想定の範囲外です
ああ、こうなってしまっては仕方ない。
普通に、実力だけで戦うしかない。
まずはその速さを体感してみようか。
集中だ。
リーンたちの転移のように消えるわけではない、移動中も存在はしている。
だから目を凝らせ。そうすれば必ず見える。
「ふっ……!」
一歩で、一瞬で、アッシュは俺の視界からその姿を消した。
み、見える――……わけなかったっ!?
俺はニュータイプじゃないんだっ。
「ぐぎっ!?」
アッシュを見失った瞬間、右側からの衝撃に薙ぎ倒された。
ゴロゴロと転がり、立ち上がろうとして違和感。
腕、折れてるっ!? ブランってなってるっ!?
脂汗が滝のよう出てくるが、10秒とかからず痛みは消失する。
同時にバキバキにぶち折られたはずの腕も元通りだ。
「……とんでもない回復力だな」
「回復とは違うみたいだけどな……」
わかっていたことだが、やっぱり見えない。視力では追いつかない。
理論的には消えちゃうドライブみたいな感じだろう。
一瞬で視野から外れてしまっているのだ。
逆に言うなら、視界の外にアッシュはいるわけだ。
動体視力が高ければ、もしかしたら移動方向を目で追えて、どこらへんにいるかわかるかもしれない。
……わかったところで彼の姿は確認できないわけだけど。眼球や首を動かそうとしたとき、すでに攻撃されているという些細で致命的な問題があるために。
「……ったく、本当に時速300キロ出てそうだ」
サンダーがバキュームする動きは俺の目では追えない。
なら、心眼で追うしかないだろう。
「――……目を。1回戦で習得したというスキルか」
「心眼、みたいな感じのな」
神殿に行ってないので、まだ正確なスキル名称はわからない。
「これなら、死角はない」
後ろに回られても見失うことはない。
とはいえスキルの特性か、熟練度が低いせいか、精度は居場所がわかる程度。せいぜい体勢や構えくらいか。
もう少し言うと、動作中の場合は肘から先、膝から先が不明瞭になる感じだ。
手が消えた写真、ではないが、原理的には似たようなものだろう。
リーンにアッシュと同じくらいの速さで動いてもらったところ、移動は軌跡くらいしか捉えられなかった。
そして。
「反応する自信はまったくないけどなっ」
ギリアナでさえ無理だったのだ。さらに上の速さのアッシュに対応できるはずもない。
「そうかもしれないな。しかし、数を重ねれば――こちらの動きを予測し、動くことができるようになるのではないか?」
俺には<自動回帰>がある。
1回では無理。ならば、10回、100回と失敗を繰り返し――その後に成功に辿り着く。
作戦などとは呼べないが、それが俺に残された道だ。
それが可能だと思えるのは、アッシュが使っているのが木剣――打撃武器だからだ。
そして、俺は他の闘士と比べると軽い。
アッシュの攻撃を喰らうにしろ受けるにしろ、体勢を維持することは困難極まる。
そのせいで、おそらくアッシュの攻撃はある程度、単発・散発になる。なってしまう。
かといって加減した攻撃もしづらいはずだ。
試合時間中、ほとんど攻撃されっぱなしだったギリアナ戦と比べると状況は単純になる。
いわば将棋における初期盤面から初手を、せいぜい数手先を読めばいいのだから。
それなら俺にもチャンスがある。あった。
しかし、相手に作戦を読まれてしまうと辛い。
初手端歩のような異端の手筋を出されると読めない。
競技そのものが将棋から囲碁に変わったまである。
定石を外されたら、初手を読む手がかりがなくなってしまう。
「はぁ……戦うとなると嫌なヤツだよな、アッシュは」
「褒め言葉と受け取っておこう」
アッシュの気配が変わったのが、スキルとは関係なしにわかった。
物理的なエネルギーなど出ていないはずなのに、肌がビリビリと震える。
――来るっ。
アッシュの色は、薄い青緑。エメラルドブルーといったところだ。
リーンやエイヴは白っぽかったので、人型の色はたぶん属性を示している。
