黒の条件
――さすがはリーンだ。
1000年から変わらない姿を維持してきた大闘技場の一部をあっさりと破壊してしまった。
王龍とも呼ばれる白龍をも、その一撃で――。
だが、それを成した当人はどこにもいない。影も形もなく、姿を消してしまっていた。
「――相……打ち……ということなの?」
誰にともなく発せられたような、ルシールさんの声が聞こえた。
この世界の現在の常識で考えると、それが正しい認識かもしれない。
龍を一撃で屠る――そんな魔法は己の全てを投げ打って搾り出した捨て身の魔法であって然るべきだろう。少年漫画的にも、撃った当人は灰になって散りそうだ。
「でも……そんなことって……」
そう、天使が龍程度と相打ちなんてあり得ない。
これは、リーンに起きた事象は、そういうことではない。
ここに至って、俺も確信が持てた。
これは女神の仕業だ、と。
そもそも、女神以外の誰がリーンに対してそんな真似ができるのかって話だ。
リーンが倒した白い龍は、リーンの存在が生んだ魔物。黒い龍はエイヴに対応しているのだろう。実際にそのものなのかはわからないが。
天使と悪魔の2人をこの世界から消すなら、龍も2体消してこそ釣り合いが取れる。
そのために、龍はここへ連れてこられたわけだ。
「――アカシ、エイヴ?」
「たぶん、リーンはこの世界から消えたんだ」
「消えた?」
「ああ。死んだわけじゃない。おそらくとしか言えないけど……リーンとエイヴは別の世界に行かされることになったらしい」
「……――アカシのようにか」
「どうも、そのようじゃな」
エイヴはやれやれといった感じだ。
「それで……こんなことを」
存在感は半端ないものの、可愛い姿の霊獣4体に目を向けるルシールさん。まだおっかなびっくりといった面持ちだ。
「身を守るに不足はないじゃろ」
「そうかもしれないけど……」
ティナが契約した霊獣と同レベルっぽいのが4体だもんな。色々と大変そうだ。
って、アッシュのパーティーに同行する流れになると、他人ごとじゃ済まされないけど。
それにしても、リーンの奴……俺が寝たままだったら、あんな標的を分子分解しそうな魔法までぶちかまそうとしてたのか?
ちょっと文句言ってやりたい気分だ。
それを狙って最後にあの魔法を使ったのなら、やっぱり激しく性格が歪んでるな……。
「ルシール、呑気に話している状況ではないぞ」
「あ、っと……もう1体いるのよね」
「でも、動いてないよね」
「妾が時間停止をかけ直したからの」
どうやら黒龍に動きがなかったのは、エイヴのおかげらしい。
リーンの動きを把握しつつそんなことができるとは、さすがの悪魔王だ。
「さて、これからどうしたものか。あの龍を倒せば、妾もこの世界とはお別れのようじゃし……」
「まったく……適当なことしてくれるよなぁ」
とはいえ、こうして心構えやら別れができる分、まだマシなのか?
