終戦と次なる戦い
「お疲れさまです。――残念でしたね」
「ないわー……まじないわー……」
控え室を出てリーンと合流し、だらんだらんと通路を歩く。
試合は、あそこから押し切られてしまった。
詰め将棋のように動きを誘導され、きっちり場外へと叩き出されて――……。
「なんなん……? なんなんっ? なんなんなんあれっ!?」
「なんなんと言われましても……まさか、アッシュ様があの手の攻撃法を所持していないとでも思っていたのですか?」
「うぐ……」
「2回戦の相手が使ってきましたし、想定して然るべきでは?」
リーンの言葉がぐさぐさと突き刺さってくる。
ああ、ああ、確かにそうですよ。俺の落ち度ですよ。
本当に、これっぽっちも、アッシュが遠距離攻撃をしてくるなんて考えなかった。
いや、俺にも言い分はあるし、言い訳もしておこう。
そんなこと考える余裕はどこにもなかった。
だって、どこをどうひいき目で見ても、すでに勝ち目が薄い状態だったのだから。
遠距離攻撃スキルのあるなしを論ずる以前の問題だ。
明らかになっていた戦力だけできつい――その差を少しでも埋めるのに必死だったのだよ、俺は。
ふう……でももうちょっと何とかならなかったものか。
今になってちょっとだけ、ちょっとだけ後悔が……。
「……まあ、事実上の決勝戦でしたよ。少なくとも私の中では」
「そうかい」
そりゃ他の闘技に興味なかったみたいだしな。
言われて悪い気はそんなにしないが。
「さて、どうされます? 宿に戻りますか?」
「ああ……疲れたし寝るわ」
決勝戦は見に行こう。
アッシュが勝ち残ってたら――だけど。
* * *
「おおっ、来たなアッシュ! さすがじゃっ! 奴の血を引くだけのことはある!」
エイヴが店に入ってきたアッシュに駆け寄り、背中をバンバン叩く。
「む、しかしこれはあまりよくない言いようじゃな……お主の努力を否定するつもりで言ったわけではないのじゃが。お主の戦いぶりを見ているとつい、奴のことを思い出してしもうての」
「構わない。俺だけの力や才だけではこうはいかなかったろう」
「そうかそうかっ! アッシュは心が広いのう、はっはっはっ」
エイヴは満足そうに笑うと、決勝トーナメント出場を決めたアッシュを俺たちのいるテーブルへ連れてくる。
祝勝会のメンバーは俺とリーンと、アッシュのパーティーの面々。途中までということだがティナとルシールさんと王女様も来ている。
「さあ皆の者っ、今日は妾の奢りじゃ! 好きなだけ飲み食いするがよいっ! 遠慮はいらんぞ、妾は宵越しの銭は持たぬ主義故なっ!」
事前の宣言通りの言葉に、酒場をいっぱいにしている客が歓声を上げ拍手を響かせた。
ドンチャン騒ぎが始まるが、それぞれアッシュへ向けて一言二言賛辞や激励を口にすると、こちらへの干渉はなくなった。
闘技都市なだけあって、闘士に対する態度を弁えているといったところか。
……闘士に手を出したりしたら出禁というペナルティが機能しているからとも言えそうだが。
ちょっと落ち着いてきたところで、アッシュに声を掛けにいく。
「――アッシュ、本戦出場おめでとう」
「ああ、ありがとう。このような場を設けてもらったことにも感謝する」
「まあ、なんだかんだで毎日やってる気がするけどな。アッシュがどこかで負けてたとしたら、俺を含めて残念会が開かれてたと思う」
「ふ、そうだな」
アッシュが小さく笑う。
「……そういえば、アッシュはなんで大会に? 正直、出場してるのが意外っていうか――……」
「確かにさほど興味はない。だが……ティナが有名になってしまったからな」
「やっぱり、面倒事が起きてるのか……?」
「ティナの意向が最優先だから表立っては何も言われないが、フルーク王国としてはティナに冒険者をやめてもらいたいのが本音だろう」
「何があるかわからない世界だもんな……」
「俺たちには士官話が来た。かなりの好待遇でな」
「パーティー解散狙いで?」
「ああ。それが駄目となると、ティナの護衛にとパーティーメンバーを追加しようとしてきたりな」
「そっか。色々あるんだなー……」
「それでもフルーク王国が安定している分、ましな方だろう。貴族が派閥に分かれて争っていたら、どんな揉め事に巻き込まれていたかわからん」
確かにそうだ。
リーンの言うように、高位の霊獣の力が一国一城を滅ぼせるほどのものなら、ティナを味方につけることは国軍に匹敵する兵力を得ることに等しい。
守り限定の力だとしても、優位な立場に立てるだろう。
……そう考えてみると、ティナと第二王女のパイプは将来的に微妙な火種になりそうだ。
フルーク王国としては、守護との盤石な関係を他国にアピールできる。
一方で、第二王女を王として立てようという派閥ができてもおかしくはない。
いや、その心配はないか?
