特訓してみる
「……リーンはさ」
「はい」
「アッシュのあの強さを知ってて、ぶつけようとしたわけ?」
「いえ……」
リーンはちょっとばつの悪そうな表情を見せる。
「私もあそこまでとは思っていませんでしたので……」
「そうじゃのう。身のこなしなら、英雄と比べても遜色はなかろうよ。奴は空中も同じように走っておったがなっ!」
人として規格外な速さというわけか。
あんなのがホイホイいてもらっても困るからなー……。
まあ、アッシュの動きが英雄級だとわかったところで何かが変わるわけでもない。
アッシュとの戦いは、一言に集約される。
すなわち――間に合わない。
本来、速さというのは諸刃の剣だ。
陸上の短距離選手もトップスピードから一瞬で停止することはできない。
車だってスピードを上げるほどブレーキをかけてから止まるまでの距離が伸びていく。
曲がるときも同じだ。スピードを出しすぎたら曲がれず谷底へ落ちる。
けど、その辺りがスキルで解決されてしまっている。
あれこそ俺たち日本人が考える正しきスキルの姿だ。スキルとは入門書に書かれていたような寒い使われ方をするものではない。断じてない。
まあ誰にも使われない死にスキルはどこの業界にもあるんだろうけど。
「夜風に当たりたい気分だ……1日で1年修業できる部屋とかない?」
「残念ながら」
「時の流れを変化させるのはちと難しいのう」
時間の水増しはできないらしい。
2回戦も1戦目なので20時間か。何ができるだろう。
たまたま経験値が溜まっていたっぽい心眼スキルでも1日ではマスターできなかった。
上級スキルの取得は無理。
覚えられるのは<強撃>みたいな100回繰り返す系。
1000回でも条件がわかっていたら何とかなるかもしれないが……。
死なない程度の能力と気配を読む程度の能力と安全に眠る程度の能力はすでにあるから、あと必要な程度能力はなんだろうか。
「とりあえず、帰ろう。昼寝してから考えよう」
* * *
昼寝の後の遅い昼食の後、部屋に戻って座禅を組んだ。
そういう習慣は特にない。
ちょっと先人にあやかってみようと思っただけだ。
「ふむ……なるほど」
目を閉じて集中すると、周囲がぼんやりと把握できる。
部屋の形状。物の位置と形。無機物はどうやら白っぽく見えるらしい。
ギリアナは赤だった。人がそうなのか、敵性生物だからか、あるいは属性の色で見えるのか。
まあ、そのへんは後で確かめるとしよう。
スキルが有効な距離も調べないといけない。
ただ、壁の向こうはわからないので最大距離は壁までと考えていいだろう。
闘技場の舞台では無縁の話だ。
「……せっかく覚えたのに、このスキルだけじゃ足りなそうなんだよな」
スキルで相手の姿を捉えることができても、体が反応するかは別問題だ。
ギリアナの速さでさえついていけなかった。普通に戦ったら負けは必定。
結局、相打ちを狙いにいくしかないのだが……。
まず武器でそれをやるのは不可能だ。
武器を振り出したところで攻撃を喰らう。それくらい絶望的な速度差がある。
やはり体ごといくしかない。
試合後は会わなかったものの、時間的にアッシュは俺の戦いを見ることができた。
知り合いだし、アッシュならたぶん見ていたはず。……酷い試合だったから途中で見るのをやめた可能性もあるけど。
仮に見ていたなら簡単には喰らってくれないだろう。
俺と接触しないように、攻撃を止めるか武器を離すか、体ごと移動してわざと空振るか。
それくらいは顔色ひとつ変えずにやりそうな男だ。
あとフェイントの問題もある。
この心眼的スキルでは、動きは見えても攻撃の虚実を判断するのは無理だ。
「こんだけ絶望を引っ張り出したんだから、箱の底にコソッと希望とか残ってないかねー……」
人生経験を漁ってみる。
元の世界の経験によるスキル取得は、もう心当たりがない。せいぜい速読くらいだ。
戦いの役に立つ経験を現代人がしてるはずないしな。ゲームや漫画ならたっぷりあるけど。
「この際、経験はフィクションでいいや。何かなかったっけ、神速さん相手に効果的なスキルは……」
…………。
……思い浮かばないな。
圧倒的な速さとか主人公の最終進化形とかだったりするんだよな。
だから、それに都合のいい対抗策はない。
せいぜい戦闘経験で対処するとか予測して対応する、とか?
予測的なスキルはエイヴが持っている。
が、アレはどうも1000年もの間、世界を見続けたという膨大な経験によって取得したレアスキルらしい。1日ではとてもとても。
かの星座漫画も光速に対抗するには光速の域に達しなければいけなかったわけで、それが事実上のファイナルアンサー。
「なら、それでいくか……」
ワンチャンスくらいはあるだろうが、取得できたとしても勝てはしないだろう。
そうだとしても……少しくらいは驚かせてやらないとな。
「どっちに頼もうか……ま、暇そうな方でいいか。リーン、リーン、聞こえてるかーっ」
と、部屋の中で適当に叫んでみる。
しばらくすると、ドアが開いてリーンが入ってきた。
「暇そうとは何ですか暇そうとは」
「あれ、違うのか?」
「違いはしませんが……それで私に頼みとは?」
「ちょっと修業を手伝ってくれ。……アッシュの強さの読み違いの責任を取って」
* * *
南側には魔物がいっぱいらしいので、北の草原へやってきた。
似たようなことを考えている人がいるかと思ったけど、全体の数からしたらごく少数だ。
どちらかというとピクニック気分な観光客の方が多い。
しょぼい修業光景をお見せするのは何なので、人目のないところまで移動した。
「それで、どのように? アッシュ様と同じ速さで動けばよろしいですか?」
「そんなことできんの……?」
「当然です」
……当然なのか。まあリーンだしな。
魔戦士クラスのエイヴの戦いぶりを見るに、やってやれないことはなさそうだ。
「まあ、あんまり意味ないからそれはいい」
「……そうですか」
「つまらなそうに……それはあれか、俺を痛めつけたかったということでいいのか?」
「いえいえ。アカシ様を地べたに這いつくばらせてやろうなどと思ったりはしていません」
「あそ」
本気かどうかよくわからない。
「頼みたいのは補助魔法だよ。いつぞや話してたろ、スキルと魔法について――」




