本戦開幕
大闘技祭11日目。
闘技都市クリークには熱狂が充ち満ちていた。
都市の中央にある大闘技場で、いよいよ決勝トーナメントが始まるのだ。
朝食が終わって宿を出ると、もう街は人で埋まっていた。
彼らの足は、それぞれ贔屓の闘技場へと向いている。
決勝トーナメントを生で観戦できるのはごく一部だが、各闘技場でも戦いの様子が見られるらしい。
魔具を用いた映像の転送とスクリーンへの上映。いわゆるパブリックビューイングだ。
それくらいしないと、見られない人間が暴動を起こしそうではある。
決勝トーナメントで賭けられる金額にも影響してしまうだろう。見られない試合の勝敗に賭けるのはやはり興が削がれるものだ。
俺は事前投票でエイヴとアッシュの優勝にそれぞれ金貨20枚ずつ賭けておいた。
それぞれのクラスの参加闘士は4~50名。たぶんそれくらいのオッズはついてくれる、はずだ。
「嬢ちゃん、優勝してこいよっ!」
「はっは、無論じゃっ!」
宿の近隣ではエイヴの知名度は鰻登りなので声をかけられること多々。
エイヴは歩きながらもそれぞれに応対し、手を振られれば振り返していた。
* * *
「へえー。1000年前からあるっていうから、もっとボロい感じのを想像してたけど……」
大闘技場は他の闘技場と同じく石造りの建造物だった。
しかし、周囲にある新しいはずの闘技場よりも新しく見える。というより、今年建てられたばかりと言われても信じてしまいそうな新品っぷりだ。
「建材全てに付与魔法がかけられていますからね。あと数千年は劣化しませんし、汚れもしないでしょう」
すげえ。さすが魔法だ……。
元の世界でも古い建造物は多数あったが、劣化しづらい環境であってもここまで完璧な形では残っていない。
日本の建築物も古いのが多いが、補修やら建て直し、再塗装なんかは繰り返し行われている。
「じゃあ舞台に血が染みついたりとかもしてないのか?」
「処女地が血で染まる方がより凄惨で美しい――とは思いませんか?」
「おも……う……とか以前にっ、その発想が怖いわっ!」
「うむ。こやつの性格は天使王よりひん曲がっとると思うぞ」
「あれと比べれば誰もが曲がっていますよ。天使王は非常にまっすぐな人物ですから。冷酷かつ愚鈍な方向に」
伝説の万馬券ができそうなのか。それにしても酷い評だ。
あっさりエイヴたちに屠られたようなので正しいのだろうが。
「入場パスをご提示下さい」
俺とリーンはエイヴからもらった闘士の身内席のパスを見せる。
エイヴは印籠の持ち方で闘士用のパスを突き出していた。
高いところからではなく低いところからなので、子供が大人にこれこれと玩具などを見せている微笑ましい光景にしか見えない。
見えないが――その玩具は正しく印籠クラスの影響力を発揮した。
「と、闘士……の方……なのですか?」
「うむ、これが目に入らぬか?」
「いえ、あ……その……えー……と?」
信じられないのも無理はない。
入場には、係員が確認に走るという一手間が加わってしまった。
「子供扱いされるとは……く、屈辱じゃ……!」
「しゃあないと思うけど……」
どう見たって子供だし。
長命種族の特徴でもあればいいんだろうけど、天使や悪魔の外見は基本的に普人族と変わらない。
「もっと威圧感を出した方がいいんじゃろうか……?」
もっとっていうか……現状では……。
「そもそも威圧感はないから『もっと』という表現を使うのはおかしい」
と、言ったのはリーンだった。
「なんじゃとっ!?」
「――と、アカシ様が」
おいっ!?