俺の場合はいきなりというか、寝てるところを、だったし……。
「お――オイオイオイッ!? もう1体倒してんじゃねえかっ!?」
武器を持ち、防具を身に纏った姿でシュライエンさんのパーティーが戻ってきた。
素人目にも良い武具とわかるが、防具の方は走りながら装備したのかちょっと乱れた印象だ。
「シュライエンさん――早かったですね」
「オウ、宿が近かったからな」
決勝トーナメントまで勝ち抜く気満々だったからだろうな。
「というかさー、戻ってくるまで保つんじゃなかったの?」
「すまんすまん、手違いがあってのぅ」
「手違いってー……龍相手にそういう問題で済むもんかなー……?」
「ん――あとひとり、どうした?」
「龍の魂と共に、天へと昇った」
「――……そうか」
いやいやいや、大嘘じゃん。まるきり嘘でもないけど。
悪魔もやっぱり黒いらしい。
「おわっ、もう1匹仕留めてらっ……!」
「げっ、マジかよッ!?」
シュライエンさんのパーティーを皮切りに、装備を取りに行っていた闘士たちが続々と戻ってくる。
別の闘士や仲間に声を掛けたりしたのか、その数は出ていったときより増えているようだ。
「ほう、このクラスの龍を相手にしようという命知らずがこれほどおるかっ。はっはっは、重畳重畳っ」
「それはいいんだけどさ……増えすぎじゃないか? もう人目を気にしても仕方ないかもだけど……」
「ふむ……」
エイヴは少し思案すると、ニヤリと笑った。
「祭じゃっ!!」
「は……? 祭って……?」
「あの龍、妾が倒してもよい。いや、本来ならそうすべきじゃろう。が――それでは面白みに欠けるとは思わぬか?」
「いやいや、面白みとかはあんまり求めてないんだけど……」
「妾が倒してっ、妾がさようならでは、妾がつまらんのじゃっ! そうであろうっ!?」
「ま、まあね……」
わからなくはない、かもしれない。
一人二役のポーカーとかしてもしゃあないし……。
「この世界で最後に見るのは、龍の死体などではなくっ、皆の勇姿が良いっ!!」
「ふう……ま、本戦に勝ち残った分の権利がエイヴにはあるしな?」
「うむっ!! 今ここで、英雄譚を語ってもらうのじゃっ!」
エイヴが満足そうに頷く。
「皆の者! 龍は3分後に動き出すっ! 作戦会議をするがよいっ! ぴこぴこタイマーで知らせるから聞き逃すでないぞっ!」
* * *
100名ほどの闘士や冒険者が3重くらいの円になる。
円の中心にいるのは、何故か知らないが俺とアッシュだった。
いや……白龍を倒したときに現場に居合わせたのが俺とアッシュだから旗振り役を任されてもそんなに不思議じゃないけど。
「作戦だが――やることは決まっている」
アッシュの視線が俺に向いた。
全員の視線が集中するのを感じて全身がむず痒くなる。
「アカシのスキルで龍を眠らせて、その隙に全員で攻撃する」
「わお、シンプル……じゃなくてっ! 俺にやれってのかっ!?」
「すまないが、頼む。俺だけなら<カタナ>で頭部を攻撃できるが、一撃限りで威力も足りるかどうかわからない」
前に言ってたっけ。亜龍を倒せるくらいの威力で、大草原の一部を砂漠化させることは一生かかってもできないと。
「だから全員で攻撃したいが、頭部はあの高さだ。近づけない者も多くいよう」
巨体の頭を下げさせるのは難しいし、飛ばれでもしたらお手上げだ。
「ふぅ……仕方ない、か。俺のスキルなら、確かにその必殺の状況が作れるし」
「そりゃあいいがよ、オメーみてえなヒョロイ奴の攻撃でホントに龍が眠んのか?」
「問題ない。それはすでに証明済みだ」
アッシュが白龍の死体を示した。
はったりではあるが、まあダメージが通りさえすればいけるだろう。女神さえ眠らせることができるという神級スキルだし。
「……――そうか、ならいい」
異議というか質問をした人はそれであっさりと引き下がった。
ま、揉めている時間はないし、足並みが乱れるのはよろしくないしな。
エイヴには悪いが、これにて英雄譚からはほど遠そうな、龍を眠らせてフルボッコ作戦が採用された。
俺の参戦を認めている以上、仕方のないことだろう――。
「龍が眠ったら総攻撃をかけるが、眠りさえすれば最初の攻撃を急ぐ必要はない。そうだな、アカシ?」
「ああ。誰も攻撃しなければ、2~3時間は眠りっぱなしだ」
「聞いての通りだ。最初の攻撃は、全員の攻撃準備が整ってから行う。攻撃順もそのときに決めればいい」
先走りは厳禁だ。
俺の攻撃が通りさえすれば、そのへんはいくらでもフォローできるけど。
「攻撃力に自信がない者は出入り口に向かってくれ。新たに来た者がいれば作戦説明を。他の者は観客席の中段より上で待機だ」
ピコン、ピコン、ピコンッ!
ちょっと懐かしい電子音が闘技場に響き出した。
「あと10秒じゃっ!」
「時間だ――散れ!」
輪が解けて、龍討伐が始まった。
……早く来てくれませんかね。
1人で相手をするのは非常にだるいので。




