博才ナシ
大闘技祭7日目。
闘技場<ファウスト>では魔法士クラストーナメント2日目が行われている。
『早撃ち炸裂ーーーーっ!? 準決勝も秒殺だあぁっ!!』
我らがリーンは無慈悲なファストショットにより危なげなく勝ち進んでいた。
「……つまらん」
「1秒で終わってるもんなー」
リーンの試合は終わるのが早い。準決勝も同様に瞬殺してしまった。
「前の試合のことは聞いていよう。ならば、防ぐ手段を講じてしかるべきではないか?」
「まあねえ……でも着弾するまでの時間からして、アッシュの突進と変わらないぞ? 避けるのは戦士クラスの闘士でもきついんじゃないか?」
アッシュの攻撃は誰も、決勝の相手すらも避けられなかった。
それを考えると、肉体派ではない魔法士クラスの闘士が同じ速度帯の攻撃を避けられる道理はない。
「避けるのは難しいかもしれんが、リーンの狙いは額や顎じゃぞ? その辺りを開始前から守っていればよかろう」
「ああ、確かに……」
事前の詠唱が禁じられているだけで、そんなふうに防御姿勢を取っていけないというルールはない。
「魔法を使う故か、被弾前提の防御策が思い浮かばぬのかもしれんが……それにしてもお粗末じゃ。はむ」
そんなこんなで次の試合までの待ち時間が長く、観戦欲より食欲が捗っているエイヴだ。
……いや、昨日もほとんど完食してたから関係ない説が有力だが。
「そういえば、むぐむぐ、アカシよ……」
「……飲み込んでから喋ろうね」
「むぐん……今の試合には賭けておったのか?」
「端数賭けてるよ。3回戦は44万賭けて――」
1・12倍でリターンが49万2……いや、四捨五入で約50万としておこう。どうして天使のもたらす配当は不吉なのか。
この試合にはそれをそのまま賭けた。その1・2~3倍くらいがこの試合の配当だ。
「……慎重じゃな」
「オッズが低くてうまみがないし、いつ負けるかわからないし……」
俺との賭けに、登録時のエイヴとのやりとりを加味して考えれば、リーンはこのまま決勝も勝つはずだ。
が、確信はないし不安も消えない。それどころか五分五分と感じているほどだ。
もしリーンに全額賭ければ、天秤はさらに負けに傾きそうな気もする。
* * *
「ふへ、ふへへへへへっ……」
闘技券売り場でイっちゃってる笑い声を漏らしている男がいた。
他人のフリをしようかなと思ったところで、気づかれる。
「ふひひひ? お、おぉ、アカシぃ……見て見てみん、これぇ」
コレッタが見せてきたのは、巾着袋。その中に詰まった金貨だった。
ざっと100枚ほどだろうか。リーンに賭けて得た配当金だろう。
「つ、突っ込んでたみたいだな……」
「ふふふふっ、こんなのもあるよぉ?」
次に見せられたのは、優勝予想の闘技券。
もちろん対象はリーンで、しかも1回戦前の予想だった。
「50万賭けたんだけどさぁ、くふっ、オッズ100倍超えてるんだよ?」
「おお……」
素直にすごい。
俺はそこまで大胆にはいけなかった。
「くひっ、うひっ、あと1勝でごっごご、ごせ、ごせせ、5000、ままま、万っ……ひひひひひっ」
トリップ気味だが気持ちはなんとなくわかる。
元の世界ならそう、サッカーくじ。残り1試合が当たれば6億という状況だろう。
「うひゃひゃ、そ、それじゃねっ」
闘技券をしっかり握りしめ、周囲を気にしながらコレッタは観客席へ戻っていく。1.2~3倍の配当で1000万を手にしたのなら、たぶんVIP席だろう。
ちなみに俺は一般席だ。エイヴ的に、一般席の方が臨場感があっていい、らしい。同感ではあった。
「ふむ……」
配当を手にして戻ったから、コレッタは決勝には賭けないようだ。
優勝予想の闘技券があるならそれが正着だろう。1000万全額賭けたとしても何割か増えるだけだし。
「俺はどうするか……」
とりあえず、準決勝の配当をもらった。1・27倍で62万ちょい。