リーンへ向いた顔が、ぐいんっとこっちを向いた。
「アカシよ、どういうことじゃっ! 今の妾には威圧感がないというのかっ!?」
ちょっとちょっと、エイヴさん。口にしたのはあくまでリーンなんだから、矛先をこっちに向けるのはおかしいじゃありませんこと。
「い、いや……まあ、そうね」
誤魔化しても仕方ないのでとりあえず頷いておく。
「う、うぬぬぬ……まさか……そんなことが……」
微妙にショックを受けたような呻き声を漏らす。
エイヴの場合、こういうのが本気なのかどうなのかさっぱりなんだよな……。
威圧感やら迫力やら威厳やらが自分にはないことを気づける出来事は、俺が知る限りでも色々あったと思うわけで。
「っていうかさ、エイヴは威圧感が欲しいって思ってるわけ?」
「……む?」
「俺からすると、威圧感なんて普段の生活には百害あって一利なしなんだけど。例えば、話しかけづらくなったりしそうだし……」
シュライエンさんや彼の仲間には、向こうから気安く声をかけてくれない限り近づきたいとは思わない。というか近づけない。
血の臭いを纏っているようなギリアナや迫力を絵にしたような姿のレイズもそうだ。ばったり遭遇したら、とりあえず道を譲るだろう。
彼らほどでなくてもそうしたいと思っていたりする。リーンの電撃がそういう機会を激減させているだけの話なのだ。
「何より、親しみやすいのがエイヴのいいところだろ?」
「同感ですね。宴のとき、エイヴ様の周りに人が集まるのは親しみやすいからこそです」
「ぬ、ぬう……あっちを立てればこっちが立たず、というやつじゃな」
「それに、急がなくても、あと5年もしたら誰かさんみたく自然とそういう雰囲気になるんじゃないか?」
「そ、そうかのう……?」
「たぶん……」
落ち着きが出れば。
観客席へ向かう途中で、エイヴと別れた。
組み合わせ抽選は前日に終わっているが、闘士は開会式で舞台に並ぶのだ。
* * *
「ふぅ……無駄に長いな」
開会の挨拶に始まって、賓客の紹介が長々と行われている。
各国の代表やら○○商会とか。どうやら、賞品はそういうところが提供しているらしい。
日本なら大会プログラムに広告が入っているところだろう。もしくはホームランボールが当たったら賞品がもらえる看板が設置されたりとか。
本戦には、各国推薦の闘士も1人ずつ参加している。この辺りの事情からして、扱いは平等にせざるを得ないのかもしれない。
それにしたっていちいち国旗を掲揚するのはやりすぎというか面倒くさすぎというか。平等に無しにしたら平和で楽だと思うんだけどな……。
舞台上にいるのは超一流の闘士たちだから、長引いても学校の朝礼のように貧血が出るとも思えないが――いや、魔法士クラスは危なそうだ。
武器の所持は許可されていないものの、こうして舞台上に並んだ際の見栄えを考慮してか服は自由。
ぬののふくで戦う戦士クラスの闘士も普段の防具――おそらく手持ちで最も良い装備を身に着けている。アッシュは軽装だが。
魔法士クラスの闘士が主に着ているのはローブだった。全身をすっぽりと覆う形状で、しかも結構分厚そうに見える。
闘技都市クリークは砂漠ほどではないが、ほとんど雨が降らず晴天が続く地域なので、この時期でも日差しはけっこう強い。まして舞台は熱気の中心。あれでは真夏の着ぐるみ状態に近いはずだ。
あ、ひとりしゃがんだ。回復魔法班はまだいないのか?
巨躯の闘士に埋もれているエイヴはというと、欠伸をしている。国に弛緩する気がなさそうな連中も気怠げだ。
ビシッとしているのはたぶん国推薦の闘士というか騎士たちだろう。士官を希望する闘士も真面目な顔は見せているっぽい。
『――以上で来賓の紹介を終わります』
ぼけーっとしているとスポンサー紹介が終わった。
『続きまして……』
えーっという溜息が聞こえたのは気のせいではあるまい。
『優勝杯の返還を――』
お、4年前の優勝者が出てくるのか?
それは興味がある――と思ったけど、出てきたのは優勝者を輩出した闘技場のオーナーのようだ。残念。
闘技開始が待ちきれない観客のざわめきの中で開会式は進行していき――選手退場を盛大な拍手で送って幕を閉じたのだった。
しかし、開会式が終わってすぐに試合は始まらない。
闘技の開始時刻は正午からと決まっているのだ。
9時に始まった開会式は長引いたといっても2時間程度。
十分長い上にほとんど喋りだけで退屈すぎたのは問題だが、オープニング試合までまだ1時間ほどはある。
その空白の時間――。
無人の舞台を前に、焦燥感と昂揚感が入り交じったような空気が観客席に流れている中で、事は起こった。
「――空に、何かが」
それに、最初に気づいたのはリーンだった。
ほどなく舞台に影が落ち、暗くなったことで俺も異変を知る。
雲でも出たのかと、同様に空を見上げた者から気づいていく。
頭上に、上空に、何かが存在していた。
大きな白い塊と黒い塊。
それらは次第に大きくなって――ついには舞台上に落下した。
闘技場を揺るがす轟音と地響き。
……――さすが天使がかけた魔法だ。今のでヒビすら入らないとは。
俺は場違いにもそんな感想を抱いていた。
白と黒の、翼を持つ巨大な生物の存在を認識しつつ――。




