本当の絶望はこれからだ
審判の勝利宣言を聞いた後、控え室に引き上げた。
「……ふぅ」
勝利の喜びはあんまりなかった。
心眼っぽいスキルを覚えるという目的は果たせたものの、勝ち自体はフロックだ。
ギリアナが遊ばなければ、あっさりと負けていたはずだ。
四肢切断して投げ飛ばしでよかったのだから。
……遊んでいて負けた、つまり自業自得とも言えるけども。
あと、一本背負いの後に見たギリアナの寝顔は締まりがなく非常に幸せそうだった。
どんな夢を見ているのかは推して知るべし。
着替えるために服に手をかけようとして、上半身裸なのに気づく。
「……っと……そりゃそうだ」
あんだけ攻撃されたのだ。
服は元に戻らないし、布吹雪となって散ったのだろう。
ちなみにズボンの方はハーフ丈になっているくらいだ。
下半身の攻撃が少なかったのはギリアナの倫理的良心というやつだったのかもしれない。つまらないものを斬ってしまわないように。
考えてみれば、男の急所攻撃は一度もなかった。やられたら悶絶して失神KO間違いナシだ。規定上はどうなっているのだったか……。
何はともあれ、1回戦突破だ。
……ただただ疲れた。
風呂入りたい……入って寝たい。
「1回戦でよかったー……この後に試合とかやる気になれないもんな……」
* * *
「お疲れさまです」
「ああ……」
控え室を出ると、リーンがいた。
「なかなか派手な試合でしたね」
「……そうか?」
「ええ。最後の<眠りあれ>より、不死身っぷりが注目を集めていましたよ。呆れていた方も多くいたようですが」
リーンが、ふいっと顔を背けた。少し肩が震えて見える。
笑い堪えてないか、こいつ。
「……リーンが笑ってなかったか、あとでエイヴたちに聞いてみるよ」
「構いませんよ。ちゃんと悲愴な顔をしていた見ていたはずですから」
「ってことは内心では笑ってたってことだろっ!」
「そうなりますね」
「ったく……」
まあいい、リーンはこういうヤツだ。
逆に、憤慨してたりしたら反応に困る。
「災難でしたね、とだけは言っておきます」
「まったくだ」
「早く寝たそうな顔ですが、どうします? アッシュ様の試合くらいは見学していかれますか?」
「……そう、だな」
* * *
「はっはっはっ! やるではないか、アカシッ! さすがは不死人じゃのぅっ!」
観客席へ行くと、エイヴにバンバンと背中を叩かれた。
「おう。サンキュー」
不死人か。獣魔と契約してない状態だな。
俺も派手な飛び道具欲しい……。
「スキルも覚えたようじゃったが?」
「どうにかこうにかな」
「そうかそうかっ、それは重畳っ……!」
エイヴはウンウンと頷いた。
「なんつー戦い方してんだ、オメーさんは」
「どーも」
シュライエンさんも見てくれていたらしい。
ちょっとお見せするのが恥ずかしい戦いだったが……。
「最初っから最後みたく体当たりしてりゃ楽に勝てたんじゃねえか?」
「んー……どうでしょうね。やろうにも相手の位置がわからないし、いっぺん外して警戒されたら終わりですしねー……」
「フム……」
「だいたい、自分から攻撃を喰らいにいく心境にはなってなかったですよ……序盤は」
「それもそうか。自分ならって考えちまうが、オメーの体じゃダメージでけぇもんな。ま、戦い方に文句言う筋合いでもねえし、1回戦突破おめでとうと言っておくべきだわな」
「どうもです」
バトルロイヤルでシュライエンさんに勝ってなかったら、諦めてただろうなとも思う。
あと、耳がいいお仲間さんの言葉もいいヒントになった。
心の中でシュライエンさん一行を拝んでおく。
「そういやあ、アカシが想定してた相手はあのギリアナって爪女なのか?」
「あ、話してませんでしたっけ。デューイがいるパーティーのリーダーですよ。順調にいけば3回戦で当たります」
* * *
1回戦第4試合が始まった。
アッシュの相手は俺と同じく闘技場推薦の闘士ムトだ。
そして、開始からわずか1分――いや、正確には20秒程度だろう。
すでに、舞台上には勝者と敗者が生まれていた。
『これは驚きっ、まさに電光石火ぁぁぁっ!!』
相手を気絶させ、勝ったのはアッシュだ。
開始とほぼ同時、一足飛びに斬り込むとそのまま押し切ったのだ。
相手のムトは決して弱くなかったはずだ。
発表された優勝オッズが7・5。人気ならギリアナより格上。
同じ闘技場推薦なので、おそらく実力もそうだったはずだ。
そして、油断していたわけでもなかった。
それでもほとんど何もできずに、一方的な展開で敗北した。
「オイオイ……なんだありゃあ。バケモンじゃねえか……」
「ちょっ……!? シュライエンさんがそれ言っちゃうんですかっ!?」
シュライエンさんが背もたれに寄りかかった。
ミシッと、椅子がちょっと悲鳴を上げる。
「斬り込んだと思ったら、もう背後に回り込んでやがった……上から見ててソレだぜ? 目の前でやられりゃ、ついていけねえぞ……」
「ちょ、直感系のスキルだったら?」
「アァ……なんつうか、アレはそういう次元の問題じゃねえな……速すぎんだよ。迎撃する前にいいのもらっちまうぜ。正直なとこ、戦士クラスのルールじゃ勝ち目が見えねえ……」
……なんてことでしょう。
「おお……ワリイ。オレがってことだ。オメーさんがどうなるかはわかんねえよ」
「いやいやいや……」
「ハハ、気休め言ってもしゃあねえわな」
そう、俺だって理解している。
どう足掻いてもどこを探しても勝ち目など微塵も見当たらないことを。
「ま、オメーさんにゃ一撃必殺のスキルがあんだろ? 今日みたく耐えてりゃ、チャンスは来るかもしんねえぜ?」
そう言うと、シュライエンさんはヒョイッと肩を竦めた。
それこそ気休めだと言った本人もわかっているのだろう。
今日のはあくまで、相手がバトルジャンキーというか、根っからのサディストというか――勝ちより己の愉しみを優先させたがための結果だ。
おそらくアッシュ相手では、そうはならない。
イメージ的に、アッシュはプロフェッショナルだ。断じてあまちゃんではない。
「明日も見にくるからよ。じゃあな――……フゥ、オレもまだまだ修業が足んねえなぁ」
ガシガシと鬣を掻きながら漏らしたシュライエンさんの呟きが、やけにはっきりと聞こえた。