これをどう賭けるか……いや、もう賭けないという手もあるけど。
まず、俺はもう大勝することができない。
リーンが目立つことを厭わず必勝の魔法を見せてしまった時点で、その道は閉ざされている。
ならば……。
今はまだ賭けず、準決勝第2戦が終わってから、投票した。
リーンの、対戦相手に――。
* * *
「決勝は負けると踏んだわけじゃな?」
「いや、そういうわけでもない」
「ほう……?」
「俺は60万の闘技券で後の満足を買ったんだ」
60万が捨て銭になることを承知の上で。
「コレッタが大勝のチャンスを掴んでるんだよ」
「む? あのお調子者がか?」
祝勝会で、エイヴはコレッタに幻影魔法のレクチャーをしていた。
意外と筋は良かったらしい。悪用すんなよと言いたいが、口だけでそういう度胸はなさそうだ。
「ああ。決勝でリーンが勝てば万馬券ゲット――」
昨日のコレッタとのやりとりもまとめて話す。
「はっはっは、なるほどのう! ギャンブルの才はお主よりありそうじゃなっ」
「ぐむ……」
「優勝オッズが100倍ならば、勝ちの保証が2回戦までであっても元手の何割かは賭けておくべきじゃった」
「うぐっ……ごもっとも」
1回戦前のリーンの優勝オッズは100倍以上。
これはサッカーW杯の優勝予想で日本につけられそうなレベルの大穴オッズだ。
が、リーンの実力はアジアレベルじゃない。
全盛期の銀河系軍団をも上回るほど銀河ぎりぎりぶっちぎりで強い。
それを知る者にとっては、100倍はどこをどう見てもおいしすぎるオッズだ。
コレッタのように金貨5枚賭ければ500枚になって返ってくる計算であり、それはひとつの闘技場においては事実上の最高配当といっていい額でもある。
リーンの自発的な敗退というリスクを負う価値は十分にあったはずなのだ。
俺はどこで戦略をミスったのか。どこで魔に差されたのか。
試合前に、賭ける前にしていたリーンとの会話か?
――いや、違う。
予選の予選、バトルロイヤルだ。
俺はあのバトルロイヤルを見て、リーンは目立つ戦い方はしないと思ったのだ。
1対1で戦う試合のオッズの期待値は2。この数字は、平凡な戦いぶりを見せれば大きくなるし、相手を圧倒すれば小さくなる。
リーンは幸運による勝利を演出する。
それならオッズは3倍以上を維持するだろう、というような考えが根底にあった。
オッズが2倍なら5回の払い戻しでも元金は32倍にしかならないが、3倍なら243倍にもなる。
賭け金が金貨数百枚とかに増えると3倍ゲームの途中でオッズは下がってしまうだろうが、3回戦以降に全額勝負する気はなかったのでその問題は起きない。
最終的に、金貨200~300枚が手に残る。
それが俺が思い描いた約束された勝利の形だった。
1回戦で完膚無きまでに粉砕されてしまったが……。
「元手を確実に増やすという意味ではお主の選択も間違ってはおらぬがの」
「……まあ、負けたわけじゃないしな。4倍にはなってるし……ただ敗北感がすごいだけで……」
一攫千金のチャンスをドブに捨てた感覚が体の芯に残っている。
毎回同じ数字を買ってたロトくじを買い忘れた回に、その数字が当選した。そんなことになれば虚脱感で失神してもおかしくなかろう。
「だから、だからこそのっ、リーン負け予想なんだ……!」
コレッタは一応知人だ。できることなら勝たせてやりたい。
その意味では、あそこでコレッタと接触してしまったのは失敗かもしれない。リーンが俺たちの会話を把握した可能性を否定できないから。
とはいえ、リーンがコレッタに対して特別に感情を持っているとは思わない。彼が勝とうが負けようが気にしないはずだ。
なら、俺がラストに負けるという予想をしてやれば、リーンは逆に勝つはず。
俺は負けるがコレッタは大勝する。それでいい、そうなれば俺は満足できる。