むしろ、ティナとの関係を利用して王家から出奔しそうだ。
「他国からも秘密裏に接触がある。引き抜きといったところか」
「……投げっぱなしになったみたいで悪いな」
「いや、すまない。愚痴のようになってしまったな」
一気に有名化したパーティーのリーダーなのだ、気苦労はあるに違いない。
「俺が出場したのは名を売るためだ。ティナを除いた場合、俺たちはまだ無名――パーティーメンバーがお飾りのように思われている。それが余計な干渉を生むひとつの原因でもあるからな」
「なるほどね……」
大闘技祭の覇者。
それは事実上、世界最強だ。
もしアッシュがそこに届けば、更なる有名税が発生する代わりに雑音は減るだろう。
頭ごなしにティナと接触される可能性も小さくなる。
「決勝トーナメントは、エイヴが勝ち残れたら応援に行くよ」
入場券はないから、身内席を確保しないと大闘技場には入れないのだ。
「聞き捨てならんぞ、アカシッ! お主、妾が負けるとでも思っておるのかっ!?」
「いや、負けないとは思うけど……どこかで大ポカやらかしそうではある」
「むっ……!」
「もっともです。エイヴ様は戦っているというより遊んでいるのですから、相手が真剣であれば不覚を取ることもあり得るでしょう」
「ぐむむ……」
まあエイヴに真剣に戦われても困るのだが……。
「いいじゃろう、そこまで言うのなら……リーン、お主アカシと賭けをしておったな? 同じ条件で妾としょ――」
「お断りします」
「う……ぶ……――なぬっ、断るじゃとっ!?」
「そこまでと仰りましたが、そこまで言ってはおりませんから」
よくわからないことをしれっと言い放つリーン。
まあ、負けるとわかってる勝負をしても仕方ないしなー。
「んじゃ、その賭け俺が乗ろう。エイヴが勝ったら……そうだな……知りたい連載漫画の続きを話す、とかでどうだ?」
「いいじゃろうっ! ……ところで、描いてはくれんのか?」
「無茶を言うな無茶をっ!」
描けるわけないだろっ!
「そうとも言い切れんぞ? ここはアカシの世界とは違うのじゃ。頭の中にある絵をそのまま描き出せるスキルがあっても不思議ではなかろう」
「……あったとしても、覚えるまでどんだけかかるんだよ。勉強の延長で速記とかならともかく、絵はまったく経験ないから無理だ」
「……仕方あるまい」
「では私の報酬もそれで」
「……は?」
「決勝トーナメントへの出場が叶わなかったのですから、賭けは私の勝ちでしょう?」
「いやいやいや、俺が負けたときの取り決めはなかったはずだぞ?」
「ノーリスクで大金をせしめる気だったと?」
「痛い思いしたのが俺のリスクだと思うんだが……」
体に傷は残ってないが、心には傷が残ってそうだ。
今後、魔物の爪にビビってしまうかもしれない。
「それなら、私が決勝トーナメントに進出したら、という条件ではいかがです?」
「…………」
……これは釣り堀の予感がする。
話に乗る前に、少しでも見極めておかねばならないだろう。
リーンが本当に、心から報酬を欲しがっているか否かを――。
「……何か?」
「2人が負けたときの条件は、前と同じでいいのか?」
「よいぞっ」
エイヴはそうだろうな。
「私も構いませんよ」
「……そうか。ならそういうことで」
即答したか。
どう考えるべきだ……?
わからん。
そもそも、何でもひとつ~という対価にリーンがどれほどの値をつけているのかがさっぱりだ。
俺が大した要求をしないと思っているなら、あっさり負けてくることも考えられる……。
「……何やら疑われているようですね」
「自業自得じゃな。妾でも邪推したくなるぞ?」
どのみち、リーンの試合が先でエイヴが後だ。
リーンに全額いくつもりはない。
なら深読みする必要はないだろう。負けても損するのは気分だけだ。
問題は賭けるべき闘技券の種別。
優勝予想か、試合予想か……。
前者は1回戦時点なら大穴のはず。当たるかどうかはリーンの気分次第。
後者は1~2回戦は穴であり、アンパイ。その後はやはりリーンの気分次第か。
「――のう、アカシよ。今はもっと楽しむ時間だと思うのじゃが?」
「ん? ああ、それもそうだなー……」
明日のことは寝る前にゆっくり考えよう。
朝も今日よりは余裕があるし……この何日かの疲れを癒すためにギリギリまで寝てたい……。
「よし、とりあえず食おう。全品制覇してやろうじゃないかっ」
「はっはっは、その意気じゃっ!」
こうして、俺の闘士としての大闘技祭は終幕した。
だが、ギャンブラーとしての俺はこれからだ。




