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睡眠男子の異世界行脚 ~眠りあれ~  作者: えいてぃ
第1部 新たな英雄
53/164

心眼を開こう


 視界が瞼によって閉ざされる。

 赤い暗闇で対戦相手も観客も舞台も、何も見えなくなる。


 戦闘中に目をつぶるなど正気の沙汰ではないが、これでいい。

 視覚を自ら封じることで、他の五感を高めるのだ。


 日本人なら聞き馴染みのある言葉と概念――心眼。

 俺はそれをモノにしたい。


 類似スキルの存在は、昨夜エイヴに聞いて確かめている。


 取得難度はシュライエンさんに聞いた熟練の戦士が持つ直感系のスキルと変わらないだろう。

 つまり、一朝一夕で覚えられる代物ではない、だ。


 けど目を閉じた状態、という経験だけは、俺は熟練の戦士並みに豊富なのだ。


 俺は学校での授業中、よく寝ていた。

 突っ伏しての熟睡ばかりではない、頬杖をつき朧気に起きているような浅い眠りもよくあった。


 それは主に、そういう授業態度に厳しい教師のときだ。

 寝ていたら頭を叩かれ、起こされる。……普通の良心的な先生かもしれないな。

 そういうとき、例えば先生がどこにいるかという情報は常に知っておかねばならない。


 目を閉じているのだから使うのは耳。

 声や足音で、先生が教室のどこにいるかを知るわけだ。


 どうだろう、これは現代における心眼と呼べるのではないだろうか?

 いや、仮に呼べないとしても、目を閉じた状態で周囲の状況を知ろうとした回数は一般人より遙かに多い。


 あとはさらなる経験を上積みし、実戦において昇華すれば――心眼に至れる、はず。


 俺は全神経を集中し、対戦相手が放つ音を聞き分けようとした。


「…………」


 あれ? 観客の声が大きすぎて、何にも聞こえん……。


「――ぐっあああああ……!?」


 突如、背中の皮を丸ごと引っぺがされたかのような激痛。

 俺の体は反射的に、相手と痛みから逃れるため地面に倒れ込んでいた。

 そのままゴロゴロと転がってしまう。


 やばいやばいやばいっ! 痛すぎるっ、シャレにならないっ……あ、消えた。


 目を閉じてる余裕はなく、立ち上がって相手を確認する。


「……なんだ。ただのハッタリ?」


 追撃を仕掛けることなく、余裕の表情でこっちを見ていた。


「それをしちゃうクソ度胸は褒めてあげるけどさ」

「く、くく、くくくく……失敗、したか」


 だいたい、なんだ心眼ってっ! 目をつぶったままテニスをプレーするとか、俺がそんな天才性持ってるわけないだろっ!?


 いや、いやいやいや、落ち着け。落ち着こう。


 スキルはすべからく反復によって取得するものだ。

 故に、俺がここで開眼できるかどうかは、俺がこれまでの人生ならぬ寝生においてどれだけ目を閉じての状況判断を反復してきたかにかかっている。はず。


 生き物を殺した経験値の蓄積はなかったっぽいが、体の動かし方を忘れていたりはしていない。

 感覚的な経験は蓄積されているということだ。ならば可能性はある。あるに賭ける。


「それよりさぁ、今のは思いっきりイレてみたんだけどねぇ……やっぱり治っちゃうか」


 ギリアナは滴っていた血が消えた爪をつまらなそうに見ている。


 ここに至ればあの物騒な二つ名の由来は明らかだ。

 その名の通り、あの爪が相手の血で染まる――。


「まあ治るといっても、しっかり痛がってるところ見るに……治るまで痛みは消えない」


 もちろんそうだ。痛みを感じないわけじゃない。

 とすると……これはまずい流れではないか?


