3回戦 右から左へ
「アカシ様、おめでとうございます。達人に昇格しましたよ」
外に出て遅めの朝食を食べていると、リーンがそんなことを言った。
「……は? 達人?」
「あのレイズという闘士が最後に使った防御スキルなのですが――どうやら、攻撃スキルの効果を無効化できるようなのです」
「ほう……」
そうか。それなら、あの場面で発動させてもいいな。
「故に、アカシ様の攻撃はスキルではなく卓抜した技だと認識されたようですね」
「へー……」
勘違いも甚だしい。
そう思われることにデメリットはあるようなないような。教えて下さい、とかが一番困るかもしれない。
まあ大闘技祭期間中は問題ないだろう。
「それより、俺のスキルが無効化されなかったのは?」
「格が違うからじゃな」
「……格、とな?」
「防御力アップにスキルの無効化――間違いなく希少スキルじゃ。同格以下のスキルなら無効化できよう。しかし、アカシの<眠りあれ>の格は神級といっていいからのぅ」
神級。
<絶対睡眠>やら<神器適性>やら<自動回帰>なんかはそれっぽいが、<眠りあれ>もか。
「そうですね。ダメージを与えられるかが大きな問題ですが――発動条件が整えば、ゾネ様さえ眠らせることが可能でしょう」
おお、もし本当ならすごいな。
攻撃力が貧弱なのはいただけないが、神さえも倒しうるスキルとは。
「そのようなスキルを、一介の闘士が無効化できる道理はあるまい?」
「文字通り格の違いを教えてやったわけか」
――所有するスキルの格だけは世界一かもしれない。格だけは。
「そして、午後は格の違いを教わる番、というわけですね?」
「……嬉しそうに言うんじゃない」
けど、もっともな話なんだよなー……。
予想される試合展開は3パターン。
惨敗するか圧勝するか、奇跡のサヨナラホーマーをかっ飛ばすか。
2番目は、よほどのイレギュラーがない限りは起こらない。
1と3。どちらにしても、基本ボコられる展開だ。
「秘密特訓の成果はどうなんじゃ?」
「個人的には大満足してるよ。けど……」
「アッシュ様には通じないでしょうね。使い方次第で驚かすことはできるでしょうが……決定打にはならないでしょう」
「ふむ……」
「ただ――私を付き合わせたのですから、使わずに負けることは許されませんよ」
「わかってるよ」
* * *
「なんとか辿り着いたぞ、アッシュ」
「ああ。いい試合をしよう」
俺とアッシュは3回戦の舞台上で挨拶を交わした。
アッシュは2回戦も圧勝で勝ち上がり、闘技場推薦の闘士を押しのけすでに優勝候補筆頭と目されている。
その強さを今さら語る必要はないだろう。
さて。
俺の保有スキルの性質上、この試合に限らず、善戦という概念は存在しない。
善戦が成り立つほどに身体能力や技術が近ければ、攻防が存在するなら、俺が勝つからだ。
考え方としては、一矢報いる、だろう。
その概念との差は、それがそのまま勝利に繋がること。
事実、俺は一矢だけ報いてここまで勝ってきたのだ。
『片や一撃必倒の達人ッ! 片や神速の優勝候補ッ!! オッズに偏りは見られるものの3回戦屈指の好カードだぜっ!』
好カードね……そうなればいいんだけどな。
『さあいよいよ開始時刻だ! 見所はわかってるなっ!? 絶対に瞬きするなよっ! しなくても見損ねるぞっ!』
カウントダウンが始まる。
俺は腰を沈め、スタンディングスタートのような姿勢を取る。
控え室で色々と考えた。
特に、昨日の特訓で覚えたスキルの使いどころを。
結論は、開始直後。
唯一アッシュが静止し、その居場所を1点に絞れるタイミングだ。
『2、1――ぜっろおおぉっ!!』
開始の瞬間、スキル行使の明確な意志を持って地面を蹴った。
俺がリーンの魔法の助けを借りて取得したスキルは――<縮地>。
アッシュが使っているそれだ。
実のところ最高速が知れているから、一歩目からそこに到達できたとしても、神速ではなく高速止まり。アッシュのように効果は劇的ではない。
それでも開始時の5メートルの距離はコンマ2~3秒だ。
不意を突ける可能性はある。
何より、アッシュの戦い方の傾向――。
実況も示唆していたように、アッシュはこれまで戦闘開始直後から動いてきた。
この試合も同様に動いてくるなら、正面衝突の可能性がある。
観客的には面白くないだろうが、ぶつかり合えば――それで俺が気絶さえしなければ、俺の勝ちだ。
移動方向が異なりすれ違ってくれるのも、初太刀を躱せるという意味で悪くない。
さあ、どうなるか――。
距離が半分になったとき、アッシュはまだ視界の中央。動かない。
開始位置に留まったまま、剣を構えている。
アッシュの速度なら今からでも避けられそうだが、その気配はない。
……どういうことだ?
