗は上から下に、つまり左から右に折り重なるようにして生えているから、狙いは剥ぐ部分の左端だ。
「――ふんがっ!!」
気合いを入れて、何の技巧もない力任せの突きを放った。
それでも赤龍のナイフは格上の龍の鱗を噛み砕いてくれる。
「……すげえな」
「そのナイフ、どこで?」
うん、見る人が見れば分かるよな。技はしょぼいと。
「えーと……仲間からもらったので出所は……さっき、形見になっちゃいましたし」
あぁ……なんか自分が汚れていく感じがするぞ。まあいいか。
「アッシュ、いいぞっ!」
「了解した!」
とりあえず1メートル四方くらいを剥げばいいかな?
「せいっ!」
鱗を斬りにかかる。
「せいっ、せいっ、せいっ!」
ガリ、ガリ、ガリリ……。
ぐ……斬れるには斬れるのだが、包丁で凍った肉を切る感じの、刃の進まなさ加減。
ああもう、全部突きでいこう。穴を空けまくって繋げればいいのだ。
ナイフを逆手に持ち、発掘とか彫刻スタイルっぽい構えで鱗の剥ぎ取りに挑む。
* * *
「さすがはアカシじゃ。スマートにはいかんのう」
「はっはっは、犬歯は噛みつくために生えているんだぜ?」
赤龍のナイフの歯が犬歯かどうかは定かではないが、形状は突き刺すことこそを本懐とし、斬ることを苦手としている。
と、ちょっと言い訳してみるも、鱗を斬り飛ばしていたアッシュとは能率が違いすぎた。
俺が1平方メートル剥ぎ取る間に、アッシュは5倍以上の面積を剥いでいたのだから。
さらに、剥がした黒い龍鱗の状態にも差があった。
見比べてみると一目瞭然。
俺のは切断面が汚いを通り越してギザギザの領域に入っているが、アッシュの方は一撃で斬り落としたことを証明するかのように一直線だ。
いや、いいんだ。アッシュは剣士で、俺は犬歯だから。じゃなくて、俺は……俺って、職業の分類は何なんだろうな?
ああもう、眠りの術が得意な軍師でいいか。
龍鱗の手触りはざらざらしているが、感触としてはアクリル板だろうか。重さもさほどではない。
警察とか自衛隊なんかが装備している透明な盾――あれに色をつけて分厚くしたような感じだ。
用途としては防具一沢。やはり盾がよさそうだ。
「――む。再開するようじゃぞっ」
「用意はいいか? 手順は先程と同じだ――」
アッシュの陣頭指揮の下、皮膚が露出した状態の急所攻撃が再開されようとしていた。