 ギリアナの唇が嫌な形に歪む。


「ああ……だったらいいわ。アンタ――最高じゃないの」


 耳や尻尾が動いていた。

 ずいぶんと機嫌良さそうに、玩具でも見つけたかのように。


 ――降参するなら今しかない。

 と大して鋭くもない勘が告げている。


「残り時間――たぁっぷり刻んであげるよ……!」


 * * *


「あははははははっ……! ああぁぁ、いい顔だっ……! 感覚が麻痺したりもしないようだねぇっ!」


 ギリアナは俺の周りを跳ね回り攻撃を入れてくる。


 翻弄される、というのはこういうことをいうのかと理解できるほどに、俺はその動きについていけない。

 棒立ちで爪撃を受け続けることを強いられている。まさにスタン状態だ。


 反撃しようにも常に腱が切られてでもいるのか腕がまともな反応をしない。

 指先の感覚も怪しく、剣を握っているのかさえわからなくなっていた。


「がっ……!? うぎっ……!」


 10秒と経たずに傷は消える。

 だが、それでも常に体の数カ所が激痛を発している状態だ。


 生きたままミキサーにでもかけられている気分――。

 マゾ過ぎるし、いつかというより、今すぐにでも気絶してしまいそうだ。

 目を開けていることすら辛い。


 ああもうそれならいっそ――再チャレンジだ。


 とにかく、耳と肌で周囲を探ろうとしてみた。


 それ自体は別に難しいことじゃない。

 誰だって、目の前にあるのが空間か壁かくらいはわかる。

 要はその範囲と精度を上げていけばいいのだ。


 けど……何もわからない。


「あっはぁっ! 愉しいねぇっ!」


 ギリアナの嬌声と、鋭い痛みが発生する寸前に風切り音が聞こえるだけだ。

 ダメかもしれない……でも、信じよう。

 信じる者は救われる。いや違うな、信じる者は儲かるのだ。


 儲かる儲かる儲かる。俺は儲かる。って、儲かるを信じてどうするっ!?


