予選トーナメント
大闘技祭4日目――。
闘技場<ヘルト>では、戦士クラスの予選トーナメント1日目が行われる。
1枠の決勝トーナメント出場を賭けて戦う闘士は、バトルロイヤルを勝ち抜いた15名と<ヘルト>の年チャンピオンなど予選シード組17名の計32名。
予選トーナメントにシードはないので、全5回戦。それを2日でこなす。
試合数は均等割。つまり今日は1回戦16試合のみが行われる。
明日の2日目に、2回戦以降の15試合……回復魔法がなかったら不可能な日程だ。
午前8時過ぎ。
トーナメントの組み合わせ抽選が行われる選手受付のところへ行くと、アッシュがすでに来ていた。
「眠そうだな」
「ちょっと一夜漬けしてたからさ……」
まだモノにはなっていないが……。
「……当たったらお手柔らかに頼む」
「気絶させないよう気をつけよう」
ざっくりと<絶対睡眠>のことを聞いているようで何よりだ。
でも気絶させないようにとか、ドS過ぎないだろうか。嬲ると言ってるのと変わらない気がする。
そして一方的に攻撃を喰らい続けるとかドMの誹りを免れ得ない、勝てないと思ったら素直に降参しよう。
試合の時間は限られているから、体力切れも狙えないしな……。
抽選の時間が迫り、続々と闘士がやってくる。
ちなみにこの抽選、来なくても構わない。いないなら係員が勝手に引く。
まあ欠席裁判を望む闘士はおらず、32名全員が揃った。
とりあえず、みんなでかい。
180はあるアッシュですら小柄に見えるほどだ。
そして、8時30分。運命の抽選が始まる。
リーンはアッシュと戦ってほしいと思っているはずだが、俺はアッシュとは当たりたくないのが本音だ。
読者の諸君にも申し訳ないが、どう足掻いても今日は勝ち目がない。
「名前を呼ばれた闘士から引いていってください。まずはバトルロイヤル1の勝者、ナンバー9、闘士ガンダル」
「オウ……!」
受付の前にできている輪の中から獣人が歩み出て、テーブル上に用意された箱の前に立った。
気合いを入れ、中身の見えない箱の中へ手を突っ込む。
カラカラと探るような音。
そして、勢いよく腕が引き抜かれた。
その手が握っていたのは1枚の小さな板。
……まあ手がでかいから小さく見えるだけで、たぶん俺の手のひらくらいはあるけど。
「闘士ガンダル、19番。10戦目となります」
バトルロイヤルを勝ち抜いた闘士が順に、箱に手を突っ込んでクジを引いていく。
アッシュが引いたのは8。4戦目だ。
「バトルロイヤル5の勝者、ナンバー102、闘士アカシ」
「うい」
呼ばれて箱の前に立つ。
魔法で変な小細工がされていないことを切に願う。
せめて、この1回戦では当たらないでくれ――。
祈りつつ、クジを引いた。
「闘士アカシ、2番。1戦目となります」
ごぼぉっ!? オープニング試合だとっ!?
別の意味でやらかしてしまった感が満載だ。
まあ順調に勝ち抜けたとして、アッシュと当たるのは……3回戦か。それは悪くはない。
何が悪くないって、3回戦ならボロ負けしても観客がシラけたりしなさそうなところ。決勝が一撃KOでは寒いもんな……。
トラブルは特になく、抽選が進んでいく。
「闘士ギリアナ、1番。1戦目となります」
俺の相手が決まった。
覚えていたのか、俺からの視線を感じたのか――1番を引いた闘士と目が合う。
猫科の獣人。年齢は20~30くらいだろうか。少なくとも年老いた雰囲気はない。
背丈は俺より10センチ以上は高いものの、筋骨隆々の他闘士と比べるとかなり細身。……いや、男どもと比べては失礼か。
ギリアナという名の闘士、目つきはきついが胸の膨らみから見て女性であることに疑いの余地はない。
身体の構造というか手足の形状が少し動物寄り――四足歩行のそれに近い印象がある。それほど血が濃いとなると、獣化もおそらく可能だろう。
変身型宇宙人のように美意識で変身しないとかあるかもしれないが。
戦闘スタイルはおそらく俺が苦手にすると思われるスピード系だろう。
加えて彼女は、闘技場の推薦枠での出場だ。
それは闘技を生業にしている証明であり、それは1対1に鈍器という戦闘に適したスキルを有している可能性が高いことも意味している。
なかなか厄介そうな相手に当たってしまったようだ。
……しかもなんか、周りからお気の毒とか聞こえてきたし。
「よろしくね――」
ハスキーな声でそう言い、俺から目を切った。
続けて抽選が行われ、1回戦の対戦が決まっていった。
「第1戦は10:00分開始、その後のスケジュールは各自確認してください。トーナメントナンバーが奇数の闘士は第1、偶数の闘士は第3控え室に、試合開始30分前に――」
* * *
集合時間までまだ30分ほどあったので、闘技券を買いに向かった。
組み合わせ発表が行われた直後ということもあるだろうが、バトルロイヤルのときと比べると場内はずっと慌ただしく騒がしい。
多くの観客にとっては、この予選トーナメントからが本番なのだ。
勝者1人を予想するバトルロイヤルと違い、トーナメントの闘技券にはいくつか種類がある。
まずはおなじみ、優勝者を予想する闘技券。
これは単純な賭け方だが、ちょっと複雑な要素もある。
1回戦、2回戦、3回戦、準決勝、決勝――どのタイミングでも賭けることができるが、オッズの集計は○回戦第1戦前に行われる。
1回戦前の時点で100倍ついた選手も、2回戦なら5倍になっていることもあるわけだ。もちろん、100倍に掛けた場合、そのオッズはちゃんと保証される。
お目当ての選手がいる場合は、1回戦が始まる前がおすすめだ。
そんなわけで、俺はアッシュに金貨1枚を投票した。
闘士も投票できるとは八百長が起こりそうではあるが……まあ俺が気にすることでなし。
現状でアッシュの優勝オッズは20倍ほどのようだ。平均30倍ほどだから、平均より少し上。
この時点では闘技場推薦の闘士の倍率が低いから、注目されている方だろう。実際、噂になっておかしくない戦いぶりだった。
あと、実は俺の倍率も20倍くらい。これは間違いなくシュライエンさんに勝った影響だろう。
……正直ちょっと賭けてくれた人に謝りたい気分。だが同時に期待に応えなくてはと奮い立つ気持ちもあった。
まともな神経なら八百長はやらないだろうな。
闘技券は他に、ベスト4の入賞を予想する複勝式っぽいものとか、試合の勝者を予想する単勝式っぽいもの、決勝の組み合わせを予想する馬連っぽいもの。
○回戦の勝者を全て予想するとか、主催者が選んだ3試合の勝者を全て予想するとか、倍率は高いが賭ける人が少なそうという賭け方もある。
……基本的に全部パスだ。男なら単勝1点買いでしょう!