いや、なんでもいい、これはチャンスだ。このまま攻撃するのみ。
「――はぁっ!」
間合いに入る手前、移動を加味した位置で剣を振り始める。無論、全力で。
斜め下からの斬り上げが、アッシュの体に迫る。
その目は剣を正確に捉えているようだが――避けない。避ける素振りが感じられない。
代わりに、アッシュの剣が動く。
防御するつもりなのか?
剣と剣が接触し――俺はアッシュとすれ違った。
「――っ……」
手応えは予想外に小さかった。
が、それでもぶつかり合ったのは確実だ。
ならばダメージは通ったはず。
勝利を感じつつ、一方で焦燥にも似た不安感。
まさか……こんなにあっけなく?
「なるほど。それを覚えようとしていたのか」
「――んなっ!?」
聞こえた声に振り返り、驚愕する。
アッシュは寝ていなかった。
つまり、今の接触でアッシュはダメージを受けていないことになる。
『おおっとぉっ! 予想に反して飛び込んでいったのは闘士アカシだったぁぁッ! しかし数々の対戦相手を屠ってきた攻撃はっ、効いていないぃぃっ!?』
受け流した、のか? ノーダメージで?
考えてみれば正面から斬りかかったのに、すれ違ったのはおかしい気がする。
俺は体当たりも辞さない覚悟だった。
アッシュが動いていない限り、そのままぶつかっていたはずなのだ。
「正直、虚を突かれた。――危ないところだった」
んな顔はしてないぞ。
いつも通り内心を窺い知れないポーカーフェイスだ。
「バトルロイヤルを見てから、俺もアカシとの対戦を想定して対策を練っていた」
「ほ、ほう……」
あ、アウトオブ眼中ではなかったのか。慢心しない男だな……。
「じゃあ動かなかったのは……?」
これまでの試合と異なる入りをしたのは理由があるはずだ。
「先手を譲ったのは、アカシのスキルを防げるかどうか――を、試してみたかったからだ」
スキルか技量か、その両方か。
とにかくアッシュは、ダメージを受けずに俺の攻撃を捌ける。
――あれ、詰んでない?
「まさか<縮地>で来るとは思わなかった。動きと攻撃に、もう少し速度があれば決まっていたかもしれない」
「うるへー。俺の身体能力じゃ、今のが限界なんだよ」
「末恐ろしいとも言えるな」
レベル上がらないからその末はなさそうだ。
いや、今はそんなことはいい。
これからどう戦う……?
アッシュは俺の攻撃を待って、受けた。
アッシュにしてみれば遅いはずの攻撃をだ。
万全の体勢でないと完璧には受け流せないということかもしれない。
しかし、アッシュのことだ、今のでコツを掴んでどんな体勢でもということもあり得る。
それくらい普通にやってのけそうな男なのだ。
ただ……この対処は剣による攻撃に限定されそうではある。
さすがに体当たりを剣で受け流すとか、そんな訳がわからないよ的なことはできないはずだ。
「では、再開といこうか。今度はこちらから攻めさせてもらうぞ――」