アッシュは風か水か、2つともか。まあ今はあんまり関係ないが。
それが、アッシュを示す青緑色の人型が――暗闇を奔る。まるで電撃のように。
「……がっ!?」
背後に移動したと認識した瞬間、骨が折れる音が響き、前方へ吹っ飛ばされた。
俺にできたのは落とさないよう剣を握りしめることだけ。
「くぅっ……!」
とにかく身を起こすが、石盤上を転がる間に俺はアッシュの姿を見失ってしまっていた。
再び心眼がアッシュを捉えたとき、左腕に衝撃。
今度は横倒しのまま数メートルを移動させられた。
……これは、リーンに攻撃しておいてもらった方が良かったかもしれない。
急激な方向転換――いや、体が勢いよく回転すると、心眼の機能が一時麻痺してしまう。
滑る勢いを利用して体を回転させ、立ち上がる。
アッシュの居場所はわからない。
が、俺は<縮地>を使用した。舞台の中央方向へ向けて。
アッシュの姿が正面に現れ、左へ移動する。
「読まれたか……」
「ハンデもらってるからな」
はっきりとそう宣言したわけではないが――アッシュは俺を場外へ落として勝つつもりだ。
その方針はアッシュの居場所や攻撃方向を絞る助けになる。
俺を場外へ落とすつもりなら、アッシュは当然、舞台の中央方向にいるはずだから。
そっちへ体当たりをかませば牽制にもなるし、そうそう場外まで飛ばされたりはしない。
さらにアッシュは頭部と剣を握る右腕への攻撃を避けている。
前者は気絶による<絶対睡眠>の発動を避けるため。
後者は俺が剣を動かそうとした際に攻撃判定が生まれる可能性があるためだろう。
これだけこちらに有利な条件があって、現状手も足も出ないとはまったくもって笑える話だ。
「気にするな。条件付きの戦闘も悪くはない――が、長引かせる気はない。長期戦になると、何をされるかわからないからな」
「…………」
ぐぬぬ。
ぼんやりと浮かぶ戦略はどれも長期戦が必須だというのに……。
「心眼――いいスキルだ。しかし、おそらく弱点がある」
アッシュが歩いて近づいてくる。
「くっ……」
アッシュには近づくという意図以外はなさそうだが、それすら嫌な攻め方だ。
突っ込むか、留まるか、退くか。
単純に3つの選択肢がある。あるからこそ、迷ってしまう。あまりよろしくない。
とりあえず同じように下がってみるが、アッシュの歩みは一定。止まらない。
このまま下がり続ければ場外に近づいていくだけだ。
止まって様子を見るしかない、か。
突っ込んでも返り討ちは間違いないし、自分から攻めると状況判断が難しくなるのがまずい。
何をされたかわからない、なんてことになると非常に困る。
「さて……」
アッシュは3メートルほどの位置で、足を止めた。
頬を汗が伝うのを感じる。
「アカシ、これは見えるか?」
「――ごふっ!?」
前触れのない突然の衝撃。
見えない壁が勢いよくぶつかってきたかのような強烈な圧力。
何らかの攻撃によってふっ飛ばされたと気づいたのは、舞台上を転がっている最中だった。
「がはっ、かはっ……! な、なん、だっ!?」
肺が押し潰されでもしたかのように呼吸がままならない。
それでも起き上がって――愕然とする。
アッシュの位置は遠い、おそらく足を止めたところから動いていない。
ま、まさか……離れたところから攻撃された?
「斬れない魔物もいる――戦士系にとっては必須のスキルだ」
レイズと同じようなスキルかっ!?
黒地という視野に、鮮烈な青い軌跡が描かれる。
――真っ正面ッ!?
思わず身構えるが、襲ってきたのは剣撃ではなく先程と同様の衝撃だった。
「ふぐっ……!?」
胸部がメキメキと軋み、息が詰まる。
そして、俺の体は後方へ弾き飛ばされていた。
――くっそっ!
自分でも奇跡と思える動きで姿勢を整え、足が地面に触れた瞬間に<縮地>で横へ飛び退く。
同時、破壊的な何かが左腕を掠めていった。
ぞわっと首筋が寒くなる。
ちょちょ、ちょっと待てっ……これは――……。
終わったくさい……。




