圧死寸前
「はっはっは、妾が誰も殺させはせぬっ! 安心して励むがよいぞっ!」
エイヴは来賓席にて、高みの見物としゃれ込んでいる。
危なくなったら援護はしてくれるつもりらしい。
「頼むぞ、アカシ」
「お、おう――」
白龍に攻撃を仕掛けたときと同じような位置で、黒龍の時間停止が解けるのを待つ。
落ち着いていこう、油断せずにいこう。
蝶のように舞い、蚊のように刺せば、勝ちだ。
「――グルゥゥ……」
それまで凍結していたかのような黒龍に、血が通い出した。
いくぞ、今度こそやってやらぁっ!
「うっらああっ、往生せいやーーーっ!!」
赤龍のナイフを構え、七面鳥のウン百倍はありそうな腿肉に突進した。
ビキッと物凄く硬そうなモノが砕ける音。
続いて、コンニャクのようなモノを貫き、その奥へと至る感触があった。
「ふっ、下克上の手応えありっ!」
きっちりずっぷり深々と、赤龍の歯でできたナイフは黒龍の左足に突き刺さっていた。
「やりやがったっ!」
「おおおっ、マジで眠ったぜっ!」
そんな歓声により、<眠りあれ>の発動を知る。
これで俺の役割は終了だ。
深く食い込んだナイフにぶら下がった状態でブランブランしつつ安堵していると、睡眠に陥った龍の体が傾き始めた。
手前に。
「――ほげええええっ!?」
足をばたつかせるが、現在位置は地上4メートル。
アッシュと違い、俺は空気を蹴っての移動はできないのだ。
ちょちょちょちょっ、タンマタンマッ、ちょっとタンマーーッ!?
前には推定100トンの黒龍の巨体。
後ろには付与魔法で超頑丈になっている転落防止用の柵。
それらに挟まれたら、さっきみたいな鯖折りじゃ済まない。いや、まさしくそれになってしまうっ!
「あっ……!」
ナイフから手を離せば下に逃げられるのか――と気づくも、すでにナイフが勝手に抜ける角度になっていた。
斜め45度、体感的にはほぼ仰向け。
うあああ――っ!? 圧死は嫌だ圧死はっ! 嫌な死に方ベスト3には入るぞっ!?
黒の巨体が迫り、その影で視界がどんどん暗くなって――。
「――アカシッ!」
「ごえっ!?」
激しい窒息感に目が眩む。
ズズズ――ンッ……!!
そして、巨大質量が生んだ震度3くらいの地震を、震源地から少し離れたところで感じることになっていた。
「危ないところだったな」
青い空に、アッシュの声。
「ごほっ……お、うおおっ、圧死ぃぃっ! 助かったぁぁっ……!」
「余裕があるのかないのかわからんな……」
「あぁぁ……いや、マジで助かったよ……」
危うくプチッといっちゃうところだった。
そうなったらギャグ漫画以外助かる術はないもんな……。
俺の場合は<絶対睡眠>からの<自動回帰>でカムバックできるとは思うんだが、<自動回帰>にはタイムラグがあるし即死したらそのまま死ぬ可能性だって捨てきれない。
そもそもプチッを味わいたいとはこれっぽっちも思わないわけで……アッシュ様々だ。
「とにかく、よくやってくれた。アカシはここで待機していてくれ。仕留め損なう可能性もある――暴れ出しそうだと思ったらまた眠らせてほしい」
「わかった」
半端に傷ついた獣は危険だ。
この大きさと質量で暴れられたら、それだけでまともに近づけなくなってしまうだろう。
「――じゃ、上に乗って様子見てるよ」
そこでナイフ刺してグリグリやってれば眠ったままにもできるはずだ。
ということで、<大跳躍>で黒龍の上に――……。
「……届かないんだな、これが」
龍は横倒しになった後、ごろんと転がって俯せになっている。
その背中の上までは、手前の低いところでも5メートル以上あるし、頂は棒高跳びの世界記録を軽く超えているかもしれない。
仕方ないので出っ張りを引っ掴んだり、ナイフをピッケル的に使ったりして、上までよじ登った。
「はっはっはっ、特等席じゃなっ」
「おおぅっ!?」
エイヴが隣に現れた。
びっくりさせるなよ、もう……。
「いやいや、お主らしい締まらなさっぷりじゃったのうっ」
「……まあ、俺はあんなもんだよ」
三国志の花形といえば将軍か軍師だが、どちらかというと俺は後者のはずだ。妖術なんか使えないけども。
