だだ下がり
エイヴの買ってきた菓子たちは席をひとつ占有していた。
魔法士クラスということもあってか客の入りがいまいちなので、特に文句は出ないだろう。
エイヴはすでにかりんとうのような物体を取り出し、ばりばりと食べている。
まだ始まってないよ、試合……。
「……そんなに甘いモノ食ってると太るぞ?」
「……む? 1000年分食うまで平気じゃろ」
「いやいやいや、どんな理論だよそれはっ」
成長期っぽい年齢――長命種なので違うかもしれない――なのである程度は問題ないとは思うけど。
「……いいや。食べ飽きたのあったらこっち回してくれ」
俺も太ったことはないのだ。数少ない自慢である。
『さあさあさあっ! 魔法士クラスのトーナメント戦っ、開始時刻が迫ってまいりましたぁっ!!』
10分前になり、実況の声が闘技場に響き出す。
『観客の皆さん、盛り上がってますかーっ!? 盛り上がってるよなっ? 上がってる……よね? 盛り上がってくれないと困っちゃうぞ……?』
微妙にトーンが沈んでいく。
それが示すように、戦士クラスに比べると観客のボルテージは低めだ。闘技中毒者たちはやはりどつきあい至上主義らしい。
俺はけっこう楽しみにしてるんだけどな、純粋な1対1の魔法戦闘。
ルシールさん曰く一流の、裸一貫でも攻撃と防御を同時にこなせるような闘士も出てくるはずだ。
彼らが向き合ったとき、どんな展開になるのか。
……けっこうぐだぐだになりそうな予感がする。
障壁をぶち抜ける威力の魔法を撃ったら、相手が即死してしまうかもしれないから使いづらい。
それにそのレベルの魔法になると、障壁役の防御もぶち抜いて観客席に被害を与えてしまう恐れもある。
となると、使える魔法は直撃したとて相手が死なない程度のものに限られてしまう。
威力と安全の両立――戦士クラスと比べると制限がきつそうだ。
ああでも、それでも魔法が飛び交ってくれれば俺は満足だ。
『1回戦1戦目を戦う闘士の入場だーっ!! 大きな声で出迎えてやれよっ、頼むぞっ!?』
まず登場したのは、1番クジを引いたリーンの相手。
良く言えば知的、悪く言えば陰気な雰囲気の、眼鏡をかけた闘士だった。
彼が舞台に上がると、申し訳程度の歓声が上がった。
それがこの闘技祭においてインテリ系を、魔法士クラスを好む人の割合とも言える。
話を聞くに、魔法士クラスは毎回毎年存続が議論されるそうだ。
盛り上がりに欠けるから廃止してはどうか、と。
ただ、盛り上がりがなかろうが参加者は他クラスより若干少ない程度は集まっている。
肉体を使った戦闘は苦手でも魔法は得意、当然存在するそんなタイプの受け皿なわけだ。
各国のスカウトの場であることも加味すると、廃止は現実的ではない、となる。
『ホント頼むよ! 盛り上げてこうぜっ!? 上げ上げでいこうぜっ!? なっ、なっ!?』
頼まれなくても観客の声は大きくなった。
2番を引いた闘士――リーンの登場によって。
「リーンすわぁぁぁぁんっ!!」
目立って聞こえる奇声を発しているのはコレッタな気がするが……気にすまい。
声を上げているのはコレッタだけではないし、そんな野郎どもの大歓声の中に幾らかブーイングも混じっているし。
『おおおっ、いいねいいねっ! そうこなくっちゃっ!』
「むぐむぐ……あやつ、見てくれは良いからのう」
「まあなー……」
反応の大きさの要因は、リーンの容姿。それ以外にはないだろう。
顔立ちやらスタイルに加えて、服の上に散っている髪がまた眩しい。それはまるで金糸のようで、何の変哲もないぬののふくを荘厳な法衣のように飾り立てている。
ミス大闘技祭の投票とかあったら、ぶっちぎりそうだ。
『さてっ、興行的に応援したい闘士は1沢だがっ! オッズの開きは大きいぞっ! 皆さん冷静すぎないかなっ!?』