 腕に腹に背中に、赤色の電撃が走る。痛みに意識が掻き乱される。呻き声が勝手に出ていく。


 それでも、俺は続けた。


 情報が何も得られずとも、ただただ耳を澄ませた。

 触覚を周囲に延ばすようなイメージを持ち続けた。


 痛みと恐怖。相手に対する負の感情。そんなものはいらない。まとめて捨てる。

 そのために、感謝感激すらしよう。雨嵐のごとくいっぱい攻撃してくれてありがとう、と。


 ああぁ爪で切られ抉られるこの感触、病みつきに……はならんぞっ。

 だが今の俺の精神状態はそれくらいヤバイ方向へ行っている気がする。


 混乱とか錯乱の状態異常にかかっているかもしれないと思うほどだ。

 いくら回復するからって、無防備に攻撃を受け続けるなど狂気の沙汰。


 実況や観客はこの闘いをどう見ているのだろうか。

 盛り上がっているのか醒めているのか。


『オオオオォォォォォォォッ!!』


 盛り上がってるらしい。くそ、戦闘中毒者どもめっ。


 * * *


「……っ……」


 わずかばかりでも、何かを感じ取れるようになったのはどれくらい経ってからだろうか。


 気づくと――暗闇の中に赤色の靄のようなものが現れていた。


 それは俺の周囲を高速で動いていた。

 そして、その靄が俺と接触したとき体に痛みが走る。


 どうやら間違いない、この赤い靄が対戦相手、ギリアナだ。


 そう確信したとき、靄が人型となった。


「お、おおおおっ……」


 自分でも驚きだ。

 まさか本当に会得できるとは。


 これが心眼なのかはわからないが、ともかく位置はなんとなく捉えることができるようになった。


 しかも視界と違い、この心の眼には死角がない。

 背後に回られても、人型が少し不明瞭になるだけで見失うことはない。


 あとは、これをどう攻撃に繋げるかだ。


 位置がわかったところで普通に攻撃したなら避けられて終わり。

 ……だが、今ならチャンスはある。


 ギリアナは俺を嬲ることに夢中で警戒感が薄れている。

 これなら合わせられなくもない、はず。


『一方的にも関わらずまだ終わらないっ、まだ耐えるぅ、治るぅぅっ! あと1分で判定だぞぉっ!?』


 余裕ができたおかげで、そんな実況の声が耳に入る。

 何が恐ろしいかって、30分以上も攻撃を喰らい続けていたという事実が恐ろしかった。

 2~3秒に1回くらい攻撃されているからトータルで……750回くらい。うげふ。よくもまあ飽きずに攻撃し続けられたもんだ。

 これだけの実力差があれば、俺を場外に叩き出すことはそう難しくなかったはずなのに。


「はっ……はっはぁっ! さあっ、最後まで愉しく踊り狂おうじゃないかぁっ!」

「ぐうっ……!」


 背中が引き裂かれた。

 テンションこそ最初と変わらない。が、ギリアナの息遣いは荒い。

 30分以上もぶっ通しで動き回っているし、さすがにスタミナを消費しているようだ。……興奮しすぎてるせいとかだったら嫌だけども。


 腕は常に狙われているが、俺を立たせておくためか足はほとんど攻撃されていない。足は動く。

 ひいては体が動く。


 だが、まず動かすべきは――。


 ギリアナが前に回り込んできた。

 ここしかない。


 動け動け動けっ……!


「う、おおおおおおおおっ……!!」


 俺は右腕を振り上げた。

 右手が剣を持っているかどうかは関係ない。殺気で剣を見せるとかそんなことでもない。


 ただ、反撃の体裁さえ作れればそれで十分――。


『闘士アカシッ、最後の力を振り絞って反撃に出るが――ああぁっ、無情にも空振りだぁっ!?』


 振り下ろした右手がギリアナを捉えることはなかった。


 ここで大きく避けきってしまえば、ギリアナの勝ちだ。

 だが、彼女はそれをしない。


 一撃でも多く爪痕を刻もうと考えているが故に、俺の死角に回り込むように動く。

 すなわち、右後方か左後方。


 ――右ッ!


 その位置を俺はしっかりと捉えていた。


「あははっ、ざぁんねんっ……!」


 間髪入れない反撃が襲いかかってくる。

 避けられないし、武器による反撃も無理、そんな完璧といっていいタイミングで。


 けど、ざぁんねん。ここまでは俺のシナリオ通りだ。


 上げた手を振り下ろした、その動きによって俺の膝はいい具合に曲がっている。

 どんな具合かというと、このまま体当たりできる具合に。


「くら、えええええぇぇっ!!」


 後ろを向いたまま、右斜め後方へ。

 ギリアナの爪へ向けて、体当たりを放つ。


「――っ!?」


 攻撃そのものに対するカウンター。

 わかりやすく言うなら、俺は攻撃の意志を持ってギリアナの爪に当たりにいったのだ。


 <眠りあれ>は武器を使わなくても発動する。


 発動に必要なのは、相手へのダメージと攻撃の意志だ。


 例えば、知り合いの肩を叩いただけじゃ<眠りあれ>は発動しない。というか、発動したらあまりにも不便すぎる。

 同様に、作用反作用の法則で相手に衝撃を返しても発動はしない。せめて振りほどくといった攻撃的な意志の発露がないといけないのだ。


「がはっ!?」


 ――脇下に重く深い衝撃。

 同時に肋骨が折れる音が響き、激しい窒息感が俺の意識を眩ませる。


 自分からぶつかりにいったせいで、これまでで最も強烈な一撃になってしまったようだ。


 だが……成功だ。


 それを確信し、久しぶりに目を開ける。


 俺を引き裂くはずだったギリアナの爪は、掴むような形で脇腹に深々と食い込んでいた。

 そして、そのまま、主と共に意志を失い動かない。


 なら、あとすることはひとつだけ。トドメだ。


 回復した左手でギリアナの右手を掴み、爪を俺から引き剥がす。

 

 そして、右腕を両手で抱え込みつつ、後ろ向きにギリアナの懐へと入る。


 皆様ご存知のこの体勢から放つ技は――。


「うっらあああぁぁっ!!」


 自分でもよくわからない感情を込めに込めた、一本背負いだ。


『闘士アカシの投げが炸裂ぅっ!? 闘士ギリアナ動かない、動かないぃぃぃぃっ!! ああっとこれはっ、逆転、逆転ーーーーっ!!』



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