「お。おっちゃん、これって闘士の情報出てる?」
見本と書かれた冊子っぽいものが吊されている。
「ああ、予想するときに役立つぜ、買ってくか?」
「もらいます」
10ページぐらいで、値段は1000リーフ。
競馬新聞に1万円と考えると高い気がするが、印刷技術の差を考えるとこんなものかもしれない。
売り場の前を離れて控え室へ向かいつつ、対戦相手の項目を探す。
「ギリアナ、ギリアナ……あった。血爪のギリアナ……血?」
おかしくないか?
鈍器でやり合う戦士クラスに、血、というイメージはそぐわない。
どうしてこんな不穏な二つ名がつくんだ……。
とりあえず血の意味はスルーの方向で。考えていると眠たくなりそうだ。
「えー、なになに……格闘戦が得意。爪を武器として使用する」
……爪はたぶん手っ甲みたいな、ナックル系の武器だろう。
引っ掻かれるとすごく痛そう。二つ名と合わせて、血も出るかもしれない。
「華麗なステップで相手を惑わせる――うんぬん」
実績は7月大会の優勝など。
どえらい話だが、これは推薦者全員が<ヘルト>が開催した何かしらの大会を制しているはずだからまあ仕方ない。
予想オッズは9倍。これもそんなとこだろう。
何にしても格上な相手なのは間違いない。
控え室には、バトルロイヤル時よりちょっと豪華な装飾が入ったぬののふくが用意されていた。
* * *
そろそろ時間だ。
なんか胃がキリキリしてきた。嘔吐予防に朝食をあんまり食べてないから腹が減ってるだけかもしれないが。
「第1戦の開始時刻となりました。闘士アカシ、舞台へ向かって下さい」
「……了解です」
さて行くか。出陣だ。
控え室を出て、舞台へ続く通路を歩く。
足が微妙にカタカタしている気がするが気のせいだろう。
「ふう。こりゃー……盛り上がってそうだな」
バトルロイヤルのときよりも、通路に流れてくる歓声が大きい。
壁が震えているようにも思えるくらいだ。
外へ出ると、視界が一気に広がった。
人、人、人。
手のひらに書いて飲んだわけじゃなく、それだけ席が埋まっているということだ。
特に前列の席に空きは見当たらない。全体としては7割くらいの入りだろうか。
1万を超える人の注目を受けながら、舞台へと向かう。
あっと、危ない。武器を取り忘れるところだった。
いつもの通り、長剣と短剣でいいだろう。
「ん……?」
すでに舞台にいるギリアナは、見たところ素手だった。
……爪を使うんじゃないのか?
俺みたく緊張して忘れたとかだったら最高だが、百戦錬磨の経歴。それはない。
武器を使わないというなら俺を舐めているだけだ。
それならそれで構わない。
俺は相手に本気になってもらおうとか全力を引き出そうとか、これっぽっちも考えていないからな。
油断しているならそのまま叩く。ワケもわからないままただ沈んでもらう。
「やあ」
「……どうも」
中央で向かい合う。
こっそりと相手の姿を確認した。
顔、手足、尻尾――体表を覆う毛の色は茶色で、濃茶の縞が入っている。模様的には虎猫とかでいいのだろうか。昼寝が多い猫にはシンパシーを感じるがそれほど詳しいわけじゃない。
釣り上がり気味の瞳は黄緑で、瞳孔は縦に長い。猫科など夜行性動物の瞳の特徴だろう。
柔らかそうな毛で覆われた耳は普人族とは異なる位置についている。内部はピンク色。いわゆる獣耳といってよく、愛でたいという人もいるかもしれない。
「オープニングマッチだ。せいぜい派手にやろうじゃないか」
「……すみません。派手なスキルとか持ってないんで」
「そうかい」
そんな会話を交わしている俺たちの頭上で、これから戦う闘士たる俺とギリアナの紹介が行われていた。
……Sランク冒険者を撃破して勝ち上がってきたとか、ハードルを上げるのはやめてください。
闘士紹介が終わってしばし、カウントダウンが始まった。
剣を構えて、いつでも動ける体勢を作る。
『――ゼロォォッ!! 予選トーナメント1回戦第一試合っ、開始だあああぁぁぁぁっ!!』
マイクでやったらキーンと鳴りそうな大声で、試合開始が宣言された。