「戦いの主役はあっちだ」
龍殺しを狙う冒険者と闘士の集団が、観客席の中段に落ちた黒龍の頭部を取り囲んでいた。
「――攻撃はできる限り間を空けずに行いたい。冒険者はパーティーで、闘士は技を把握している者同士で固まってくれ」
アッシュの指示により、だいたい5~6人くらいの班ができた。15組ほどか。
「よし。攻撃時、集中的に狙うのは喉と後頭部だ。首の切断か、脳の破壊か――相談して、どちらの攻撃に回るか決めてほしい」
うつぶせ寝の龍は俺から見て左に顔を向けているため、喉首狙いは左へ、頭蓋割りは右へと分かれていった。
首ちょんぱ派は剣など斬撃系が多く、脳みそグチャ派は槌や斧などの重量武器を持つ者が多い。割合はだいたい半数ずつでちょうど良い案配だ。
「――アンタはどうすんだい?」
「目を潰す」
「なるほど、そっちは任せた」
「皆には言うまでもないことだと思うが、意思統一と確認を兼ねて聞いてくれ。まず、攻撃は班単位で行うこと。個々に攻撃してもいいし、一斉攻撃でも構わない。班全員が攻撃を終えたら速やかに後ろの班と――」
わずかなミスが全滅に繋がるかもしれない相手だ。
当たり前と思えるようなことも、全員しっかりと聞いている。
「では各自、最大威力の攻撃を放てるように準備を。3分で足りない者はいるか?」
声は上がらない。
その準備時間が過ぎれば、いよいよ総攻撃――。
「これで終わりそうだな」
「――それはどうかのう?」
…………。
「え……?」
「寝ていても、強化魔法は解除されてはおらん」
「それはそうだろうけど……」
常時使用されている魔法――スキルといってもいいかもしれないが――による補助がなければ、地上でここまでの巨体は維持できないはずだ。
地球上の最大の生物は、重力の影響が少ない海中に存在しているように。
「活動時の頑強さを維持できてたとして、あの状況だと全員の全力が急所にモロだぞ……?」
「お主のナイフがこの龍に傷を与えられるのはリーンの付与魔法があってこそじゃろう?」
「ああ……素のままなら効かなかったかもしれないな」
「そのナイフと同等の斬れ味がある刃は、この場には他に1振りのみ――」
「アッシュの<カタナ>か?」
「うむ。<カタナ>以外の剣による攻撃では、戦車の装甲の如き鱗と皮膚を斬り裂くことはできまい」
「マジで……?」
「打撃系の攻撃も鱗と皮膚、さらにはワイヤーの束の如き肉で威力を軽減されてしまう。その上で、この闘技場の建材ほどに硬い骨を砕けるかどうか――頭を狙っても脳震とうがせいぜいじゃろう」
「……――それは、予測か?」
「できんこともなかろうが、そんな興のないことはせんよ」
だとしたら、純粋な推測か。
当たってほしくはないが……。
これから総勢80人ほどの全力全開攻撃を受ける頭部の大きさは、3メートル以上。体積的には6畳間くらいはあり、人間を軽く丸呑みできるサイズだ。
あれがそのまま戦車だとするなら、中にいる人間にダメージを与えるためには相当の攻撃力を要求されるだろう。
「……例えば、シュライエンさんならどうだ? 単純な腕力で最高クラス、武器も相当で、それを使えば舞台を一撃で破壊したり、亜龍をグシャッとできるって話だぞ?」
「ふむ。それは疑いようもなく最高クラスの物理攻撃じゃろうな」
まさに爆撃レベル。頭蓋骨やそれを覆う肉や皮や鱗やらを、全部まとめてぶち砕いてしまえそうだが。
「……それでもこの龍には通用しないのか?」
「さてのう。実際、妾にも正確なところはわからんよ。過去、この大きさの龍を肉体を用いた攻撃で倒そうとした例はなかろう」
普通は無謀だろう。大きいわ飛ぶわで、そもそも急所に攻撃が届かない。
「無防備な頭を集中攻撃という状況も、初めてじゃろうがな?」
「用意はいいな! 行くぞ――っ!」
アッシュの声を合図に、一斉攻撃が始まった。
「――だからねー、仕方なかったのよー」
「ですから、私にだけ説明しても仕方ないでしょうに……」
「えー? だってー、りーんちゃんに話しておいたら――」
「念のため言っておきますが、私は説明しませんから」
「横暴よー」