俺にはありがたい情報だ。100万リーフが3倍くらいになりそう。
『どちらが勝っても損はしない、という意味ですばらしい選択ではあるけどな!』
向かい合った2人の間にある距離は10メートル以上。
魔法攻撃的にはどうなのだろう、それでも近いくらいかもしれない。
『さあ時刻はひとまるまるまる! 魔法士クラスっ、はっじまるよーっ!?』
実況の号令によりカウントダウンが始まった。
バトルロイヤルで戦った闘士たちと比べれば相手は強いはずだが、その程度の差などリーンには関係ないだろう。
どう戦い、どう勝つのか。
できればバトルロイヤルのように実力を見せずに勝ち上がってくれると俺的にはおいしい――……。
『いち――ゼロぉぉぉっ!!』
試合開始してすぐ、リーンの手が相手に向けられた。
霊界探偵の必殺技のように、指をピストルの形にして。
ばん、とリーンの口が動いた気がした。
リーンの対戦相手の頭が揺れた。銃弾を喰らったみたいに。
体が弛緩し、そのまま沈没――。
額に黒い穴が……空いてないけど、明らかに気絶している。
『は? はは、は、はやーーーーいっ!? 開始わずか1秒でノックダウンーっ!?』
観客の声が消失し、実況の声だけが闘技場に響く。
『闘士エデュアルド戦闘不能により――勝者、闘士リーンッ!』
倒れた闘士をチェックし、審判がリーンの勝利を宣言した。
それから数秒後、アッシュが優勝したときと遜色ない大歓声が轟いだ。
だが、何故か俺の頭と体は凍えていく。
「――やられたのう、アカシ」
「……む?」
「あれこそ最強の戦法じゃろう?」
「――あ」
魔法士クラスの必勝策。
それは相手より速く、相手が避けられない魔法を完成させて放つこと。
リーンが使って見せた魔法はその条件を満たしている。
「氷の礫を作り、打ち出す。あの魔法ひとつで、リーンの優勝は決まったようなものじゃ」
それで何が起きるのか――頭はもう答えを出している。
が、それを認めるのを心が拒否していた。
「ってことは……?」
認めたくないがために聞いていた。
「リーンのオッズはこれからただ下がりじゃろうな」
「がはっ……!!」
汚い、さすが天使汚い。
* * *
「ぐぬぬ……優勝オッズ、2倍切ってやがる」
1回戦開始前は、優勝オッズは100倍以上。万馬券だった。それなのに、今や大本命ではないかっ。
1~2回戦に全額賭けろ云々はこのためか。
1回戦前の優勝オッズにさえ賭けられなければ、俺の儲けを少なくできる。
「――アカシ様、私の活躍、見ていただけましたか?」
闘技券売り場の傍で項垂れていると、リーンが笑顔で戻ってきた。
「…………」
黙っていると、小首を傾げる。
「少しくらい労ってくれてもよいのでは?」
こ、こんにゃろう。ぬけぬけと。いけしゃあしゃあと。
「……労うほど疲れてないだろが。それよりいいのか、あんなに目立って?」
「構いませんよ。インパクトはありますが、魔法としては初級もいいところです」
「エイヴは氷の礫を飛ばしたって言ってたけど」
「ええ。それを素早く行っただけですよ」
今回の魔法に限らず、リーンやエイヴは全ての魔法でそれができるはずだ。
そもそも詠唱なしで魔法が使える時点で、魔法士クラスでは勝利が決まっているようなものなのだが――。
「今後もあの魔法だけで戦う予定です。一芸を究めたという印象の方が、下手に高度な魔法を使うより最終的には目立たなくて済むでしょうから」
時間を空けての2回戦。
1回戦の光景が再現され、リーンは3回戦進出となった。
10枚の金貨、100万リーフは1回戦で3・7倍になり、2回戦で1・2倍になった。
手元に返ってきたのは444万リーフ――どこからどう見ても不吉な額である。




